お茶については、わたしよりもアザリンのほうがずっと詳しいはず。
「ちょっと、うちのメイドに、意見を聞いてみます。しばしお待ちください」
「そうか。お願いするよ」
「ダイアナ、ついてきてくれる?」
「うん、わかった」
ということで、いったんお店を出て、我が家へ帰ることにした。ダイアナも一緒に。
「では、きみたちが戻ってくるまで、僕は他の仕込みをやっておこう。軽食やスイーツとかも用意しなくちゃいけないからね」
マルケ殿下あらためマルクさんは、わたしたちの酷評に機嫌を損ねた様子もなく、ほんわか笑顔で送り出してくれた。
確かにカフェといえば、軽食、それにオシャレなスイーツは必須……。
マルクさん、お茶だけでなく、料理やスイーツまで自前でやっちゃうの?
第一王子様のお手製スイーツって、どんなのだろう。後でまた試食させてもらえたら嬉しいんだけど。
「ね、私も一緒に行っていいの?」
「ちょうどいい機会だしね。正式なものではないけど、わが家へご招待、ってことで」
「ふふ、嬉しいわ。シャレアのお家にご招待されるなんて」
ほっこり微笑むダイアナ。ううん、そう笑うと、白いほっぺがふっくらとして、ほんと柔らかそう。つい、ぷにぷに、ってしたくなる……いや自制、自制。
カフェからわが家まで、徒歩で五分も掛からない。なんなら、カフェを出たら、もう彼方に、家の屋根が見えてるくらいだ。
「ただいまー、アザリン!」
と帰宅を告げると、ぱたぱた足音を響かせて、白黒エプロンドレスのアザリンが廊下の奥から駆けてきた。
「おじょうさま、ずいぶんおはやいですね! あっ、おきゃくさまですか?」
「うん。わたしのクラスメイトだよ。アザリン、ご挨拶して」
「はいっ。はじめまして、おきゃくさま。メイドのアザリンですっ」
ぺこりと一礼。
で、ダイアナは。
「ほわぁ……かわいい……」
なんか見惚れちゃった様子。うんうん。うちのアザリン、ちっちゃくて、かっわいいからねー。わかる。
近所の市場でも、近頃はたいそう評判いいからねアザリンは。小さいけど、かしこくて元気な働き者、ってね。
ダイアナは慌てて気を取り直し、アザリンへ、優しく微笑んだ。
「ごめんなさいね。あんまりかわいくて……。わたしはダイアナ・ガルベス。よろしくね、アザリンちゃん」
「はいっ、ガルベスさま! よろしくです! こちらへどーぞ!」
アザリンは朗らかな笑顔で応え、わたしとダイアナを応接間へと導いた。
「アザリン、お茶淹れてくれる?」
「はーい、しょうしょうおまちをー!」
ささっとキッチンへ退がったと見えるや、すぐさまアザリンは銀盆にティーセットを載せて戻ってきた。
「ちょうど、おゆ、わいてますのでー、すぐいれますね」
鮮やかな手際で、あっという間に、わたしとダイアナの分のお茶が淹れられた。さすがはプロ。
先ほどみた、マルケ殿下……じゃない、マルクさんの淹れ方とは大分違うのだけど、どちらが絶対正しい、というものではないのだろう。流儀というか流派というか、その違いなんだろうね。
で。
「はわっ、おいしっ!」
ひとくちで、ダイアナが嬌声をあげた。
わたしにとっては、慣れたいつものお味……だけど、やっぱりおいしい。すっごく安心安定な香りとお味だ。
「ね、アザリン、この葉っぱって、市場で買ったものよね?」
「そーですよ。おやすいはっぱをー、どーん! と、まとめがい、してます」
これが裕福な大貴族家なら、普段使いの茶葉と来客用の茶葉は別々に用意しておくんだろうけど、わが家にそんな気取った備えはないので。
それにアザリンの腕前ならば、安物の茶葉でも問題なく、おいしくいただける。ダイアナの反応が、それを雄弁に物語っているね。
実のところ、やはり安物なので、芳香はそれほど強くない。それこそ、さっきのマルクさんのお茶よりずっと弱い。
でも、どちらもおいしい。商売に使うなら、間違いなくこっちでしょう。コスパの点では、絶対こちらの圧勝だろうからね。
それから、談笑しばし。
「おじょうさま。きょうのお夕食ですけどー、どーなさいますか?」
「そうだねえ」
とくに考えてなかった。今朝は恒例のリクエストも忘れて家を出ちゃってたので。
「いま、うちにある材料って、なにかな」
「えっと、オーツ麦と、おやすいおニク、まだどっさりのこってます。あと、おやさいも、そこそこ」
アザリンのいう「そこそこ」は、一般家庭で一週間分ぐらいの量になる。アザリンは二日で食べ尽くすけどね……。
で、ふと思いついた。
「ねえ、ダイアナ?」
「なあに?」
「今日のお夕食、うちで食べていかない?」
「えっ、いいの?」
ダイアナは寮住まい。基本的に、朝夕は寮内食堂で食べることになるはずだけど、必ずしも毎回そうしなければならない、という規則はない。
外食や、食材を買ってきて厨房でお料理、なども可能。そのへんは割と自由。門限だけは厳しいけど。
……ゲームではそうだったので、たぶんこっちでも同じはず。
「ダイアナさえよければ。食材は十分あるみたいだから」
と、わたしがいうと。
「なんでしたらー、ついかのしょくざい、なんでも、かってきますよ!」
アザリンがフォローを入れてくれた。
「ほわぁ、うれしい……! そういうことなら、よろこんで!」
「よし、決まり! アザリン!」
「はいっ!」
「今夜は、お肉とお野菜入りのオートミール! たくさん作っておいてね!」
「わかりましたっ!」
かくして、今夜のメニューも決まった。
その後、わたしとダイアナは、アザリンから提供された茶葉を袋詰めにして、意気揚々、再びカフェへと向かったのである。
ダイアナとアザリン。一度、大食い対決をさせてみたかった……。
今夜、そんな夢のカードが実現。さて、どうなることでしょう。
その前に、マルクさんにもう一度、お茶を淹れてもらわないとね。
安い葉っぱでも、マルクさんなら問題なく、おいしくできるはずだ。