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No.75 第23話『異変』-3



いつも通りの臭いが漂うゴミ捨て場に入り、山積みになっているゴミの目の前で立ち止まる。

一見、藤が言った『おかしい』の意味はわかりにくかったが、辺りを見回しつつゴミ山を凝視した時に俺も気が付いた。


「なんだこれ……」


どう考えてもおかしい。

一体ここで何が起こってるんだ…?


冷や汗が背中を伝って、嫌な感覚がする。

考えられる可能性を頭の中に浮かべていると、後ろから追いかけてきた藤に困惑しながら問いかけられた。


「僕、ここのエリアの収集は初めてだから比べようがなかったけど…ここっていつもこんな感じなの?」

「…いや違う」

「やっぱりそうだよね…だってこの前僕が収集したエリアより治安悪いはずだもんね、ここ…」


俺の横に並んで、同じく眉間に皺を寄せて強張った表情でゴミ山を見つめている。

明らかに前回の収集場所とは違う状況に、さすがの藤も能天気な考えではいられないようだった。


「子どもの遺体が全くないって…あり得ることなの?」

「いや……俺たちの住むエリア以外でそんな状況は一度も見たことが無い」


ざっと目視で確認して、おそらくゴミ山に混ざっているのは大人の遺体が2人程度。

両方とも死んで間はそこまで経っていない。


腐敗は進んでいないが痩せ細って異臭が酷いところから察するに、こいつらは事件性なく病死だろう。

それよりも異常なのは、子どもの遺体が一切見当たらないことだった。


「谷さんみたいな優しい人が力をつけて、子どもたちを死なせないように頑張ったとかは?」

「ここのエリアに限ってはそんなこと絶対にあり得ねェ。生き残ってる大人の方が数少ねェんだよ、ここは」

「え…?何それどういうこと?」


訝し気に眉を寄せたまま、驚いた様子でこちらに顏を向けてくる。

喧嘩してたことなんて頭から吹っ飛ぶわな、そりゃ…と内心呟いて、聞かれた質問には隠さず全て答えた。


「ここは数少ねェ大人が完全に牛耳ってるんだよ。子どもは全員、乳幼児施設から移動してきて数日で餓死する。死んだら施設に空きが出て、また5歳児の子どもが大量に送られてくるから……ずっとこのエリアは遺体の数が半端なかったんだよ」

「ま、前に僕が収集した場所とは数が違うの…?あ、あそこの遺体……トラウマになるレベルで多かったんだけど」


ただでも血の気を無くしていた顔色が、俺の話を聞いて更に蒼くなっていく。

このエリアの荒れ狂った環境と、現在進行形で起こっている異常さを再認識したようだった。


「……あそこと比べたら、ここはいつも子どもの遺体が3倍はあった。前のとこはたぶん施設に生き残ってる大人が多いから、子どもが送られてくる割合が違うんだろ」

「……僕たちのエリアに新しい子が来ないのは、みんな中々死ななくて空きが出ないから…?」

「そういうことだ」


現状のヤバさを把握した藤が、身体を震わせて立ち尽くす。

ここの子どもは一体どこへ行ったの…?と小さく零して涙ぐんでいた。


俺がエリア内に入った時いつもと違うと感じたのは、幼い声が一切聞こえなかったからか…


駄目だ。考えてる暇はない。一刻も早くここから立ち去った方が良い。

けど収集の仕事を行わずに戻ることは出来ない。仕事放棄で通報されれば、それはそれで厄介だ。


「藤……このエリアだけは早く処理して立ち去った方がいい。現段階で何かは断定出来ないが……」


今ここで、ヤバイことが起こってるのだけは確かだ。


そう俺が説得した瞬間、大きく頷いた藤が勢いよくゴミ袋を掴んで駆け出していく。

俺も見習うように遺体の足を引っ掴んで、早急に処理出来るようゴミ収集車の方へと戻った。


俺と藤が急に協力し合ってテキパキ仕事をし始めて、不思議に思った谷さんが窓を開けて声をかけてくる。

どうした?仲直りしたのか?と問いかけられて、端的に、一言で現状のヤバさがわかるように言い放った。


「子どもがいないッ!!」


俺の叫びを聞いて、谷さんが両目を大きく見開いて驚く。

間髪入れずに運転席から飛び出してきて、藤は運転席に戻って鍵閉めてろ!と真剣な表情で諭していた。


収集作業に慣れている谷さんへ仕事を託して、終わり次第すぐに発進出来るよう藤が運転席で準備していた方が良い。

それが一番早急に立ち去れる方法だと理解したのか、すぐさま素直に頷いて鍵を受け取り、運転席へと走って行った。


慣れた手つきで谷さんと収集処理を終えて、運転席にいる藤へサイドミラー越しに合図を送る。

急いで発進した収集車の後方で、谷さんが辺りを睨みつけながら口を開いた。


「……どう思う」

「……。」


子どもの遺体が1つたりともないことをどう思うか。

そんなこと聞かれても、悪い方向に考えた予想しか出てこない。


「……連れ去りの犯罪か、政府絡みの変更で子どもを移送しなくなったか」

「……子どもを集団で連れ去れるってことは、エリアの奴らもグルの可能性はあるな」

「俺は政府関係の奴らがグルの可能性も高いと思いましたけどね。乳幼児施設から移送すると見せかけて売るとか」

「どっちにしたってヤバイことに変わりはねェな。……どうすっかなー、ほんと…」

「俺らが犯人に仕立てられる可能性も十分にありますね……けどあの状況で、黙って処理して早急に去る以外方法ありますか?」

「……ねェな」


子どもたちも、助けられるもんならとっくに助けてる…


そう小さく発した谷さんの声は震えていて、泣くのを必死で堪えているように聞こえた。

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