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「それでは。これより第二回、出張生徒会会議をはじめます」
もう。会長サマってば、ほんとーに真面目でぶれない。
異を唱えるメンバーじゃないから無事開催できてるけど、フツーの生徒会なら不満が顔とか言葉に出たっておかしくないと思う。海水浴の後はプールの授業後とよく似た感覚で、なんとなく空気もだらけてて、リリリ様もとっても眠たい。正面の窓と裏口とが大胆に開放されているからきもちー風が吹き込んでて、会議用の狭い部屋じゃなくてリビングのここは、しょーじきお昼寝で過ごしたい。
なのに出してた真面目な案通り、ちゃんと会議を開催するのは流石、会長サマ。
「議題は生徒会として設置を検討しているご意見箱についてですが、この具体的な運用について詰めようと思います。夏休み後の正式な生徒会会議で再び議題に取り上げるので、今回は外部の視点も取り入れて様々な意見を出しておくのが目標です」
「はいはーい。リリリ様、意見がありまぁす」
「小薬さん、どうぞ」
「今はお昼寝がいいと思います……」
「……まぁ、一応正式な会議ではないですし、眠いならいいですよ」
「……う」
逡巡の後に許可してくれる会長サマ。優しいところも流石だと思うけど、許可を出されたら出されたでちょっと寝づらいというか、でもやっぱり吹き抜ける風は心地よくって、落ち着いた淡々とした会長サマの声がどんどん瞼を重くしてって、気付けばリリリ様はネオ化学室に立っていた。
「…………?」
おかしい。ネオ化学室はまだ完成していないはずだったけど、もしかしたら自走ボットたちが気を利かせて完成させてくれたのかな? そこまでの権限は与えていなかったと思うけど、リリリ様のプログラムがよすぎて自発的進化を遂げたのかもしれない。シンギュラリティはこうして始まるのか。
「リリ。ラブレターは書きましたか」
「わわっ!? ひゃ、……ひゃはは、なんだ、秋流ちゃんかぁ」
しんとした校舎で急に話しかけられたからびっくりして振り返ったら、秋流ちゃんがご意見箱になっててん、と廊下に設置されていた。でも構想通りにオンラインでも意見の投稿ができるようにしてあるから、随分寂れた雰囲気だ。
「いつ何時機会があるかわからないものですから、好意を持った相手に対してはきちんとご意見を届けるべきです」
「ひゃははっ、わかってるよぉ」
これでもリリリ様も乙女なのだ。ラブレターを非効率だと思いながらも、可愛らしい手書きの温もり再現自動筆記四号くんで認めたこともあったし、それがバレた上で自分で書き直したら筆圧が弱すぎて掠れて読めなくなったこともあったし。
「リリリ様の愛はぁ、ちゃーんと綴ってあるからヘーキだよ」
ごそごそと懐を浅って取り出した封筒。そこには印刷された綺麗な文字で、リリリ様が恋する相手の名前。『リリリ様特製プライバシー保護プログラム作動。対象の記述は消去されました』。何度も書き直すことになったけど、これを渡したら、いくら『消去済み』でもリリリ様のキモチにちゃーんと向き合ってくれるだろう。
「風紀は乱れませんか?」
「ひゃはっ。でもでもぉ、凡百もホントは、乱したいんでしょー?」
風紀とだけ書かれた投書をご意見箱、もとい秋流ちゃんにたくさん食べさせている凡百。からかってみても今日は頬を赤らめることもなく、こくりと頷く。
「乱しやがるというなら、やぶさかでもありません」
「やっぱり風紀破壊委員なんだぁ」
ネオ化学室の誕生を喜んでいただけのことはある。ネオ化学室の全設備を稼働させると、壁のモニターに会長サマと先輩ちゃんたちとの相関図が映し出される。そこにはリリリ様なりに数値化した互いへの好感度が矢印付きで表示してあるけど、その矢印は複雑に絡み合って、モニターを飛び出してネオ化学室を荒らし回っていた。
「リリ。寝言で乙女が漏れていますよ」
「いいのっ。それがリリリ様のチャームポイントなんだから」
いつの間に風紀を咀嚼し終わったのか、ぽつりと呟く秋流ちゃんの声にひゃははと答える。
「風紀を乱しやがるのは問題なのですけど」
「凡百も、寝言で色々言ってるの?」
「言ってません!!」
びりびりと窓が震えるうるささ。ううん、ネオ化学室の空気感に相応しくない。と思ってみれば凡百は超巨大になっていて、窓の外からこっちを睨み付けている。
「でもでも、会長サマはまだラブレター書いてないんでしょー? ご意見箱は空っぽだから」
「ご意見箱は、ご意見を入れる場所です、からね」
教室に取り付けてあるスピーカーから、会長の動揺を押さえ付けた声。それを見た時、はっとした。
「それだよっ!! ――……」
起き上がったら、暗い部屋とお布団。
「……あれ?」
吹いてくる風と、差し込む明かり。むわん、と眠たさがじんわり潮の香りの風と混ざっていって、夢から目覚めたのだと把握。
「はぁ……起きましたか」
「案外早い目覚めですね。まだ会議は続いています」
ひょこりひょこりと顔を出す同級生二人にパチリと瞬きをして、こてりと首をかしげる。
「凡百が運んだの? 秋流ちゃん?」
「犬伏先輩です。ほんとに、先輩の手を煩わせるなんて」
「あはは、寝言がずいぶん面白かったから、会議に集中できなくてね」
「むぅ……風が気持ちよかったからぁ……」
今も気持ちいいけど、ちゃんと目覚めた分眠気は遠ざかった。くああ、と酸素供給のためのあくびをして。
ん?
