今日の収集を全て終えて、すぐさま谷さんを南の仕事場へと下ろす。
違うエリアとはいえ子供の身に何かが起こっている以上、南の顏を見るまで安心することは出来なかった。
収集車を戻しに行く時間も惜しいと、藤が運転席から下りて遠くから南の姿を探している。
気持ちはわからなくもないが、無意味に停車している収集車があれば近隣の奴らに通報されかねない。
ここは谷さんに任せて俺たちは戻ろうと口を開きかけた途端、藤がこちらへ振り返って、不安そうな表情で胸倉を掴んできた。
「橘がずっと様子おかしかったり、いきなり居なくなったりすることに対して…何も説明受けてないけど、これだけは答えて」
最初はゆるく掴んでいた胸倉にぎゅっと力が加わって、藤の強い感情が伝わってくる。
震え出した手の振動が俺の身体にも僅かに伝わってきて、落ち着けと諭すように怪我をしていない左手で手首を掴んだ。
「花街で起こったことと、昨日施設内から銃声が聞こえたことと、今日子どもがいなくなってたことは……」
何も、関係ないんだよね…?
そう声を震わせながら言われた質問に、ぐっと奥歯を噛みしめて俯く。
普段は勘の鈍いはずの藤が、弟の身の危険を察知して鋭く神経を尖らせていた。
繋がりはないのかと問われた瞬間……可能性は大いにあると内心思う。
表情には出来るだけ出さず、平静を装って言葉を返した。
「……今日起こってたことは、繋がりがあるかどうかははっきりわからねェ」
「その言い方だと花街で起こったことと昨日施設内から聞こえた銃声は繋がりがあったってわけだ」
「……。」
「今日のことも繋がりがあったら、橘は危険に首突っ込んでくってこと?僕たちには何も話さずに?」
「……。」
「……そっか」
何も言わなくなった俺を見て、一瞬辛そうに顏を歪められる。
前髪で目が見えなくなるほど藤が俯いた後、ゆっくりと胸倉から手が離れていって、一言低く囁かれた。
「……決めた」
さっきまで俯いていたと思っていたのに、鋭い眼差しで俺のことを見つめてくる。
何を決心したのかは一切言葉にすることなく、俺から視線を外して南のいるゴミ処理場へと顔を向けだした。
今見た藤の表情がどこかで見たことある気がして、バクバクと心臓が鳴り響く。
嫌な予感と共に思い出したのは、今朝シオンが奴らと戦う決意をした時の表情だった。
まさか…と目を見開いた後、藤の肩へ左手を置いて口を開く。
危険なことだけはするなと釘を刺そうとした瞬間、ゴミ処理場から谷さんが南を抱えて走って来た。
「南!!無事?!今日変なこと何も起こらなかった?!」
「ゴホッ、なんで兄ちゃんも橘もここにいんの?なんか谷さんも来た時から様子変だし」
「何も!!なかった?!」
「無いってなんなんだよもおー!谷さんいい加減下ろしてー、俺歩けるって」
南が谷さんに抱えられたまま、藤に両頬を掴まれて尋問されている。
呆れた様子で俺に目線を向けて助けを求めてきたから、一瞬迷った後に南の身体を片腕で掴んで下ろしてやった。
「ゲホッ、橘まで複雑な表情してるってことはマジでなんかヤバイことあったのか?」
「……まあな」
「橘、異変が起こってんのは下流階級の施設だけじゃねェみたいだ」
「え……?」
深刻な表情で眉を寄せながら、谷さんが低く声を発する。
俺たち以外の周りに聞こえないよう最小限に声を抑えて、俺の目だけを真っすぐ見て呟かれた。
「花街でお前が捕らえられてた遊郭……あのでっけェとこが、今日の昼間に壊滅したらしい」
「は…?!」
「な、にそれ…どういうこと?」
壊滅…?あそこが…?軒並み逮捕されたってことか…?
いや、警察官も買収してたような遊郭でどうやって……
物理的に壊滅させようとしたって規模がデカ過ぎるし、一体どうやったらそんなこと出来んだよ。
「谷さん…それはどう考えてもあり得ねェよ」
「……だな。俺もそう思ったが、乳幼児施設の監視員が今話してた内容だ。盗み聞きだけで詳しいことはまだわからんが、中流階級じゃニュース報道までされてるらしい」
「ッ…?!まさか」
「な?本当かもしれねェだろ……?」
今晩、リュウマと梅のところへ行って情報収集するぞ。
そう言うのと同時に、谷さんが南を再び片腕で抱えだす。
施設の方へ歩いて向かおうとする谷さんを後ろから呼び止めて、早口で反対した。
「俺たちは全員あの遊郭の奴らに顏知られてる。情報がデマで壊滅してなかったとしたら、花街に向かうのは危険過ぎる」
「あ゛ー……南はまだ安全確認するまで行かせたくねェな…」
「ねえ2人とも、忘れてない?顏知られてない奴が1人いるだろ?」
収集車の近くに立ったまま、ニヤッと悪い笑みを浮かべている藤に眉を寄せる。
遊郭の奴らに顏が知られていない人間……?と考えを巡らせて察した瞬間、藤が緊張した様子で言い放った。
「僕が1人で行ってくる」
俺も南も谷さんも、一瞬ポカーンと間が空いて沈黙する。
言われたことを頭の中で噛み砕いて本当に理解した途端、小声で話し合っていた意味もなく大声を発してしまった。
「はあ?!!」
「子どもが危険な目に合う可能性あるから、南には絶対谷さんがついててほしいし」
「いやそれはそうするが!だからと言って藤を行かせるわけには…!」
「でも僕以外いないじゃん。牢の鍵掏る時絶対顔見られてないし」
「兄ちゃんが1人であの遊郭行くのか?!」
「1人で行かせるわけねェだろッ、ふざけんな!!壊滅したかどうかは俺が調べる!!」
「うるさいな……橘はどうせ今日も行くとこあるんだろ?僕たちには言えない行くとこがさ」
「……。」
藤の冷たい視線に、チッと舌打ちをして押し黙る。
決まりだね。と言い捨てて、運転席の扉を開け、こちらを見ながら宣言された。
「僕が、本当に壊滅したかどうか調べてくる」