最初に魔力を操作できるようになったのは秋蘭だった。
小学生の時、姉妹たちで伏見邸の中を全力で駆け回る鬼ごっこをしていた。私立常盤桜花学園初等部で行われる運動会の種目の中に『全力鬼ごっこ』というものがあったからである。五つ子は姉妹以外に誰にも負けたくなかったため練習として走り回っていた。
当時の時点ですでに秋蘭の身体能力は五つ子の中でも頭一個抜けていた。
秋蘭は他の姉妹を追い駆けるために階段を勢いよく駆け上がっていた。その時、不意に足を滑らせて階段から落ちそうになった。
次の瞬間、身体の内側から力が
偶然にもその瞬間を夏目が見ていたため、すぐに父親である康臣に厳しいお叱りを受けたあとに魔法使いとしての勉強が始まった。
その一ヶ月後に夏目が覚醒し、続いて春菜が、新葉が魔法使いとして目覚めた。冬香に至っては休日に寝坊したと思い込み、べそをかきながら勢いよく飛び起きた瞬間に覚醒してしまい、危うく自らの魔力でベッドを吹き飛ばしてしまいそうになった。
魔法の勉強は秋蘭が思っていたよりも困難なものが多かった。基本的に身体を動かすこと以外は中の下と言ったところであった少女に魔法に関する知識は難しかった。
他の五つ子より一ヶ月早く覚醒した秋蘭は最初こそ誰よりも魔力操作は上手かった。
しかし、次第に魔力操作の面で夏目に抜かれてしまい、魔力を肉体ではなく得物に纏わせる技術では春菜の上達力が上回った。魔力の放出は冬香の独壇場にまでなるほど才能に溢れていた。そして、魔力を特定の形状に変化させる能力は新葉がずば抜けて上手く、花瓶に生ける花を自身の緑色の魔力で作り上げたほどだ。
皆、小学生ではあり得ないほどの才能を次々に開花させ、極めるために康臣から特別訓練を受けていた。
だが、秋蘭だけはどの才能にも開花しなかった。強いて挙げるなら通常よりも倍近く魔力を身体に纏わせられる時間が長かったことくらいだ。
魔力を扱う者なら魔力を纏うことは基本中の基本だ。それが短時間でも長時間でも魔法や物理的なダメージを軽減できることに加えて、身体能力も通常より二段階ほど上げることができる。例えそれが通常の倍近く長い時間行えたとしても魔法が上達したとは言えない。
それでも父――康臣や秋蘭を見捨てることはなかった。
むしろ称賛したのだ。
「基本を極めてこそ一流の魔法使いである」
康臣が秋蘭に送った言葉。
それを聞いた他の姉妹も褒め称え自身も負けないようにと魔法に力を注いでいった。
魔法の訓練が次の段階に移行した。
魔力を炎、水、風、雷、土と言った属性に変化させる訓練だ。
そして、その訓練が終わる頃に秋蘭以外の姉妹は気付いてしまったのだ。
――秋蘭には属性魔法が使えない。
三か月という期間の中で行われた属性変化の訓練。この期間があればどんな魔法使いでも初級の属性魔法を扱えるようになるが、秋蘭だけは一向にできなかった。訓練の序盤に行う魔力を属性変化させることそのものができなかったのだ。当然、魔法使いなのだから属性魔法が使えないなんてことはあり得ない。
しかし、それが有り得てしまうのが秋蘭だった。
身体中を隈なく検査したが原因は分からず、体質だから、という理由も根拠も得られないまま非情にも時は流れていった。
五つ子たちはどんどん魔法の腕を上げていき、中学三年生になる頃には並みの魔法使いを遥かに凌ぐ実力を培った。その中で一番の戦闘力を誇ったのは秋蘭だった。
秋蘭は魔法使い同士の戦いに置いて一つの利点を最大限に生かす術を持っていた。
それは常人離れした身体能力と運動神経だ。
結果、接近戦に持ち込むことができれば、秋蘭はどの姉妹にも、いや、実力差のない魔法使いなら負けない魔法戦士となったのだ。
「お父さん、私は皆を守れる?」
「ああ。秋蘭くんは姉妹を守れるヒーローだ」
この時、中学三年生の秋蘭は康臣から出た『ヒーロー』という言葉に強い憧れを抱き、以後は『身体能力強化』と『空間捻動』を極めつつ、クラスメイトの助けになるように様々な部活の助っ人に行くことになった。
元々の身体能力の高さから康臣の言葉を受ける前からいくつもの部活に勧誘されていたこともあり、自然と人助けができる環境ができていた。そのおかげもあり、秋蘭は真っ直ぐな心のまま太陽のような笑みを浮かべてヒーローへの道を歩むことができていた。
そんなある日、出会ったのが綾斗だった。
タロット戦争に巻き込まれたせいで両親を失ってしまった。タロット戦争で起きた被害に事の重大さを知った秋蘭は今まで以上に鍛錬を重ねた。それでもタロットの魔獣は強く、接近戦に持ち込めなければただのお荷物に成り下がってしまった。
それが今までの秋蘭自身から見た秋蘭である。