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第77話

 まさかとは思ったがやはり梨乃の考えることはいつも大胆で且つ繊細だった。


 秋蘭の悩みに一つの区切りをつけることができた綾斗だったが、それから先のことを何も考えてなかったため、目を縦横無尽に泳がせていた。と言うのも今まで同じ学校の女の子を家に招いたのは姉代わりの前の高校の先輩と伏見姉妹だけだったのだ。


 今でこそ自然と誘うようになったがよく考えてみるとタロット戦争がなければ絶対こんなことはなかった。


 綾斗は今更になって自分の人生が大きく逸脱していることに気付きソワソワし始める。


 ラブコメ漫画やアニメだとここから予想される展開はやはり恋愛の話になってしまうのだろうか。


 少年の焦燥感が伝わったのか秋蘭は訝し気な視線を送る。


「もしかして綾斗くん、女の子と話すのあまり得意じゃない感じですか?」


 秋蘭は悪戯っ子のような笑みを浮かべて問う。


 直後、綾斗のズボンのポケットに入っているスマートフォンが震えた。


 綾斗は嫌な予感がする中でも無視できないため画面を見る。そこには梨乃からメッセージが来たことが出力されていた。


「梨乃ちゃんですか?」

「あ、ああ……まあ、内容はなんとなく予想はつくんだけどな」

「なんて書いてあるんですか?」


 気になった秋蘭は綾斗の隣に座りスマートフォンの画面を覗き込む。


 まだスマートフォンはロック画面だったためメッセージの内容を見ることができなかったが、代わりにロック画面の画像を見ることができた。


 桜の木を背景に綾斗と梨乃を挟むように強面の女性と優しい顔立ちの男性が微笑んでいた。


 いわゆる家族写真というやつだ。


 秋蘭は途端に綾斗の失ってしまったものを目の当たりにして背中に悪寒のようなものを感じた。


 そんなことは露知らず。綾斗は秋蘭が急に顔を近づけて来たため、少しでも美少女の顔面から離れられるように画面を傾け、目の前でパスワードを打つ。


 パスワードは梨乃の誕生日だった。


 秋蘭は綾斗の大切にしているもの。これ以上失いたくないもの。その一端を垣間見た気がした。


「ほれやっぱり」


 綾斗はげんなりした表情でメッセージに目を通す。


『やっほーお兄ちゃん。今日は伏見邸に泊まるから秋蘭お姉ちゃんの悩みをちゃんと聞いてあげてね。あと秋蘭お姉ちゃんはそっちに泊まることになったから。この際、一対一で話す時間をちゃんと作ってあげて。お互いの知らないことを打ち明けあってね! では、楽しい夜を! もし私の恥ずかしい話をしたら、右から二番目の本棚の三段目の国語辞典の中身をばらすからね。あと勉強机の下から二番目の引き出しの奥にあるものも』


 綾斗はしまったとばかりにスマートフォンを自身の背後に隠す。


 明らかな挙動不審に秋蘭はにやにやしながら綾斗ににじり寄る。すでに少年の隣に座っていることもあり、逃げ場を失った哀れな子羊のように震える少年を弄ぶ。


「へー国語辞典の中身と勉強机の引き出しねー」

「いや、これは……違うくて……」

「何が違うんですかー? 健全な男子高校生の谷坂綾斗くん?」


 綾斗は上手く逃げ出そうと思考を巡らせるが、いつの間にか秋蘭が綾斗の腹部の上に馬乗りになってしまっているせいでもう逃げることができない。唯一の救いは下半身に乗っていないことだが、少しでも動けばバランスを崩して後ろへずれかねない。


 それでもスマートフォンを渡さない。いや、渡せないのは最初に背後に隠した際に誤って落としてしまったからだ。さらにその上に倒れ込んでしまい、最早自分でも触れないでいた。つまるところスマートフォンは綾斗の背中で押し潰されている状態である。


「ねえ、綾斗くん。私ね、実は男の子のお家に家族ぐるみの付き合い以外で行くのって綾斗くんが初めてなんですよ」

「そ、そう……なのか? それは光栄だな……あはははは」

「そうなんです。とっても光栄なことなんです。だから……隠しているもの見せて下さい!」

「絶対嫌だ!」

「逃がしませんよ!」


 下手に動けない綾斗の両手首を秋蘭は両手で押さえ、単純な腕力だけで綾斗の手首が交差するように操り、片手だけで押さえられるようにする。もちろん綾斗も抵抗しているが、本来の力を発揮することができない理由がある。


 秋蘭は不敵な笑みを浮かべ空いた右手の指を不気味に動かしながらどこへ隠したのかスマートフォンを探す。しかし、目視だけでは絶対に見つからない場所にあるため、一向に見つからないことに訝し気な視線を送る。


