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第142話 巡りめぐって

「……忘れるわけないよ、最初は……ホシノだった」

 私は思い出す必要もなく、この間因縁に蹴りをつけた相手の名前をあげる

「最初というか、まぁ、ホシノのせいでこうして二人旅になったわけですが、今では少しだけ感謝したいくらいです、まぁ、したことは……到底赦されないことのほうが多いですが」

 ソラちゃんは言いながらぐっと自身の義手で握りこぶしを作る

 たしかに、ホシノがいなければ私の人生は違っただろう

 ソラちゃんと再開することも、人生を交らわせることもなく、もしかしたらどこかでのたれ死んでいたかもしれない

 少なくとも、私の夢だったユートピア……月陽の都はこうして間近に迫ることもなく夢のままで終わっていた

 だけど、それを加味しても彼女のした選択は決して良いものとは言い難く、私にも許せるものでは決してない

「……次は、フタバちゃんだった」

 私は自分のなかに浮かぶ暗い気持ちを振り払うように次に私達とぶつかった相手の名前をあげる

「……フタバは、あまりにもこの世界には、向いていなかった……バカな人です」

 ソラちゃんはフタバちゃんの名前を呼ぶと、それから感情を隠すようにあえて辛辣な言葉を選ぶ

「……」

 私はそれにたいして何か、返す言葉は持っていなかった

 今思えば他のゾンビイーターとの接し方を見るにソラちゃんにとってフタバちゃんはそれなりに気を許せる相手だったのだろうということは用意に想像がつくからだ

 私はその現場にいなかったのに、何かをとやかく言うべきでは決してない

 だけど、この世界で生きていくのが向いていなかったというところには同感だった

 彼女は、優しすぎた、そしてまた、真面目すぎた

「……その後はトトとロロの襲撃を受けましたよね」

 ソラちゃんはフタバちゃんのことを振り切るように話を続ける

「あ、うん、あの時はダイチのおかげで何とかなったんだったよね」

 トトちゃんとロロちゃんに襲撃されたのはもう電車が通ることのない線路の上

 廃線の上を歩くことにしたのは私が海外のロードムービーみたいなことをしたいと思ってソラちゃんを誘ったのがきっかけだ

「そうですね、分断された時は焦りましたが……」

 私もソラちゃんと引き離された時は内心気が気ではなかった

 そして、分断されたその先で、あの時はまだ本人だとなんて考えもしなかったダイチに助けられる形で窮地を脱した

「今ではトトちゃんも大切な仲間だね」

 私は言いながらトトちゃんのことを思い出す

「この広い世界で再開することになるとは思ってもみませんでした」

 ソラちゃんはそんな私の言葉に頷きながら驚いた様子でそう返す

「……私も、もう会うことはないんだろうなって思ってた」

 一度交じった私達の歩む人生はすぐに離れて、だけど気付けばまた交じりあっていた

 元の姿からは予想だにしないほどのイメチェンを果たして彼女……彼が現れたときには本当に驚いた

「野盗にあなたが殴られた時は、内心とても焦りました、人間は脆いですから」

 ソラちゃんは言いながら私の顔を通り越して頭の方へと視線を向ける

 まだ、私が殴られた場所のことを気にしてくれているのだろう

 実は触ると少しだけ傷が残っているのだけど、それはきっと伝えない方がいい

「あの人達も仲間とか、家族の為に必死なだけで、悪い人ではなかったんだよね」

 私は野盗の人たちを庇うようにソラちゃんにそう伝える

 こんな廃退した世界ではその身ひとつでも生きていくのは過酷だ

 そんな世界で、家族を、仲間を、守らなければならない、そうなればより生き抜くのは困難をきわめる

 だからこそ、彼達も手を選ぶことなど出来なかった

「……今なら、わかる気もします、もし助けられる命を選ばなければ、取捨選択しなければならなくなれば、私だって赤の他人よりも、大切な人を選びますから」

 私はソラちゃんの返事に少しだけ驚いて瞼をいつもより高く一瞬だけ持ち上げる

 前までのソラちゃんだったら甘いとか、理想論だとか、そういう言葉を使っていたと思う

 でも、そんな言葉を使わないほどに、今のソラちゃんは彼らのことを理解できるのだろう

 いや、違う

 元々ソラちゃんは彼らがどういう想いで、気持ちで動いていたのかを知っていた

 そしてまた、それにたいする答えも持っていた

 理解が出来ない云々以前にただ私が、命に順序をつけることが出来ていなかった

 それだけのことだ

 だから、ソラちゃんはひたすらに強い言葉を使っていただけ

 落ち着けばすぐに分かることなのに、あの時の私には分からなかったこと

「……リアちゃんの件もそうだよね、大多数の命よりも、自分の生き残る道を探してた」

 リアちゃんの時もそう

 リアちゃんはその他大勢より自分

 ソラちゃんはリアちゃんより私の命を優先して、その理念にのっとって動いていた

 でも私はこのときもまた、私は命の順序をつけれていなかった

「底無しとシズクの襲撃で分断された時も焦りましたね、底無しは、ゾンビイーターのなかでも特に異端です」

 ソラちゃんは私の雰囲気で何かを察したのか今度は底無しちゃんとシズクさんの名前を出す

「……シズクさんについては実際にしっかり会話したわけではないからあまり分からないけど、底無しちゃんも今は仲間、アカネさんもいるし、考えるとだいぶ大所帯になったね」

