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「っ、……ふあ、……っしゅん!!」
くしゅん、と二発目が間を置かず。逸らした顔を戻しつつ、ムズムズが収まったかを確かめつつ。
「う、……すみません」
「ふふっ。どうせこれからタマネギでやられるんだから、くしゃみくらい存分にしていいよ」
ごろりと大玉のタマネギが六つに、にんじんやジャガイモと見慣れた野菜。
「慣れてない子は無理しないで、手を怪我しないようにね。やり方わからなかったら、私か梅園さんに訊いてください」
「リリリ様、ドリル使ってもいい?」
「それでどうやって調理するのよ。大人しく見学か、ピーラーとか安全なのを使いなさいな」
かすみ提案の、全員合同でのカレー作り。定番のメニューではあるから内容もシンプルに、一緒に楽しんで料理をするってくらいだけど。先生役はかすみと梅園さんが担当してくれて、ルーのためらしい大量のスパイスが並んでいる。何でも二人で色々話し合ったレシピらしく、だからこそ私たちは充てがわれた調理を熟すだけ。
と。ふと先輩が、思い出したように呟く。
「そういえば。くしゃみする時は噂をされてるとか、そんな俗信があったよね」
「え? ああ……そういえばそんなのありましたね」
「あ、聞いたことありますわ。確か、二回は悪口でしたっけ。どうでしょう」
「う゛っ……そ、そうなんだ」
「ちょっと凡百! 会長サマが凹んじゃうでしょお!」
悪気なく答えたらしい風穴さんに、いや迷信だからと返しつつ。伶くんでエゴサした時に変なこと書かれたら嫌だなとか、余計なことを考えた、途端。
「っしゅん……! うう、……」
タマネギくらいは流石に、家で十分調理し慣れてるけど。普段のよりも随分ツヤも張りもあるタマネギだから、その分目に来やすいのだろうか。それとも本当に、どこかで誰かが悪口でも言ってくれてるのか。
「……三回だとなんなの? 凡百」
「え? たしか三回だと、好かれて……風ーーーー紀!」
「ひゃあっ!? ちょ、凡百!? さすがにそれは暴走、暴走だから!!」
「あははっ。ちなみに四回以上は風邪だから、気を付けるんだよ」
「う、……はい」
一度鼻をかんで、溜め息。いや、うん。まぁ悪口よりは全然マシだし、好かれているというのはさすがに、アイドルなのだしそうであってほしい、んだけど。
どうしてか、ものすごく嫌な予感がして、……ぶるりと一つ、身震いをした。
■
「お、まこっちじゃん」
「ああ、七緒か。お疲れ様」
「おつかれ~」
靴は靴箱、荷物はソファ。おれたちAudit10nEEのリーダー様への挨拶もそんな感じで終わらせちゃって、とりあえず急いでお手洗い。
「ふう……」
あぶねあぶね。いけるかと思ったけど電車一本逃しちゃった分けっこーぎりぎり。
改めて事務所に出ると、まこっちはさっきと違う体勢でソファに座っている。さっきまではなんか紙みたいなのを見てたけど、今は綺麗な姿勢で座ってる。紙っていうか、思い出したらそーだ、あれあれ。
「まこっち、まーた皆のスケジュール気にしてたの?」
「うん? ああ、……ふふ。やっぱり七緒には気付かれるか」
「へへ、オレ目いいからさ~」
ふふんとドヤ顔。視力は2.0から落ちたことないし、だけじゃなくて普段から色々ぱっと目に留まるというか、動体視力? で合ってるのかなこれは。ちょっと見ただけでも色々覚えてるし、文字もけっこーすぐ読める。漢字が全然読めないだけで。
って。まこっちが気になったのは、それだけでもないんだけど。
「れーくん?」
「……七緒はほんと、なんでも気付くね」
また取り出した紙を覗き込んでみればやっぱり、ショニの皆の予定表。
「だって、れーくんが一番予定入れてるし。ま、今はちょーど休んでるけどさ」
「うん。伶が休みの間に、先の予定を確認しておこうと思ってね」
「へー」
相槌は打ったけどなんか、ちょっと違う気もする。ただ予定見るだけなら、おれに隠す必要ないと思うし。と思って見てたら気付いたけど、なんかれーくんのところに丸がついてるようだ。
ふうん?