「いい加減諦めてくれるとありがたいんだが」


 綾斗は苦笑いしながら言うが、秋蘭は頬を膨らませて「絶対見つける!」と目で訴えかけてくる。


 直後、綾斗のスマートフォンが振動する。


 その音を聞いた秋蘭は目にも止まらぬ速さで空いた右手を綾斗の背中とソファーのわずかな隙間に突っ込み、一瞬の内にスマートフォンを抜き取る。丁度ロック画面に梨乃からのメッセージが表示され目で読み上げギョッとする。


「お、おい、勝手に……ってどうした?」


 秋蘭の拘束が弱まり綾斗は両手の自由を取り戻す。


「あ、あの……この部屋に監視カメラとかないですよね?」

「そんなもんある訳……ッ!」


 綾斗は慌てふためく秋蘭の手からすかさずスマートフォンを取り返し、メッセージの内容に目を通す。


『秋蘭お姉ちゃん。人のメッセージを無理矢理読もうとするのは良くないですよ。そんなことしなくても兄は健全な男子高校生なので趣味趣向はそれほど面白くありませんよ』


 妹のとんでもないカミングアウトに綾斗は思わず発狂しそうになったが、秋蘭は言葉の意味が理解できておらず、それよりも梨乃にここまでの流れを読まれていたことに驚愕していた。


「綾斗くんも大変なんだね?」

「まあな」


 秋蘭は同じような悩みを抱えている綾斗に励ましの言葉を送るのだった。


☆☆☆☆☆☆


 あとで連絡する、と綾斗に言われた。


 しかし、窓の外は暗くなり、町明かりが街灯のみになる深夜になってもスマートフォンに綾斗からの着信は無い。


 琥珀は勉強机に突っ伏してやれやれと言いたげな表情を浮かべてスマートフォンの画面とにらめっこするが、画面に映る自分の顔を見て何度目かの重い溜息をつく。


 その背後では黒いローブに身を包んだ人間の骨格標本こと死神のタロットカード『デス』はぷかぷかと浮きながらタブレット端末を手慣れた手付きで操作しながら何かを読み漁っていた。


 夏休みの宿題を初日に終わらせる派の琥珀はすでにやることを失っており、暇で暇で仕方がなく、デスが何を読んでいるのか気になり問い掛ける。


「琥珀たんは魔法少女マジカルファイブってアニメ知ってる?」

「詳しくは知らないけど小学生には人気のやつだよね。なんでも作り込みが凄くて大人が見ても『深いなー』って言われてるらしいけど。それがどうかしたの?」

「今無料配布されてる漫画版を読んでるんだけど、これ面白いね。魔獣と戦う小学生と中学生の魔法少女たち。この五人組ってところでカラーも分けやすいし、推しも決めやすいから助かるよ」

「ねえ、デスってすっごい昔の人が作ったタロットなんだよね?」

「そうだけど」


 骸骨が小鳥のように小首を傾げる。


 本来なら可愛らしい女の子がすれば心を撃たれるであろう仕草だが、骸骨、それも太った中年男性のような野太くこもった声で喋っているため、琥珀はつい吹き出しそうになってしまう。


「現代に溶け込み過ぎじゃない?」

「いやあ、このサブカルチャーって言うの? まさに人間が作った最高峰の宝だと思うよ。これは絶対すたれさせちゃいけない文化だね!」


 デスは熱く語るように言って再びタブレット端末を凝視し始める。


「そんなに食い入るように見てると目が悪くなるよ?」

「大丈夫。僕の目は赤く光ってかっこいいから」

「いや、理由になってないよ」


 琥珀は呆れたように言うがデスはすでにタブレットに夢中になっているため聞こえていなかった。


 少女は不貞腐れながら再び勉強机に突っ伏す。


「明日、いや、もう今日か。同じ時間に同じ場所で同じ状況を作り出すか……もし、秋蘭先輩が封印できなかったら谷坂先輩が戦うことになるんだろうなあ。ああ、どうしよ……」


 琥珀はうっとりとした瞳で窓の外を見るや途端に邪悪な笑みを浮かべて想像してしまう。


 綾斗の身体がずたずたに引き裂かれ藻掻き苦しむ姿。


 自身の斬撃で斬りつけられる様。


 自分が放った矢で全身を串刺しにされる無残な姿。


 どれも綾斗が自滅、あるいはホイール・オブ・フォーチュンに手も足も出ないままほふられる姿ばかりだ。


 だが、琥珀はそんな想像をして頬を赤らめ荒い吐息を漏らしながら、口元に垂れた涎を拭い、意を決したように勢いよく立ち上がる。


「本番前の挨拶くらいならいいよね」


 少女は不気味な笑みを浮かべながら言う。背後では黒いローブに身を包んだ骸骨が顔面の肉が無いにも関わらず、にやにやしながらタブレットをガン見するという混沌を極めた絵面が広がっているのだった。

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