「いやぁ、肩を貸していただいてすみません」
ヨハネさんとの戦いに決着がつき、お互いに落ち着いた頃合いで私はソラちゃんに肩を貸して出来るだけ身体に負担のないように部屋の端まで移動して壁に背中を預けさせる
「ううん、全然大丈夫、それよりこれ、羽織ってて」
そしてソラちゃんの様子を伺いながら自身の羽織っていた服をソラちゃんの肩にかける
それなりに汚れてしまっているのは申し訳ないがないよりはましだろう
「私はゾンビですから寒くないですよ?」
ソラちゃんはそう言いながら不思議そうな顔をするから
「あれー、さっきは寒いって言ってなかった?」
私はさっきの出来事を持ち出してそう少しだけ詰めてみる
やられっぱなしは少しだけ居たたまれない
「あー、そうですね、そういえばそうでした、折角ですからお借りしますね」
ソラちゃんは思い出したというようにそう返すと私の上着に袖を通す
「……それにしても、私達、けっこうすごいことしたんじゃないのかな」
そんなソラちゃんの隣に腰をおろして私は転がる肉塊に視線を巡らせる
固まって砕けたそれは至るところに飛び散って、やはりまた動き出す気配は欠片もない
「んー、そう、ですね、そうかもしれません」
ソラちゃんはそんな私の言葉を少しだけ逡巡した後にそう肯定する
「調子乗るなって言わないんだ」
そんなソラちゃんが少し珍しくて、ついそう聞き返す
「たまには、いいんじゃないですか? 調子に乗ってみても、きっと誰も怒りませんよ」
だけどソラちゃんはそう言って微かに微笑むだけで
「なんか、さっきからずっといつものソラちゃんじゃないみたい」
私は思ったことをそのまま言葉にして伝える
「私だって人間ですから、悲しむこともあれば喜ぶこともありますし、全てが解決したわけではなくても長年の因縁に終止符を打てれば気分も高揚します」
そんな私の疑問にソラちゃんは淡々とそう答える
ゾンビだから感情もなにもない、なんて言っていたソラちゃんの片鱗は、もうどこにもない
「……それだけじゃなくてなんか、積極的だよね」
そして、もう一つ気になっていたこともこの際だからと問いかける
今も隣に座った私の手の上にはソラちゃんの手がしっかりと重ねられていた
「私は、二度死んでいますし、何度もまた死にそうになっては窮地を脱してきました、今回だって、敵の口に飛び込んだりして、死ぬかと思いましたけど、肉塊を退けてあなたの顔が見えた瞬間……とても愛しいと、思ったんです、それを伝えたいとも」
だけどソラちゃんは否定するでもなくただそう肯定して、それから視線だけでなく顔ごとこちらへ向けて笑う
「そ、そっか……!」
そんなソラちゃんに逆に私が恥ずかしくて、居たたまれなくて、それでも顔を反らすことも出来ずにもう片方の手で軽く自分の顔を隠しながらあえて元気にそう返す
「……あなたのそういう顔が見れるなら、たまには素直になるのも悪くないかもしれませんね」
私のそんな醜態を見てソラちゃんはくすくすと笑いながら私の指にソラちゃんの指が絡ませられる
「ソラちゃんっ!!」
さすがにこれ以上やられっぱなしでは私の心臓が持たない
私は手を振り払うことはせずにソラちゃんの名前を叫ぶ
「冗談ですって、そう怒らないでください」
そうすれば少しも反省した様子は見せずにそう言ってまた前を向く
「もう……」
今のソラちゃんにこれ以上何か言ってもおそらくのらりくらりとかわされてしまう早々にそう察して諦めることにする
果たして普段のソラちゃんと今のソラちゃん、どちらがいったい素のソラちゃんなのだろうか
「……それにしても、永い旅でした、あなたと出会って、色々なことを知って、忘れていたことも思い出した」
ふと、ソラちゃんは今までの和やかなムードを一変させて真剣な表情でそう呟く
「……ねぇソラちゃん」
そんなソラちゃんを見て、私はふと、ずっと伝えてこなかったそれを伝えてみようも思い立って呼び掛ける
「はい?」
ソラちゃんは返事をしながら視線をこちらへと向ける
「今だから言うけどね、私、あの日ゾンビからソラちゃんが助けてくれた日にソラちゃんを見たとき、あの時一番最初にソラちゃんのこと、綺麗だなって、思ったの」
記憶が隠されていた私はあの時ソラちゃんのことを初めて会った人だと思っていた
その筈なのに、この人は誰なのかとか、この後どうなるのかとか、そういうことも思いながらも真っ先に浮かんだのはただ、綺麗な人だ、そういう単純で、その場に似つかわしくない感情だった
元々伝える気なんてなかったけど、今なら伝えてみるのも良いかな、なんて思ってしまって
「……私も、美しい人間だと、思いました」
だけど返ってきたのは予想だにしない台詞で
「えっ……」
私はつい間の抜けた声をもらす
「今思えば……過去の記憶があったからかもしれませんが、それでも、一目見たときに少しだけ、惹かれるところがあったのは事実です、私にはない何かを持っているという強い確信がありましたから」
ソラちゃんは少しだけ恥ずかしそうにそう言いながら絡めている指を一度離してもう一度優しく掴みなおす
「……意外と、私達って思考は似てるのかもしれないねー」
互いに出会った瞬間から思うところがあった
その事実は少なからず私としては嬉しくて
緩む口許を隠すこともせずにソラちゃんにそう返すと
「まぁ、そうですね」
だけどそれ以上は恥ずかしいのかすんっとした様子で会話をぶった斬る
「流さないでよ……!」
折角ソラちゃんの思っていることを知れそうな機会なのにソラちゃん自身にそれを潰されてしまい反論する
「……ウミさん、覚えていますか?」
だけどそソラちゃんは本当にそれ以上その話をする気はないようでポンッと別の話題を投げて寄越す
「何を?」
仕方ないから私もそれ以上の詮索は諦めて早々にソラちゃんの話に乗っかることにする
「私達が、出会ってから戦ってきた相手達を」
ソラちゃんは言いながら自身の義手になった手を天に翳して感慨深そうに眺めた