「寝言?」
「……」
「……」
「……」
見ていた夢は段々ぼやけはじめていたけど、むちゃくちゃな中でもラブレターのどうこうとか、寝言が乙女とかはぼんやり覚えてて。
「っ……ひゃ、……あ、秋流ちゃん。凡百!!」
まさか? まさか!!
「はぁ……夢とはいえ、気を抜かないことです」
「大丈夫、チャームポイントですよ、リリ」
「ひゃ、り、リリリ様っ、どこまで……なにを!?」
頬が熱い。心臓がばくばく、眠気なんて完全に飛びきって、羞恥の汗がどばどばと。もし万一相手の名前なんて呟いてたら。
凡百は頬を真っ赤にしたまま押し黙って、秋流ちゃんは相変わらずの変化のない表情、の中に、リリリ様だからこそわかるくらいの小さな羞恥。
「…………」
「もう、リリってば。わかってるくせにいけずです」
「……ひゃはっ。ひゃははっ。そっか……、みんなの記憶、消しちゃえばいいんだぁ」
某映画ばりにフラッシュ一つで記憶消してみる試作機一号くんなら荷物にちょうど入っているし。さすがに実用したことはないけど、でも多分効くし大丈夫。それもリリリ様のチャームポイント、なんだっけ? 何か違う気もするけどま、いっかぁ。
「小薬さん!? あのほんとに寝言言いはじめたくらいで犬伏先輩が運んだから、私たち何も聞いてないですからね!?」
「自分で寝ておいて暴走しないでちょうだい。澪の言う通りだし、それに仮に言ってしまったなら、堂々と振る舞えばいいでしょう」
「ひゃはっ……もーいいの。リリリ様は、これでぜぇんぶ解決――」
「――風紀」
「リリ」
ちゃきん、と納刀音が聞こえたと思ったら、某映画ばりにフラッシュ一つで記憶消してみる試作機一号くんがずるり、と袈裟に切られて、ぽとりと上部が落下する。澄ました顔の凡百の隣で、秋流ちゃんがいつも通りの表情でこくりと頷いた。
「大丈夫。チャームポイントですから」
そうして――リリリ様は、自らの過ちを受け入れることができたのだ。
わかった。もう。多分色々口走ったし、起きた事実は変わらない、なら。
「もう、…………もー! 『リリリ様特製プライバシー保護プログラム作動。対象の記述は消去されました』、リリリ様にこんな夢見せた責任は、あとでちゃんと取ってよね!!」
『消去済み』、『消去済み』。会長サマたちはそそくさと顔を引っ込めて、『消去済み』。
『消去済み』。
そんなわけで。リリリ様も無事に元気を取り戻し、代わり、夢から覚めるきっかけになった天啓、もといリリリ啓を、みんなに伝えてあげることにした。
「……なるほど。悪くないですね」
「でしょでしょっ? リリリ様が寝てたから思いついたことだよぉ」
「別にその経緯を褒める気はないけれど、……案がいいのは認めるわ」
リリリ啓の内容はこう。
ご意見箱で意見を募集する、だけで終わるならはじめから集める意味がない。だから当然、会長サマもその辺をうまいこと汲み上げたり、その活動報告を掲示するとか、そういう方法を考えていたみたいだけど。
「ただこれ、……小薬さんと秋流さんに、それなりに負担をかけそうですが」
「いいのいいのっ、むしろリリリ様がやりたいし?」
「清正院秋流、右に同じです。給金が出るというのであれば尚のこと」
「出ないですからね? そこは申し訳ないけど出ないですからね?」
「む。まぁいいでしょう」
会長の念押しに不承不承といった秋流ちゃんだけど、これで断るはずもない。
つまり。ただ掲示された紙一枚とか、配布物じゃ正直誰も見ないし。有効性を高めたいなら、もっと積極的な発信が大事なわけで。桜条先輩ちゃんサマのライブの時に調べたことをリリリ様はちゃーんと覚えていたのだ。あまり認知されていないけど、放送部には楽曲リクエストの他に、各部活動に月に一度ずつ開放されている、自由枠というものがあることを。
「じゃあ、――これで決定っ! ひゃははっ! 来月から清正院学園生徒会、月報ラジオ、開始だね!」
「動画配信サイトにも進出しましょうね、リリ」
「しないけどね!」