「おい立てよ、服脱げって言ってんのに屈むな!ったく面倒くせェ……もう1人くらい殺しとくか」
「ひいいいッ!!」
また響く大きな音に、女の子たちの恐怖する叫び声。
足に力が入らなくなってしまった私が見たのは、前方座席の下から流れてくる赤い赤い液体だった。
恐る恐る目線を液体の発生源へと向ければ、さっきまで私の隣で悪態をついていた彼女の姿が見える。
彼女から吹き出る赤に眩暈がして、お腹から込み上げてくる吐瀉物を抑えられなかった。
真っ直ぐ彼女へと伸ばされている、警察官の右腕。
黒くて小さい何かを向けている方向は、彼女の頭に位置するところだった。
「はい、さっさと脱げよー。5秒に1人ずつ殺してくぞー」
彼女は…あの黒い物で、警察官に殺されたのか?
でも……抗議の言葉を発していたのは、決してあの子ではなかった。
最初に私が座っていたあの場所で……
「ッ……」
彼女は、一言も声を発していなかったにもかかわらず、たまたまあの場所に座っていたというだけで……
「ッ……はあ……はあ……ッ」
……殺された、のか?
『優秀だろうと意味なんてないよ』
「ひッ……?!」
震えあがるような恐ろしいタイミングで、またあの乳母の声が響いてくる。
どんなに頑張って優秀でいようとしたとしても、私があの時席移動をしていなければ、あんなにもあっさり…私の命は消え去ってしまっていたのか。
服を脱ぎたくないと正義感で抗議した女の子は後部座席で生き残り、たまたま警察官の目の前にいた2名が殺された。
彼女たちが何故殺されたのかなんて、明確な理由などない。
ただただ殺しやすい位置にいただけ。
ただただ、運がなかっただけ。
私たち下流階級の命の軽さを……外に出た一瞬で、思い知る羽目になった。
「旦那!ストップストップ!一応値付け前だから!納品数減らしたくねェんで!ね…?抑えてくださいよー」
「はあ……ったく何でこんな面倒くせェこと毎度毎度立ち会わなくちゃなんねェんだかなー。ほんとに警察官いるか?テメーらで勝手にやっとけよ」
「いやあの、一応法律なんでね……ハハ、仕方ねェんですよ」
運転手が警察官を止めに入った瞬間に、みんなが一斉に服を脱ぎ始める。
力が入らなくても、震える手で何とか衣服を引っ張る者。
殺される3人目にならないよう、勢いよく一気に衣服を脱ぎ捨てる者。
私はと言えば、起こった出来事についていけず、放心状態になってしまって……車内で一番脱ぐのが遅くなってしまっていた。
「ちょっと!あんたが遅いとまた誰か殺されんだよッ!」
両隣りにいた子たちが、血相を変えて私の服を剥ぎ取っていく。
施設内では誰よりも優秀だと自信を持ち、鼻高々に誇っていた私が……外では誰よりも行動が遅く、ひどく劣り、周りの足を引っ張っていた。
「脱いだ奴から順番に下りろー。外で一列に並んどけー」
適当に言葉を吐き捨てた警察官が踵を返し、一番に車から下りていく。
私を含め全員脱ぎ終わってはいたが、先頭に立って真っ先に車から出ていくことは誰もが一瞬躊躇った。
出て行った途端にまた殺されてしまうのでは……そう全員の脳裏に過ぎったからだ。
でも何故か……私の震える両足は、たった3秒後には前へ前へと踏み出していた。
「……ぁ」
周りの子たちがその場に留まる中、真っ先に外へ出ようと動いたのは私だけ。
恐怖でまともに力が入らず、引き摺るような形で足を前へと進めていく。
「ッ…はあ……はあ……ッ」
恐らくそう行動した理由は、私の生存本能……勘が正常に働き始めたからだ。
怖い上の階級の人間には媚びへつらえ。真っ先に従えと、私の心がひどく反応している。
殺された2名の悲惨な遺体横を通る時に、また胃から込み上げてきたものが口から溢れ出す。
げえッと吐き出しはしても、前へ進もうとするのは止めなかった。
私の異様な様子を静観していた周りの子たちが、自分はどうするべきかと未だに震えたまま立ち止まっている。
緊張でまともに呼吸が出来なくなる身体へ鞭を打ち、車の出入り口へ手を置いて、前へ顔を向けた時だった。
「チッ、遅ェな……。最後に車から出て列に並んだ奴ー!殺すからなー!」
「ッ……?!」
警察官の間延びした、信じられない言葉を耳にした瞬間……車内にいた全員が一斉に車から飛び出してくる。
ドンッと後ろから勢いよく押されて、顔面から地面へと叩きつけられた。
痛みに耐えながら両腕で身体を支えようとすれば、また後ろから背中を踏みつけられる。
死にたくない一心で次から次へと出てくる女の子たちに足蹴にされた後、鼻から流れる血を拭いもせず、目だけで警察官を盗み見た。
「ッハハ!!馬鹿みてェにマヌケだなこの光景!おもしれー!!」
……狂ってる。
泣き震えながら裸で走って出てくる女の子たちを見て、ゲラゲラと笑いながら手を叩いて喜んでいる。
全員が車から下りて一列に並ぶ中、また私だけが動けずに地面で這いつくばっていた。
必死に両腕へ力を入れて上半身を持ち上げる。
思い切り踏まれた背中と、地面へ激突した顔面が痛くて……恐怖で前が見えなかった。
目から溢れ出る涙と鼻から流れ出る血で、顔全体がグチャグチャになる。
震える足で必死に立とうとしたけど力が入らず、再びその場に倒れ込んでしまった。
「……あ、並んでないのはお前最後?」