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気になる貴方と急接近(6)

 バーベキューに舌鼓を打ち、食休みも終えたという事で。ラフティングなるアクティビティをやるからと言われ、皆で川沿いの受付までやってきた。

「ラフティングって何ですか?」

 受付を終えて戻ってきた菊野さんに尋ねてみる。菊野さんは、持っていた書類を全部課長に押し付けて私達の方を向き、楽しそうな表情で説明してくれた。

「ゴムボートに乗ってパドルで舵を取りながら川を下っていくアクティビティだよ。船で川を下ると言えば川下りも有名だけど、ラフティングの場合は乗員もパドルを使って漕ぐ必要があるし急流を下る事も多いから、よりアクティビティ感は強いかな」

「なるほど……だから持ち物リストに水着と濡れても大丈夫なTシャツ、短パンが入っていたんですね」

 キャンプが本決まりになった後で、工程表と一緒に持ち物リストも渡されたのだ。こっちはキャンプ初心者なのでありがたかったが、手間を掛けてしまったと思うと申し訳ない気持ちになる。

「蒼治、ボートの定員はガイド含めて六人となってるが」

「ああ。だから二手に分かれる必要がある」

「我々は七人だから、四人と三人に分かれるのが順当だな」

「そうだな、あとはどうやってメンバーを決めるかだが……」

「年齢順で良いだろう。有谷君と月城君と江長君の新社会人トリオと、我々アラサーカルテットで」

 そんな課長の呟きに、それぞれ反応し始めた。一華ちゃんと月城君は分かりましたと言って頷いていて、真中さんは眉を寄せた後に赤くなって、真奈美さんはそんな姉を見て笑っている。私は……同い年の二人とだから気楽で良いと思うけれども、菊野さんと別なのは素直に残念だなと思ったから、一華ちゃん達と同じように分かりましたとだけ返事をした。本人が目の前にいるので、そんな事口が裂けても言えない。

「……年齢順でいくなら上から数えて三人と四人でも良いんじゃないか?」

「お前真中君達の誕生日を知らんのか? 上からかつ誕生日が早い順で行くなら、お前が俺の次、二番目だ」

「……だとしても、真中と真中の妹さんは双子なのだから同じ日だろう? そんな二人を分けるのは忍びないから、代わりに俺が」

「アラサーの良い男がフレッシュな新人グループに混じっても迷惑だろうが。諦めろ」

「……」

 課長に論破された菊野さんは、項垂れたまま書類を奪い返した。皆付いてきてくれと言って受付がある建物へ歩き始めたので、後を追う。私達の方に加わりたかったのだろうという課長の見立てが本当ならば、もしかして……そこまで考えた後で、ぶんぶんと首を横に振った。調子に乗って浮かれてはいけない、良い加減学習しないと。

「別に一緒でも構いませんでしたけど。ねぇ?」

「そうだね。俺としても、菊野さんはちょいちょい差し入れ下さるから面識も馴染みもあるし……有谷さんもそう思わない?」

「え!?」

 ぼんやりしていたので、いきなり話を振られて面食らってしまった。月城君と一華ちゃんは、そんな私の反応に目を丸くしている。私が声を上げたからなのか、前を歩いていた面々もこちらを振り返った。

「あ、ご、ごめん。考え事してて」

「考え事?」

「……そう言えば、ここにいるメンバーだと一華ちゃん以外の誕生日は知らないなぁって」

 まさか正直に言える筈もないので、そう言ってお茶を濁す。そんな私の言葉に、中々そういう話はしないものねと真中さんが答えてくれた。

「私達はちょっと遅いのよ。十二月二十四日だから」

「そうなんですね。クリスマスイブに産まれただなんて、何か特別な感じがしますね」

「そうかしら? 当事者だとそんな思わないけど」

「俺は十一月十日なんだ。有谷さんは?」

「何? いきなり……」

「……」

 いつになく必死な様子の菊野さんに尋ねられたが、答えて良いものかと思案する。これが冬や春に聞かれたのならば、何の躊躇いもなく答えたのだが。

「真衣はつい先日でしたよ。今月なので」

 私が迷っている間に、一華ちゃんが答えてしまった。若干前のめりの姿勢だった菊野さんが、体を起こしてほんの少しだけ距離を取る。

「……そうなの?」

「はい……七月十日なので……」

「あら、それなら数日前じゃない。おめでとう」

「おめでとう、有谷さん」

「もっと遅いイメージだったんだが、夏生まれだったんだな。おめでとう有谷君」

「あ、ありがとう……ございます……」

 恐縮しながら返答し、ちらりと菊野さんの方を確認する。真夏の昼間だと言うのに、彼の顔はどことなく青白い感じがした。


  ***


 準備を終えたので、ガイドさんの指示に従ってボートに乗っていく。合図に合わせてパドルを動かし、ボートはゆっくりと進み始めた。

「結構力要るね」

「そうね。明日辺り筋肉痛になるかも」

「でも、楽しいね!」

 パドルを持つ手に力を籠めつつ、声を張る。漕ぐ度に飛沫が上がって、ボートが揺れて、川が奏でる大音量に包まれた。

「傾斜がある訳じゃないから緩やかなのかなと思っていたけど、案外そうでもないのね」

「そうですねぇ。水量にもよりますし、川の真ん中と端とでも違いますし」

「奥が深いんですね」

「ええ。毎回違った体験になる事が多いので、リピーターの方も多いですよ」

「そうなんですね……」

 でも分かる気がする。川のリズムや水の匂い、流れていく時の音……それらを全身で体感出来るのは楽しいし、毎回新鮮な気持ちで楽しめるならやみつきにもなるだろう。

「あ、アラサーグループのボートも見えてきたね」

「ほんと……あれ、何か不自然に揺れてない?」

「言われてみれば……」

 この辺りの流れは緩やかなのに、ボート上の人の頭が上がったり下がったりしている。あんなに動いていたら危ないのでは……と思った瞬間、乗っていた内の一人が派手な水しぶきを立てて川に落ちていった。

「あら、落水」

「誰だろう?」

「今ボートにいるのは……多分課長と真中さんと真奈美さんだよね。あれ、じゃあ……落ちたの菊野さん!?」

 楽しくて温まってた心が急速に冷えていく。自分に何が出来る訳でもないのに、気持ちだけが急いて視界がじわりと滲んできた。

「そこまで心配されなくても大丈夫と思いますよ。今日は水温高いですし、ボートの外のロープをしっかりにぎってらっしゃるのが見えるので」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、ライフジャケットも着てらっしゃいますし……ああ、ほら、無事ボートに戻られました」

「ほんとだ」

 プロがそうおっしゃるなら、大丈夫なのだろう。ほっと息をついて、強く握り込んでいた手を緩める。

「水量ですとか流れの速さですとか、そういう条件が揃った際は自分から飛び込む方もいらっしゃるくらいですよ」

「そんな事して良いんですか?」

「しても大丈夫な際は我々がゴーサインを出しますので。その時でしたら」

「そうなんですね。ちなみに、今は飛び込んでも大丈夫ですか?」

「悪くは無いですが、まだコースの中段ですからね。先を考えると、まだ早いかと」

「なるほど……」

「もう少し行った先に打ってつけの場所がございますので、是非そちらでどうぞ」

「分かりました!」

 なかなか出来る体験でなし、一応泳ぐ事は出来るので挑戦してみるのも良いだろう。一華ちゃんと月城君も乗り気なので、まずは絶好のスポットへ向かうべく再び皆で漕いでいった。

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