 分断された私達が相手をしたのはそれぞれ別の人物で、私は底無しちゃんで手一杯だったからシズクさんに関してはソラちゃんを通して聞き齧った程度にしか分からない

 だけど底無しちゃんはトトちゃんと同様に今は大切な仲間だ

「あなたが底無しを連れていくと言い出した時は正気を疑いました、あれほど気を付けろと言っていたのに噛まれたばかりか仲間にするなんて」

 ソラちゃんは言いながら私の方へじとっとした視線を向けてくる

 野盗やリアちゃんの件に関しては今は特段怒っているということもないのだろうが 突き刺さる視線からどうやらこの件に関してはまだ許されていないらしい 

「ご、ごめんなさい……」

 私はたじたじしながら慌てて謝る

「……まぁ、今ではあの選択を責める気はありませんよ、むしろ正しい判断でした」

 そんな私にソラちゃんは少し逡巡した後にそう語る

 そして具体例として現状としては戦闘力の補填になったこともあげる

「ソラちゃん……」

「だからと言って、噛ませたのは許してませんよ」

 許された、そう思ってソラちゃんの名前を呼べばしっかりと釘を刺し直される

「……はい」

 私はもちろん反論も出来ずに頷くと反省の意を込めて正座に座り直す

「……逆にユウヒとは、もっと他に、分かりあえる道があったんのではないかと、今でも考えてしまいます、あれは、最善策ではなかったのではないかと」

 一瞬、間をおいてからソラちゃんは思案気な表情でポツリポツリとそう語り出す

 ユウヒさん、彼女は私が初めてしっかりと対峙したゾンビイーターのなかでもトップに入る実力者、ハイスコアラーの一人だ

 彼女の行動理念もまた一貫していて、ただひたすらに大切な仲間のためだけに自身の全てを捧げて戦っていた

 だからこそ、ソラちゃんにも思うところがあるのだろう

「そう、だね……あの人もまた、悪人だった訳じゃないもん」

 ユウヒさんは、決して悪人じゃない

 何か、出会いかたが違えば一緒に笑っていられたのだと思うほどに

 そもそも、私達が戦ってきた相手達はみんな、それこそホシノやヨハネさんだって芯からの悪党だったわけではない

 たくさんの犠牲やたくさんの嘆きを生んだかもしれないけど、それでもみんな自分のなかの信念に従って生きていた、それだけだ

 それを一概に一方から見ただけの私が悪だ何だと論ずることが間違えている

「……」

 私の言葉にソラちゃんは耳を傾けながら、ゆっくりと瞬きをする

「……それにしても、ヤマトさんの強さには驚いたなぁ、でもそれよりもあの性格に驚いちゃったけど」

 私は空気を変える為にヤマトさんには申し訳ないがあえておちゃらけながら空いているほうの手でジェスチャーをしつつ笑ってそう伝える

「ヤマトも自分のなかに確固たる意思のある人ですから、一度それを知ってしまえばあの人の行動も一貫していますがね」

 ソラちゃんは言いながら呆れた様子でそうぼやく

 ヤマトさんの戦う理由は死にたくないから

 確かにシンプルで、それでいてとても強い意思だ

 誰にも溺れず、依存せず、手を取り合わず、ただひたすらに自分の命懸が大切なんて

「あんなに切迫した状況だったのにソラちゃんとヤマトさんのやり取り見てたら笑いそうになっちゃった! 漫才してるみたいで、端から見れば噛み合ってないのが逆に仲良く見えて……」

「……止めてください、別にヤマトのことが嫌いということはありませんが仲良くはありませんよ」

 私がふざけてそう茶化して見せればあからさまに嫌な顔をしながらそれを否定する

 本人のいない場所でも弄られるなんてヤマトさんはそういう星の元に生まれたとしか言い様はないが、ソラちゃん本人は嫌いなわけではないとさんざん言いながらもさんざんなことは言っていると思う

「まぁまぁ、……そして、最後はさっきのヨハネさん、ヨハネさんが化物になって、膨らんできた時はどうしようって、絶望しそうになった、だけど、ソラちゃんがいたから私は絶望しなかった」

 私はソラちゃんを軽く窘めながら先ほどまで相対していた相手の名前をあげる

 言葉にした通り、独りだったらきっと……いや、絶対に、諦めていただろう

「……それは、私も同じですよ、はぁ……でもこれで全て終わって、目の前に残るのは希望の光だけです」

 ソラちゃんはそれを肯定しながらすっと前を向く

 目の前にまるで光が浮かんでいる、とでもいうように

「うん、そうだね……ただ、アカネさんと底無しちゃん、トトちゃんのことは心配かな」

 私はそれに同調しながらシェルターの防衛に回った三人のことを考える

 あっちでもきっと今頃、命がけの戦いをしているはずで、それを片時も忘れたことはなかった

「あの三人のことですから心配するようなことにはなりませんよ、必ず無事で、私達が帰る場所を守ってくれています」

 だけどソラちゃんは暗い顔ひとつせずに前を向いたままそう断言する

「……そうだね、うん、絶対にそうだ……!」

 ソラちゃんが信じているのに私が信じなくてどうする

 そう思って、私もまたソラちゃんの視線の先に視線を向ける

 そこにあるのはただの荒れ果てた室内なのに本当に光があるようにさえ錯覚を覚える

「……ウミさん」

 ソラちゃんが急に私の名前を呼んで握っている手に力を込める

「何? っ……えっ!?」

 どうしたのだろう

 そう思ってソラちゃんのほうを向けばソラちゃんは掴んでいる私の手を思い切り自分の方へと引き寄せて、そのまま体制を崩して前のめりになった私の口に自身のそれを重ねた

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