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第78話

 時は来た。


 綾斗と秋蘭は昨日と同じ時間、同じ場所である地下街に訪れた。気を利かせたつもりなのか、地下街へ通じる自動ドアを潜っただけでホイール・オブ・フォーチュンと対面したT字路になっている通路に出た。


 それは同時にホイール・オブ・フォーチュンのテリトリーに入ったことを告げる。


 二人の前には狼と酷似した容姿に加えて長い首が特徴的な魔獣――ホイール・オブ・フォーチュンがその間抜け面を晒している。魔獣の背後には武器である六つのフラフープのような輪っかが浮遊し、いつでも攻撃、あるいは魔法を発動できることを示唆している。


 秋蘭は自身が相手取ることを伝えるため意思表示とばかりに綾斗より一歩前に出る。


 綾斗は秋蘭の邪魔にならないように後方へ下がる。


 直後、ホイール・オブ・フォーチュンが目を見開き大きく口を開ける。


『小僧、後ろだ! 避けろ!』


 綾斗はホイール・オブ・フォーチュンに促されるまま振り返り様に後方に飛び退き、背後からの奇襲を紙一重で躱すことができた。いや、右脇から左肩まで線を描いたように服だけが斬られていた。


 後方に飛び退いたことで綾斗は秋蘭の隣に並び立つ。


「綾斗くん!」

「大丈夫だ。服は斬られたけどな」

「その服ダサいから良かったんじゃないですか?」

「お前な……」

「すいません。それよりそちらの相手を任せてもよろしいでしょうか? 私はホイール・オブ・フォーチュンとの戦いに専念したいので」

「もちろんだ。ホイール・オブ・フォーチュンもそのつもりみたいだぜ。お前に向けてた殺気をあの大鎌持ったきわどいコスプレ少女に向けてるからな」


 綾斗の言う大鎌を持ったきわどいコスプレ少女というのは紛れもなく、人間の少女であり、タロットの魔法を解放した魔法使いだ。


 漆黒に染まった短髪。顔は奇抜な髑髏どくろの面で隠しており、両肩には西洋甲冑のような黒い装甲を、前腕には黒い布の上から黒い手甲を装着している。胴部には胸の中心に特徴的な髑髏の装飾が成された黒い胴当てを着ている。両足にはブーツのような黒い装甲を履き、踵からは赤黒い刃が伸びている。履物はズボンではなく、ミニスカートを履いており、そのせいで地下街の空調から吹く風でなびく度に下着が見えそうになっている。装甲の至る所が鋭利になっているため、下手に触ると斬られかねない。背部からは二枚の細長いマントが伸び、空調の風で煽られている。


 まるで死神を連想させる装甲を纏った少女は大鎌の切っ先を綾斗に向ける。


 なぜ顔を隠しているのに少女と分かったのか。それはきわどいコスプレという言葉から分かる。


 死神を思わせる装甲は両肩、前腕、胴部、両足に装着されており、その下に黒い布を少し着ているだけでほとんど素肌を晒している状態なのだ。よって極度に露出した透き通るような白い肌にきめ細やかさがさらに強調されて健全な男子高校生には刺激が強すぎる。


「女子がスクール水着を着て長い手袋とブーツ履いたらあんな感じだよな? なんか目のやり場に困るな」

「綾斗くんのエッチ」

「今、そんなことどうでもいいだろ!」

「……」

「無視すんなよ!」


 綾斗が声を荒げると見かねたホイール・オブ・フォーチュンが大きく咳払いする。


 緩んだ空気を正すためだ。


 そう。今は命懸けの戦いが始まったばかりだ。気が緩めばそのまま命を狩られかねない。


『フールの小僧。其奴そやつの相手は任せるぞ』

「あ? 言われなくても分かってる」

『其奴の大鎌は切り裂いたものが肉体ならば、その部位の感覚を奪い完全に麻痺させる。絶対に斬られるなよ』

「アドバイスどうも。あと、できればここから離れた所で戦いたいんだけど転送できそうか?」

『我を誰だと思っておる』


 ホイール・オブ・フォーチュンが言い終えるのと同時に、綾斗は大鎌を持った少女の背後に別空間と別空間を繋げる赤い境界線を視認する。


 少年はホイール・オブ・フォーチュンの意図が理解できたところで、両手に莫大な魔力を集中させ赤黒い稲妻に変換して迸らせる。


「――『贋作鋳造・可変カウンターフェイト・サードオープン』――」


 両手から迸る赤黒い稲妻が幅広の刀身と金色の柄を持った魔剣にして双剣へと変貌する。


「――『贋・魔龍殺しの怒りの双魔剣バルムンク・グラム』――ッ!」


 綾斗が真名を唱えたことで双魔剣の真の力が発揮する。


 握れば握るほど魔力が噴き出し推力を生み出し、魔力を流し込めばその分切れ味を増す。


 綾斗は大鎌を持った少女に向かって駆け出すのと同時に双魔剣の柄を力いっぱい握りしめる。生み出された凄まじい推力によって身体は浮遊し、恐ろしい速さで滑空する。赤黒い稲妻を纏った綾斗は勢いそのままに双魔剣を振り下ろす。


 振り下ろす速さは勢いに任せたこともありそれなりに速かったが、タロットの魔法を発動した魔法使いに防げない速度ではなかった。


 バルムンク・グラムの刃は大鎌の長い柄で受け止められた。


 この時点で大鎌の長い柄の硬度がバルムンク・グラムの切れ味よりも上回っていることが分かる。それでも少年はあまりある膂力を最大限に発揮し、そのまま大鎌を持った少女を背後に引かれた境界線までいざなう。


「そっちは任せたぞ、秋蘭! 絶対勝てよ!」


 綾斗は言って最後の一押しと言わんばかりに渾身の力を込めて、一気に少女を境界線に押し込み、自身も別空間へと転移していった。

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