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様々、再会(3)

「あの、すみません」

「はい?」

 今日も元気に出勤だ~と思いながら道を歩いていたら、後ろから声を掛けられた。振り返った先にいたのは、つばの大きな帽子を被ってカーディガンと綺麗めワンピースを着ている女性。長髪のようで、黒い髪の端が風で軽く舞っている。

(……ん?)

 女性と目が合った瞬間、既視感を覚えた。しかし、目の前の女性は間違いなく初対面の筈だ。

「この子に心当たりはありませんでしょうか」

 うーんと首を捻っていると、女性はそう言って一枚の写真を取り出した。写真に写っていたのは、高校生くらいの女の子だ。この子も、見た事あるような気はするのだが……はっきり誰とは思い浮かばない。

「すみません。私の知り合いにはいないようです」

「そうですか……」

 女性は残念そうに一言呟いて、そのまま私には目もくれずに去って行った。そして、道路をうろうろと彷徨い、人を見つけては再び話し掛けている。女性本人と写真の女の子は似ていたから、家族なのだろうか。

 そんな事を考えながら、会社の中に入っていく。自販機でお茶をゲットしてから企画課へ向かうと、隣の真中さんは既に出勤していて席に座っていた。机の上にはペットボトル……今日のお供は黒糖ラテらしい。

「おはようございます」

「おはよう」

「今日は黒糖ラテなんですか?」

「ええ。先日新発売されたものらしくて、真奈美が私の分まで買っておいてくれてたのよ」

「良いですね。見つけたら、私も今度飲んでみます」

 会話しつつ、始業の準備をする。先に書類を渡しておくと言ってこちらを向いた真中さんの顔を見た瞬間、思わずあぁと声が出てしまった。

「どうかしたの?」

「ええと……さっき、会社に入る前に知らない人から話し掛けられまして」

「え? まさか、またマスコミ?」

「違います、大丈夫です。何か人を探していたらしくて写真を見せられたんですよ」

「人を探していた?」

「はい。写真に載っていたのは高校生くらいの女の子だったんですけど、何か見覚えがある気がして」

「……どんな感じの女の子?」

「真中さんに似ていたんです。ああ、でも、ちょっと垂れ目だったから真奈美さんの方かもしれませんが」

「……!?」

 私の話を聞いた途端、真中さんの顔が青ざめた。瞬間、自分がまずい事を言ってしまったと悟る。ちょっと考えれば分かる事なのに……誰かが自分を探しているようだ、なんて、気味が悪いとか怖いと思って当たり前だ。私だって、そうだったのに。迂闊だった。

「……すみません、真中さん」

「いいえ、大丈夫……ねぇ、貴女に話し掛けてきた人って女の人?」

「はい。髪が長くて、つばの広い女優帽みたいな帽子を被っていて、良家のお嬢さんが着るような綺麗目のワンピースとカーディガンを着ていました」

「……そう、分かったわ。教えてくれてありがとう」

 真中さんはそう言って、スマホを手に取った。その瞬間始業の放送が流れたが、構わずに立ち上がる。

「少し離れるわね。先に作業を始めて」

「分かりました」

 私が言うや否や、真中さんは歩き出した。いつになく強い力で、スマホを握っているように見える。

(まずは、自分に出来る事をしよう)

 そう決めて、自分のパソコンを立ち上げた。


  ***


「こちらは差し上げます。御社にて改めてご確認頂き、不具合や改善点等ございましたらいつでも連絡下さいませ」

「ありがとうございます!」

 数種類の試作パッケージが入った紙袋を受け取り、陽葵さんへ頭を下げる。再び見上げた彼女は、いつも通りにこにこと微笑んでいた。

「確か、ショート版の書き下ろし楽曲を収録したCD付きセットを出されるんでしたっけ」

「はい。ありがたい事にCMソングが好評だったので、コラボ限定版を出してみようかという話になりまして」

 新商品の売り上げも好調、肝心さん名義で出したCMソングのシングルCDやDL音源の売上もオリジナルPVの再生数も過去一という事で、コラボ企画が持ち上がったのだ。言い出したのは肝心さんの所属事務所ピエトラの方々で、コラボ新曲は是非私に歌ってほしいという話だったが……謝礼は今と同じように会社宛支払いでOK、楽曲側のクレジットは出してもキクノ社員Aだけとの事だったので、一部の方を説き伏せる必要はあったが快諾したのだ。キクノ側は更に商品を売り込める絶好のチャンスだし、ピエトラ側は事務所初のアーティスト単体と他社商品との正式コラボという事で、お互い力が入っていた。

「CDに収録されるのはショート版だけなのですよね? フル版はまたDL配信等して下さるのでしょうか?」

「予定はあるみたいです。今回のCDの内容も含めたフル版アルバムを、時期を少しずらして現物販売もDL販売もするようで」

 その辺は言っても大丈夫と言われているので、特に隠さずに伝える。私の返答を聞いた陽葵さんは、嬉しそうに顔を綻ばせた。なるほど……陽だまりに咲く花を真正面から見た時って、きっとこんな気持ちになるのだろう。

「そうなんですね、良かったです。次も手に入れなきゃ」

「……もしかして、CMソング買って下さったんですか?」

「はい。自分達が関わった商品で可能な物は手に入れるようにしているのですけれど、あのCMソングは私個人で気に入ったのでCDを購入させて頂きました。オリジナルPVも何度も拝見させて頂いてます」

「あ……ありがとうございます!」

 まさか、こんな身近なところに気に入って下さった方がいらっしゃったなんて。流石に歌ってるの私なんですよとは言えないが、一言お礼を言うくらいなら大丈夫だろう。

「ふん。また仕事中なのに無駄話しているのか」

 喜びを噛み締めていたら、突如部屋のドアが開いて横槍が入った。思わず眉を潜めたまま該当の人物の方を向いてしまったが、向こうもしかめっ面なのでお互い様だろう。

「和磨さん。またそんな事を言って」

「無駄話で時間を潰すくらいなら、ちゃんと昼飯を食べろ。また倒れるぞ」

「和磨さん!」

「え?」

 思わず腕時計を確認すると、もう十四時を回ったところだった。それなのに、陽葵さんまだ昼ご飯食べてなかったのか。春咲和磨は気に入らないが、陽葵さんにこれ以上の負担を掛ける訳にはいかないので切り上げた方が良いだろう。

「何度も言っているでしょう! お客様に失礼だから、打ち合わせ中は入って来ないでって!」

「先程の会話はどう考えても商談じゃなかっただろうが。ああ、頼まれていた荷物運びは終わったから、俺は一旦帰るな」

「ちょ……ちょっと! 待ってて!」

 叫んだ陽葵さんが、申し訳なさそうにこちらを向いた。一度ならず二度も済みませんと謝られたが、陽葵さんが悪い訳では無いので大丈夫だと伝える。

「それではお暇させて頂きますね。本日は時間を割いて頂いてありがとうございました」

「こちらこそ、わざわざおいで下さってありがとうございます。真中さんや羽柴さんにも、宜しくお伝え下さい」

「はい」

 返事をして、深々とお辞儀する。貰った紙袋をしっかりと抱き締めながら、会社への帰路についた。

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