まー、まこっちも色々考えてるんだろうし、とりあえず忘れておく。おれ、海老名七緒はそんなに難しいこと担当じゃないし、皆が笑えるのが一番だし。
「でも、れーくんほんとレッスンたくさん入れてたからなー。配信もペース落としてないし、三連休あってちょっと安心かも」
「そうなんだよね。でも……これは憶測でしかないんだけど、この三日間も、何か予定があったから休んだだけじゃないかなって」
「あー、れーくんなら全然ありそう。三日まとめてはその線あるかもねー」
「それで本人にとって休息になるなら、別にいいんだけどね」
そう言いながらもあんまり信頼してなさそーな顔のまこっちに、大丈夫だよきっと、って励ましを言ってやりたいけど。今のれーくんの様子を考えるとちょっと簡単に言いづらい。いつかのきょーじみたいな感じというか、あんまり周りを見てない感じ。マラソンとかで水飲むの忘れて走ってるみたいな。
そういうのまこっちが気にしてるのはよくわかる。いつかのきょーじの失敗。練習頑張りすぎて、体調崩しちゃって、ライブを欠席しちゃった時。もちろんきょーじ本人も物凄く反省してたけど、まこっちはリーダーである僕の責任でもあるとか言って、内心そーとー凹んでたみたいだし。あの時はれーくんが皆のケアとかやったり、過度な練習はシステム的に? 入れづらくしたり、皆のスケジュールを透明化? みたいなことして互いにチェックしやすくしてってた。
だから。そのれーくんがってなると、まずは皆信頼するとこから始まる。きっとれーくんのことだからちゃんとバランスは取っていて、ちょっとの無茶なら大丈夫だって。でもしょーじきおれはちょっと心配だ。
心配だし。それに、なんとなく。
「まこっちさ、来週予定あった?」
「入れたよ。今の件で伶とも話しておきたいからさ、予定を見てたんだ」
「あ、それで丸付けてたの?」
「うん」
全然当たり前のこと、その通りですよって顔で、まこっちは予定表の丸を指す。たぶん皆信じるだろうし、おれも全然、それがフツーでまこっちの仕事なんだなって思う、と思う。いつもなら。
でも。気のせいかもしんないけど、今のまこっちはちょっとヘンだ。れーくんのこと気にしてるのは多分ほんとだけど、もっと別のこと考えてる。れーくんの体調とかスケジュールの心配っていうよりも。
れーくんのこと、見てる感じ?
見過ぎて、見れてない感じ。
「おれも暇だけど、予定いれよーか?」
「いや」
うん。だよなー。
「あんまり大勢に心配されても伶自身が気にしすぎるだろうし、リーダーの僕と一対一だからこそ、言えることもあると思うから」
「んー、まー、まこっちが言うならそっか」
「でも、メンバーのことを気にかけてくれるのはありがたいよ。七緒にはいつも感謝してる」
「あはは、それほどでもー」
のぞむんなんかは、こういう笑い方してる時のまこっち、ちょっと怖いって思うらしいけど。おれはちょっと心配だったりするわけだ。まこっちの苗字、虎走って難しい読み方だけど、虎って漢字、まんまみたいな笑顔の時。多分ファンの子はわかんない。画面越しには隠れちゃう。ステージまでの距離だと、きっと見えないくらいの感じ。
藪に向かって一気に飛び込んで、獲物を仕留める時、みたいな感じ?
「まこっちは?」
「うん?」
そろそろ新曲の打ち合わせが始まるから、荷物を持ち直して階段に向かう、前に。
「別にだいじょーぶ?」
「……ふふ。うん」
うーん。
ま、いいか。
多分まこっちはなにか、企んでると思うけど。れーくんはれーくんで、ちょっとキャパが心配だけど。もし何かあったらショニの一人として、おれにできる手助けをしよう。
そう思いながら階段を昇ってったら時間を一時間勘違いしてて、暇だからスマホでゲームをしてすごした。