「皆、着いたぞ。起きてくれ」
そんな言葉が聞こえてきたので、はっとして目を開ける。楽しみにしていて寝不足だったのは事実だが、まさか寝てしまうなんて。
「済みません。寝てしまっていたみたいで」
「有谷さんが気にする事じゃないよ。真中達も寝てたし、大和の奴に至っては隣で大いびき掻いてたから。煩かった」
「そうでしたか……月城君は起きてたんですか?」
「彼は起きてたね。話相手になってくれたから助かった」
「そうですか……」
寝てしまった私が悪いのは分かっているし月城君は一ミリも悪くないのだけれども、正直言って少々面白くない。せっかくの貴重な機会を逃すのも勿体ないので、今夜はぐっすり寝て明日の帰りはちゃんと起きていよう。それくらいなら許してもらえるだろう。
「さて、受付も済んだからコテージに向かおうか」
「テントじゃないんですか?」
「この人数だし、俺以外のメンバーはキャンプの経験が少ないと聞いていたからね。八人定員のコテージを一棟借りたんだよ」
「そうなんですね。キャンプと言ったらテントに泊まるものだとばかり思っていました」
「それはそれで面白いんだけどね。今回は気分転換の息抜きが主目的だから、ある程度快適さがあった方が良いかなと思って」
「やっぱり、テントだと快適とは言いづらいですか?」
「準備するのが大変だからね。寝るのは寝袋だから、地面の状態によっては体が痛くなる事もあるし。それが味ではあるんだけど、まぁ今回は無くても大丈夫だろうから」
「なるほど……」
普段から聞いた事には答えて下さるし、色々気に掛けて話し掛けて下さっているのだけれども。今の彼は、それを差し引いても饒舌である。本当にキャンプが好きなのだろう。
それぞれ手分けして荷物を持ち、菊野さんの後を付いて行く。暫く登って行った先に見えてきたのは、小説の中に出てくるような木造建築のお洒落な建物だった。
「リビング、キッチン、寝室、お風呂……本当に家みたい」
「あっちにテラスがあったわよ」
「豪華な一軒家じゃん」
「コテージって要は貸別荘でしょ。そりゃそうよ」
「そっか……」
一華ちゃんに答えつつ、きょろきょろとコテージの中を見回した。目に映るもの全てが新鮮で、何だかわくわくしてくる。
「荷物を置いたら、早速バーベキューの準備をしよう。俺と大和と月城君で網やコンロの準備をするんで、女性陣に食材の準備をお願いしたいが大丈夫だろうか?」
「大丈夫よ」
「分かりました!」
「ありがとう。それじゃあ宜しく」
そう言って菊野さんはテラスの方へと向かった。私達の方も、それぞれ準備に取り掛かる。
「肉と野菜で分かれましょうか。私と有谷さんで肉を切って、瞳ちゃんと江長さんが野菜切ってくれる?」
「そんな細かく切らなくても大丈夫よね?」
「大丈夫でしょ。大体一口大くらいで良いんじゃないかな」
「分かったわ。私達はリビングのテーブルの上で作業するから、肉チームがキッチン使って良いわよ」
「そう? ありがとう」
「生もの準備する方が、水道の近くの方が良いだろうし」
「そうだね。じゃあそうしよう」
賛成する真奈美さんに合わせて、私も首を縦に振る。真中さんと一華ちゃんがまな板と包丁、野菜を持っていったのを見届けた後で、こちらも肉が入ったパックを取り出した。
「せっかくのバーベキューだし、この辺のステーキ肉は半分か三分の一ずつくらいに切っていこうか」
「ウインナーやこっちの焼き肉用のカルビはそのままで良いですかね?」
「良いと思う。あとはそうだな、この鶏ももは流石に大きいからぶつ切りにして、バラブロックは厚めに切っちゃおう」
「分かりました」
真奈美さんの言う通りに、包丁で肉を切っていく。暫くの間は、お互いに黙々と作業を続けていった。
「……真奈美さんは、料理が得意なんですか?」
「あら、どうしてそう思ったの?」
「何と言うか、手慣れている感じがしたので。切られた肉も綺麗ですし」
「ああ、そうだねぇ。私一応栄養士だし、仕事でも家でも料理してるから」
「そうなんですか?」
「うん。高校卒業してから専門に行って資格取ったんだよね」
「へぇ……栄養士って、確か大学に行くのでもなれましたよね? そっちは選ばなかったんですか?」
「お金も体力も無かったからね。専門に入ったのも、高校卒業してから二年くらい経った後だったし」
「そうだったんですか……その二年の間に、バイトでお金貯めてって感じですか?」
「そうそう。フルタイムでは働けなかったから、合間合間を見つけつつね。そう考えると、大学に行きながらバイトして学費と生活費稼いでた瞳ちゃんは凄かったな」
「え……学費だけじゃなくて、生活費もですか?」
「うん。その頃はもう二人暮らしだったからね。それで」
「そうですか……」
初めて聞く話だ。てっきり、二人で暮らし始めたのは真中さんが社会人になってからだと思っていたが。
「野菜チームは終わったわよ。肉チームは?」
「あとこれだけ。有谷さん、先にこの場の片付け始めてくれる?」
「分かりました!」
色々気になる点はあったが、今はバーベキューの準備が先だ。準備の後片付け、なのでまずは肉が入っていたトレーを軽く洗って纏めてゴミ袋に入れていく。
「こっちの準備は終わったが、そちらはどうだ?」
「こっちも終わったわ。いつでも始められるわよ」
「そうか。それじゃあ肉と野菜を運ぼう……おい大和、ぼさっとしてないで手伝え」
「サボってなんてないさ。月城君と話をしていただけで」
「はいはい。真中達がお握りも作ってきてくれたそうだから、それ運んでくれ」
「ほう、真中君手製のお握りか。それは楽しみだ」
テラスの椅子に座っていた課長が、そんな事を言いながらこちらに近づいてきた。そして、その後ろからは月城君もやってくる。にこにこというかにやにやという感じの笑顔を浮かべた課長が、じっくりとお握りを眺めながら運んでいるのを見て真奈美さんがぼそりと呟いた。
「……買い出しを瞳ちゃんにお願いしたから、お握りはほとんど私が作ったんだけど大丈夫かな?」
「お握りを作ったのが誰かを正確に当てるのって相当至難の業でしょうし、大丈夫じゃないですかね」
「大和を動かすためにああ言う言い方をしただけだから、君は気にしないで良い」
しれっと菊野さんがのたまった。私と真奈美さんで、二人顔を見合わせる。
「……真奈美さんは、課長と真中さんの現状というか関係性と言うか、そういうのをご存じですか?」
「存じてるよ。この前瞳ちゃんが入院していた時も、何度もお見舞いに来てたって聞いたし。それならそのままくっついちゃいなよって思う……けど」
「けど?」
「まだ、瞳ちゃんを送り出すには……解決しないといけない事が色々あってね」
「そう……なんですか」
「そうなの。そのために頑張ってるところだから、いざという時は協力してくれる?」
真奈美さんが、そこまで言った後で私の方を振り向いた。真中さんと良く似ているけれど、見ているとやっぱり違う人なんだなって実感する。
「私に出来る事でしたら、喜んで」
相手があの課長、というのがいささか気になって少々心配ではあるが。でも、諸々気にせずに考えるならば、お似合いの二人だとは思うので。
「ありがとう。有谷さんは優しいね」
私の返答を聞いた真奈美さんは、そう言ってにっこりと微笑んでくれた。