「月城君、どうしたの?」
セルフカフェで限定メニューを楽しんでいたら、難しい顔をした月城君が入ってきた。こっちに座るよう促すと、コーヒー片手にやってきてくれる。
「ああ、ごめん。大丈夫だよ」
「そう? 困り事があるとかじゃない?」
「困っているというか……迷っているというか。有谷さんにも関わる事なんだけど、この場で気軽に話せる事じゃなくてね」
という事は、CM絡みだろうか。それとなく尋ねてみると、案の定の返事だった。
「今夜メールするよ。それを確認してもらえれば」
「分かった」
わざわざメールを送るという事は、やはりそれなりの事情なのだろう。何となく落ち着かない心地で午後の業務をこなし、買い物もそこそこにマンションへ帰った。
(……なるほど、確かに気軽な話題じゃないな)
夕飯を食べ終えた頃合いに、件のメールがやってきた。ソファに座ってじっくり本文に目を通し、もう一度読み直し……どうしたものかと唸っていると、茶碗洗いを終えた蒼治さんがどうしたのかと言って私の隣に座る。
「月城君からメールが来まして」
「メール? メッセージじゃなくて?」
「メールです。読んで頂いた方が早いかもしれませんね……どうぞ」
本文を表示したまま、スマホを蒼治さんに渡す。画面をスクロールしながら読み進める彼の事を、ぼんやりと眺めていた。
「蒼治さん、せっかくのイケメンが台無しですよ」
読み終えた途端、蒼治さんの眉間にくっきり深い皺が現れた。まぁ、正直、彼はそんな表情になるだろうなとは思ったのだが。
「肝心の方に、どうかCMソングのフル版を公開してくれ、DL販売やCD販売をしてくれという要望が大漁に来ている。事務所も乗り気で、オリジナルPVを作ろうとかシングルCDを作って肝心名義で公開・販売してみないかとかって話になっていて、どうしたものかと思っている……か。CM動画自体はうちの公式サイトで公開しているんだから、そっちをリピートしてくれたら良いじゃないか」
「楽曲のショート版とフル版は別物なので……正直、出してほしいって思う側の気持ちも分かるんですよね」
「でも、そうなると……また真衣の魅力が世に広まるって事じゃないか」
「世に出るのは歌声だけですよ」
「歌声も魅力の大きな一つだろう。というか、商用利用って話になったらまた金銭が云々って話になるんじゃないの?」
「そこなんですよね」
ずっと付き纏っていたあの人もお縄についたし、肝心さんの名義だけで私の名前は社員Aとすらも表記しないでくれるんなら、正直アリ寄りのアリな話なのだ。自分が歌う音源を使ったオリジナルソングのPVとか音源販売とか、やっぱり憧れそのものはあるので。
「月城君は、販売するならその辺はちゃんとしたいし、オリジナルPVの広告収益も分配したいって言ってくれてて。でも、お金貰うようになるのは、私の中では、何か違うって感じで違和感が拭えなくて。こんな頑固で申し訳ないとは思うんですけど、どうしても気にしちゃうというか……」
「……真衣が気にしてるのは、使用料とかマージンを貰うのが嫌って部分だけなの?」
「はい」
「それって、個人で貰うのが嫌って話?」
「そう……ですね」
いつになく真剣な表情で畳み掛けられるので、そわそわしながら答えていく。私の返答を聞いた蒼治さんは、ぎゅっと目を閉じたり開いたりして、腕を組んで考え込み始めて……意を決したように、動きを止めて目を開いた。
「真衣が貰う分の報酬を、会社が代わりに受け取るって契約にするのは?」
「会社が代わりに……私への報酬という形ではなくて、キクノコーポレーションへの報酬として受け取るって事ですか?」
「そう。そうすれば、その報酬は会社の財源として計上出来るから、会社の運営や開発に回せる。支払い賃金の財源にする事も出来るけど、そうすると全社員の賃金に使われるから、真衣が個人で受け取るのとはだいぶ違う意味合いになる。これなら納得出来ない?」
「……なるほど」
最近あまり意識していなかったが、そう言えば蒼治さんは財務部の部長だった。財務部は会社経営のための資金調達をする部署だと聞いている……それなら確かに、蒼治さんであればそういう扱いに持っていく事は可能だろう。
「大丈夫です! 月城君側がそれで良いと言ってくれるならば、私の方は何の問題もありません!」
「分かった。それなら、この件は俺の方で進めておこう」
「ありがとうございます!」
お礼を言って、ぎゅっと彼に抱きついた。彼の腕に軽く頬擦りすると、蒼治さんが嬉しそうに笑った声がする。
「漸く、俺が財務部に行った意味があったのかなって思ったな」
「そう言えば、元々は企画課でしたよね。業務内容がガラッと変わる訳ですし、どうして……社長は蒼治さんを異動させる事にしたんでしょう? 企画課の社員を動かすよりは、経理とかの……もうちょっと関連ありそうな部署から引き抜いた方が、もっとスムーズだった気がしますけども」
「卒業したのは経済学部だからね。後はまぁ、お前は次期社長なんだからお前がやらないで誰がやるって、そういう感じ。色々急な話だったから、正直単なる思い付きだったんじゃないかって思う」
「……そうですか」
それだけ伝えて、後は一旦触れないでおいた。いずれ社長になるなら色んな経験を……というのは分からないでもないが、思い付きで勝手に異動を決められては、現場は堪ったものではない。現に、真中さんは心身ともに被害を受けていた。
「でも、真衣の役には立てそうだ。それならまぁ、全くの無意味でもなかったのかな」
彼の手が伸びてきて、よしよしと頭を撫でられる。そのまま顔を彼の方へ引き寄せられたので、そっと目を閉じた。