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2-4【今はまだ、】

「ああ、そうだな……名残惜しいが」

「そろそろ? って、何が」

「自分とエレンは、そろそろ行動を再開する。休息をする場の提供、心より感謝する」

「え!」

 少年は目をまん丸にして、引き留めようとしたのだろう。手を何度かぐーぱーとしたものの、

「……そっか、ネームドだもんねえ。忙しいよね」

 と、寂しそうに頷いた。

「どこに行くの? 流民集積場?」

 ああ、とエレンは頷く。昨夜、彼が寝たあとに話し合ったことだった。

「俺はそこに。んで、アデルは」

「自分は、中枢部を目指す」

「……別行動なの?」

 少しの躊躇のあと、二人は揃って頷いた。

 手がかりがなさすぎる、というのが原因としてあった。

 少年に見せてもらったマップデータは有用なものだが、周辺の区画スクエアしか表示がない。アンがそこにいるとは限らないのだ。

 しかし、外はあの気絶させてくるロボットがうじゃうじゃいるし、食料だって有限である。アデルの説明によれば、天人の証である生体チップがなければ管理されきった食料の入手もままならない。いくら食べるのはエレン一人と言っても、時間に限界があった。それも、かなり近いところに。

 別れる必要がある。

 エレンは流民だ。アデルがエレンを地上で確保してきた資源として引き渡せば、食料の問題はしばらく解決する。そこにアンがいれば万々歳、いなくとも流民から情報を引き出すことができるだろう。

 アデルのほうは、レイヴンである。それも、三人しかいない貴重な個体。その立場を利用して、レイヴンを指揮するネームドの天人からより上位の情報を引き出せないか試みる。

「そういうわけで忙しくなるから、これでお暇させてもらうよ。ありがとな、いろいろと」

「別に。いいよ、ぼくも楽しかったし」

「……今更だが、どうして自分たちに手を貸した? あなたにメリットがあるとは思い難い」

 どの問いは、エレンも気になっていることだった。

 通路には、他の扉もたくさんあった。でも、開いたのはここだけだった。

 少年はきょとんとして。

「だって、きみたちネームドなんでしょ? なのに見張り番くんに追われてたってことは、連絡とかと移動する区画とか、何かしら間違えちゃったんだよね」

 エレンが肯定も否定もしないうちに、彼は言葉を続ける。

「間違えちゃったら名前は剥奪されて、ぼくみたいな一般の天人に戻されるだろ。そうしたら退屈になっちゃうし、可哀相だな、って」

「……あんたは、退屈してるのか?」

「まあ、うん。でも大丈夫」

 二人を同胞、つまり天人と疑っていないのだろう少年は、にっこりと笑った。

「【はじまりの声】さまと、それにきみたちみたいなネームドが、【黎明】を達してくれるんだろ。そうしたら、全員に名前とお役目が与えられるんだろ? まあ、そのときのぼくは、百五十六じゃないかもだけど……だから大丈夫」

「その、【黎明】ってのは?」

 それは、ベルが――二人をここに送るために命を捧げてくれた紫レイヴンが、『止めなければならない』と言っていたものだった。

「詳しくは知らない。でも、同胞みんなのものを取り戻して夜を明けさせるんだって、【声】さまの定例放送で言ってるし」

 要領を得ない。これも、情報を集めるしかないらしい。

「よし。じゃあ、ありがとな……ええと、ロク」

「覚えられないからって最後のひとつだけ……いいけどね、なんか名前っぽいし。うん、じゃあね、エレンとアデル」

「助力に感謝する」

 装備を確認し、部屋から出る直前、エレンは振り向いた。

「もしも……もしもさ。俺が流民で、アデルはレイヴンなんだっつったら、あんたはどう思う?」

 言うべきではないことだった。でも、どうしても訊きたかった。

 返答は、弾けるような笑い声だった。

「だから、流民は会話なんてできない粗暴な人もどきなんだって! それにレイヴンって、地上探索用のナノマシン兵器だろ。エレンもアデルも、どう見たって人じゃないか! ネームドはジョークのセンスも独特だなあ」


 †


 通路に出てしばらくすると、またあの警備ロボットに見つかった。

 けれど、アデルが頭にマップを叩き込んで最短ルートを通っていったので、なんとか捕まらずに目的の区画まで到着する。一応、気絶させられても流民であると判断されればどの道集積場に運搬されるだろうという推測だったけれど、確実を期しておきたかった。

 幸い、天人が住んでいない区画――食料だのなんだのの生産エリアばかりだった――には警備ロボもおらず、距離があることを除けば悠々と移動することができた。

 そうして丸一日かけて、目的の区画に到着する。門を開いた先にあったのは、他と同様に白い――けれど、どこか饐えた匂いが漂う、無機質さの薄い通路であった。

 そこにいた円筒状の大きなロボット、その腹にある檻のなかへと、アデルは目を伏せながらエレンを押し込んだ。そういう手順らしい。

 本来ならば、集積場から離れた別区画で他の資源と一緒に引き渡すものらしかったが、直接の搬入でも幸い特に問題はないようだった。

命令コマンド。自分……当機の型番は【α-delta】。鹵獲した流民の収容を願う」

『命令を確認、受領。流民集積エリアまでの運搬を引き継ぎます』

「……エレン」

 万が一どこかから監視されていても怪しまれないように、あくまで心のないレイヴンとそれに攫われた怯える流民の形式でいこう――という作戦内容だったにも関わらず、アデルはしゃがみこんでエレンと目線を合わせると、震える声でその名前を呼んだ。

 協力関係を結んでから、別行動をしたのは二回。レヴィとパライソで一回ずつで、そのどちらもが喧嘩別れだ。

 だから、エレンにもその感情の意味は分かったけれど。

「そんな顔すんな。大丈夫だよ」

 そっと、檻の隙間から指を差し出す。その指に、アデルが細い指を絡ませた。

 仄かな温もり。

「……先のとおり、どのようなトラブルがあろうとも、一週間で必ず迎えに行く。……約束」

「ああ、約束な」

 やくそく。

 その四音にエレンが酷く重い意味を持たせていることを、アデルもきっと知っていた。知っているからこそ、二人を繋ぐ楔として使用した。

 大丈夫だ。

 今までの二回とこれは違う。今回のこれは、一緒に肩を並べて戦うためのものだ。だから離れていても、心まで離れてしまうことはない。

「ぁ――――」

 ロボットが目的地への走行を始める。指がほどける。すっと、冷えた空気の感触。

 アデルの姿が小さくなっていく。流民の脱走を防ぐために、区画間の門からは離れた位置に連れて行かれるそうだった。

 でも大丈夫。なにしろ、エレンとアデルは――。

「……あれ」

 揺れる檻のなかで、エレンはひとり首を傾げる。

 協力関係だから、と思ったけれど、それはもう解消されている。協力とは相互に為されるものだけれど、今のアデルはエレンの目的のために一方的に力を貸してくれている状態なのだから。

「友達……うーん、パートナー? 共犯、腐れ縁……は、違うな。んん……?」

 自分達の関係を表すような、しかしどこかがズレた言葉を並べる。

 荒れ果てた都市で出会った。目的を同じくしていた。だからともに歩いた。けれどアデルは、その目的を失ったのだ。

 うまく、言葉が見つからない。

 その見つからない部分に、大切な――とても大切な何かがある気がして、エレンはむっつりと黙りこんだまま、自分達のことを考え続けていた。


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