「それで、どうだった? 初めての単独取引先訪問は」
「……やっぱり緊張しました」
カレーを口に運びながら、目の前の蒼治さんへぽつりと零す。頑張ったねという労いの言葉をありがたく受け取り、グラスの水を飲む。
「訪問先が東光さん……陽葵さんで本当に良かったです。全く会った事が無い人よりは、何度か会っている人の方が断然良いですから」
「彼女は人当たりも良いからね。何の用件で行ったんだったっけ?」
「……例のコラボ版パッケージの試作品を貰いに」
正直に伝えると、蒼治さんの眉間に分かりやすく皺が寄った。次の出勤時にパッケージを確認しても良いかと聞かれたので、お好きにどうぞと答えトッピングのヒレカツを口に運ぶ。この前三時間掛けて説得……というかほぼ泣き落としたから、流石に今更反対される事はないだろう。
「そう言えば、その場に春咲さんもいたんですよね」
「春咲……和磨?」
「はい。勿論、打ち合わせは陽葵さんと二人だけだったんですけど……話が一段落して世間話してたら、いきなり部屋に入ってきて会話に横槍入れてきて」
「あいつ場の雰囲気とか気にしないからなぁ。以前も、どこぞのお偉いさんにやかましいってしかめ面されてたな」
「陽葵さんも注意はしているみたいですけど、効果ないみたいですね」
「ああ、目に浮かぶ」
今度は、蒼治さんの顔に苦笑が浮かぶ。声のトーンが少しだけ柔らかくなったので、ほっと胸を撫で下ろした。
「でも、言われたのが……無駄話しているくらいなら昼飯を食べろ、だったんですよね。陽葵さん昼ご飯まだだったみたいで。悪い事してしまいました」
「真衣は悪くないよ。事前にアポ取って訪問時間も伝えてたんだから、それに間に合うように食べておけば良かった話だし」
「それは、そうかもしれませんが……」
確かにアポは事前に取っていた。取っていたのだが、数日前にこちらの都合で急遽日時と人員を変更させてもらったのだ。もしかしたら、それで彼女は昼ご飯を食べられなかったのかもしれない……と思うと、申し訳ない気持ちは拭えない。
「そう言えば、本来今回の訪問は真中と真衣が二人で行く予定だったんだろう? 真中また体調でも崩したの?」
「体調そのものは悪くないと思いますよ。出勤はされてますし、他部署への打ち合わせにはいってらっしゃるので」
「じゃあ、外仕事だけしてない感じ?」
「はい」
真奈美さん(推定)を探している人がいると真中さんに伝えた日から、真中さんは一切外回りをしなくなった。決まっていた他の訪問予定も、私と羽柴さんか、羽柴さん一人での訪問に全て変更されて……今回の東光さんの訪問は、羽柴さんがどうしても都合が付かないからという理由で私単独になったのだ。
「真衣は、そうなった理由を何か聞いてる?」
「詳細は知らないです。でも……心当たりと言いますか、気になる事が一つだけあります」
「それ、聞いても大丈夫?」
「話すのは大丈夫ですけど、ここじゃちょっと」
今私達がいるのは、お客さんでごった返してる人気のカレー店だ。長話にも、込み入った話をするのにも向いていない。
「なら一旦移動しようか。もう食べ終わったよね?」
「そうですね。美味しかったです」
返事をして、上着を着る。鞄を持って先に入口の方へ向かうと、何やら外が騒がしいのに気づいた。どうしたんだろうと思っていると、会計を終えた蒼治さんがやってくる。
「何か外騒がしくない?」
「ですよね、何かあったんでしょうか……あ、お昼ありがとうございます」
「どういたしまして。ううん、何か言い合いしてるみたいだけど、人だかりで見づら……ん?」
「え……あれって!?」
僅かに出来た隙間から、騒ぎの中心人物が垣間見えた。その程度でも分かるくらい、件の人物にはよく見覚えがある。
「蒼治さん! 行きましょう!」
それだけ伝え、彼の手首を掴んで引っ張りながら店の外へと出る。途中で、自分が前に出るから真衣は後ろへと言われたので、指示に従った。彼と一緒に人を掻き分け、その人の名前を呼ぶ。
「真中さん!」
「真中!」
蒼治さんが間に入ってくれたので、私は庇うように真中さんを抱き締める。
(あの人……!)
彼が牽制してくれている相手は、先日私に声を掛けてきた女性だった。
***
蒼治さんが女性の相手をしてくれている間に、私は真中さんを連れて駐車場へと向かう。預かった鍵で後ろのドアを開け座席へ座ったところで、蒼治さんが戻ってきた。
「大丈夫でしたか?」
「誰かが呼んでくれたのか、警官が来てくれたから引き渡してきたよ。暫くは追って来られないんじゃないかな」
「そうですか……良かった」
ひとまず安心と言った所だろうか。ほっと息をつくと、俯いていた真中さんが顔を上げた。
「ごめんなさいね、二人とも。休日なのに迷惑かけてしまって」
「真中さん、怪我とかはされてないですか?」
「大丈夫よ。ちょっと腕掴まれたくらい」
「痣になったとかは……」
「あの人にそこまでの力はないから大丈夫」
「……そうですか」
知っている人なのか。それならやはり、あの写真の少女は真奈美さんだったという事か。
「家まで送っていこう。住所を教えてくれ」
「そんな、そこまでしてもらわなくても大丈夫よ。二人で出掛けていた最中なのでしょう?」
「今日の目的は前から目をつけていたお店でカレー食べる事だったので、この後は特に何も」
「ああ。それに、一人でいたらまた捕まるかもしれないぞ」
「……そうね。それなら、お願いしようかしら」
「決まりだな」
そう言った蒼治さんは、カーナビを立ち上げた。教えてもらった住所を入力して、早速ナビを開始している。
真中さんの体が少しだけ震えていたので、着くまでずっと手を握っていた。