綾斗は初めて聞いた五つ子たちの過去に驚愕する他なかった。
小学生の時点で魔法使いとして目覚め、中学三年生では並みの魔法使いを凌駕する技量を得た。とても子どもができる
秋蘭の悩みも分かったところで綾斗は口を開ける。
「劣等感って言うのか? こういうの。秋蘭自身は感じていないのかもしれないけど、俺から見た秋蘭は他の姉妹との明らか違いに恐怖してるように見える」
「恐怖ですか?」
「ああ。小学生、それも魔法使いに目覚める前は身体能力が頭一個抜けている以外は皆一緒だったんだろ? それが魔法使いになってしまったことで五つ子の中のバランスが崩れたんじゃないか? そして、最初にバランスを崩してしまった自分が皆を引っ張ってあげようと思ったが、そういう風にはならず、逆に自分が皆の後ろを追い駆けることになった……こんなところか?」
秋蘭は自分が言葉にできなかったことを綾斗に言われ、胸の奥が苦しくなるのと同時に目が熱くなってくるのを感じる。
綾斗は秋蘭の様子を伺いつつ続ける。
「実際のところ俺はまだ魔法使いになって四ヶ月くらいしか経ってないから何とも言えないけど、とりあえず言えることは、秋蘭は素直過ぎたんじゃないか?」
「素直ですか?」
秋蘭は綾斗の言葉の真意が読み取れず困惑してしまう。
「素直に悩んで素直に相手の頼みを聞いて、素直に姉妹の才能を気に掛けて……」
「あの、それだと……私は姉妹たちに、し、嫉妬をしてる風に聞こえるんですけど。私は姉妹に嫉妬なんかしてません! 皆、それぞれ才能があった。魔法使いとして、伏見家の名に相応しい実力を持った最高の魔法使いなんです! だから……嫉妬なんて、嫉妬なんてする訳ありません!」
いつしか秋蘭は声を荒げて立ち上がっていた。まるで自分の本心を突かれたような、自分でも気付かない内に隠すことになってしまった思いを無理矢理引きずり出されたような気がしてならなかった。
いや、違う。
綾斗がしたかったのはそんな残酷なことではない。
秋蘭が向き合うべき心の奥底に秘めた思いや気持ちを表出させたのだ。不慣れな話術を使って。そして、秋蘭も怒鳴ってから向き合わせてもらったことに気付き、今にも泣き出しそうになってしまう。
――梨乃ならもっと上手くやれたんだろうな。
綾斗は秋蘭の今にも泣き出しそうな姿を目にして、失った心臓の辺りから握り潰されそうな圧迫感を味わう。梨乃ならいつもの明るい秋蘭のままで向き合えるようにしただろうが、綾斗には父親のような巧みな話術は継承されなかった。
自分もまた妹の出来の良さに嫉妬しているのだと改めて思い知らされる。
「私、どうしたらいいんですか?」
秋蘭の震えるような声が綾斗の耳を撫でる。
「秋蘭は秋蘭のままでいい。姉妹への嫉妬も決して悪いことじゃないんだ」
「え、でも……嫉妬って……」
「言葉をそのまま解釈してしまうと確かに悪い言葉に思える。けどな、嫉妬するってことは相手のことをこれでもかってくらい意識してるってことなんだ。それは裏を返せばそれだけ大切に思ってるってことにもなる」
「それは、無理矢理過ぎじゃあ……」
「でも間違ってはいないんだろ? だから俺の今言った言葉を否定することができなかったんだ」
秋蘭は何も言い返せず口籠る。そもそも言い返す必要がないからだ。
「多分、秋蘭の悩みって高校生じゃあ難しい過ぎる問題だ。単純に十数年しか生きていない者に出せる答えじゃないと思う。さっき言った言葉も言うなればその場凌ぎだ。根本的な解決にはならない」
「じゃあどうすれば?」
「決まってるだろ」
綾斗は薄っすらと笑みを浮かべて少女の目を真っ直ぐ見る。
「悩めばいいんだ。そんな簡単に答えが出ないから悩んでるんだろ? だったらとことん悩んで悩んで悩み抜いたらいいんだ」
「そ、そんな……」
「お前の夢はヒーローになることだろ? ヒーローが悩まないなんてことはない」
「え?」
「割り切れ。そして、いつか出る答えが自分のためになるように今は積み重ねていく時間なんじゃないか?」
まるで自分に言い聞かせるように綾斗は言った。
それで良かった。
同じヒーローを目指す者同士。
仮に性質の異なるヒーロー像を持っていたとしても秋蘭の掲げる
ならば綾斗が掲げるヒーロー像は
死ぬ気はない。
ただ過程の中でそれしかないのならやるしかない。
少年は目の前の少女が自分の抱えていた悩みにようやく気付けたことで安堵の息を漏らす姿を見て、自身もまた『ヒーローになる』という夢を現実にするための覚悟を決めるのだった。