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第91話

 綾斗と冬香がタッグを組みマジシャンと戦う。


 友達が得体の知れない何かと戦うのを傍観することしか出来ない。


 龍鬼は自分の無力さを呪った。そして、同時にこれ以上この場にいても二人の邪魔にしかならないことも分かっているため、奥歯を噛みしめただその場から離れることしかできなった。


「たっちゃん。急に向こうに行っちゃうからびっくりしたよ」


 エンが平然と言う。すぐそこで想像を超えた死闘が繰り広げられているというのに、まるで水しぶき邪魔だなあ、と言いたげな表情を浮かべている。実際、プールで戦っているのだから彼らの一挙手一投足が凄まじい水しぶきを上げている。


 対して龍鬼はやるせない気持ちでいっぱいになっているため、少女の反応がどうしても理解できなかった。


「今、綾斗が……冬香さんが戦ってるんだ。それなのに俺は、ただ逃げることしかできない」

「それは仕方ないよ。あの二人には戦えるだけの力がある。けど、龍鬼にはそれがない」


 エンははっきり言った。


 龍鬼に戦う力がない、と。


 それでも龍鬼は自分に何かできることはないのかと模索するが、何も浮かばない。何も出来ない。無力でみじめでただの邪魔者な自分を心底呪った。少年の表情がどんどん暗く重くなっていく。


 エンは龍鬼のそんな姿を見たくて言った訳ではない。ただ現実がそうだと言っているのだから言っただけだ。悪意があった訳ではない。


「たっちゃんは戦いたいの? それとも守りたいの?」


 龍鬼はエンの言葉の意味が理解できず戸惑う。


「たっちゃんはね、別に戦わなくていいんだよ。もし、たっちゃんが戦ったら誰があの二人の帰る場所になるの? 少なくとも学校での二人の居場所を作ってるのはたっちゃんだよ」

「居場所?」


 龍鬼は思わず聞き返してしまう。


「そう。たっちゃんは二人の居場所なの。だから、たっちゃんは戦わなくていい。ただ二人の居場所になってあげて。二人の心がすさまないように、二人がこれからの戦いでくじけないように」


 エンはとびっきりの笑顔を浮かべてから龍鬼の手を引き安全な場所へつれていくのだった。


『さあ、これで心置きなく戦えるはずだよ。谷坂綾斗くんに紫ちゃん。マジシャンには申し訳ないけど、やっぱり私はこの人の傍にいたいから……』


 エンは心の中でそう呟くと二人と一枚の戦いへ視線を向ける。自分にはできない攻撃魔法の乱舞。どの攻撃も掠めただけで致命傷になってしまう魔力出力を帯びている。


「死ななければどんな傷でも癒してあげるから」


 エンは最後にそう言って龍鬼に気付かれないように霧のようにその場から姿を消した。


☆☆☆☆☆☆


 サマサマランドの屋外プールエリア――『サマーバケーションエリア』――に数多の銃声が響き渡る。しかし、それ以上の轟音と共にいくつも展開された魔法陣から魔力砲弾が放たれる。いつしか戦場のようになってしまったそこは、少し前まで子どもや大人の歓喜に満ち溢れた声で賑わっていたとは思えない光景が広がっていた。


 冬香と綾斗はこれ以上戦火を広げないように戦いたかったが、マジシャンの攻撃範囲の広さに身を守りつつ、攻めるだけで精一杯だった。


 冬香は苦し紛れに両手の拳銃――グロック18Cを撃つも、マジシャンの防御魔法とも言える黒い魔法陣の壁に阻まれ弾かれてしまう。さらに弾かれた魔力弾は真っ直ぐに綾斗に向かって突き進んでいく。


「ぅわッ!」


 綾斗はまさか自身に弾丸が跳ね返ってくるとは思わず、すっとんきょうな声を上げて身を翻し紙一重で躱していた。


「今のは反射魔法! アヤト!」


 冬香は自身の弾丸で綾斗を危うく撃ち抜いてしまいそうになり慌てふためく。


 綾斗は特に気にしている様子もなく、むしろ前回の戦闘で反射魔法を使っていたところを見ていたため、攻撃する度に常に警戒していた。それでもいざ攻撃が反射されると綾斗の予想を超えた精度で自身と冬香の攻撃が襲い掛かってくる。とても弾き返されたとは思えない狙いの正確さに目を丸くする暇すらなかった。


「冬香、あの魔法陣を壊せそうな魔法使えるか?」


 二人は離れた距離で戦っているため、綾斗は少し叫ぶように問う。


 綾斗が得意とする接近戦を行うために冬香が後方支援する形を取ったからだ。


「自信ないけど『魔法陣崩し』なら出来る、と……思う」

「なんだそれ?」


 初めて聞く魔法に綾斗は思わず動く足を止めてしまった。


 直後、綾斗に向かって数多の青黒い閃光の雨が降り注ぐ。


「――『贋作鋳造カウンターフェイト』――ッ!」


 綾斗は右手を勢いよく前に突き出し、掌に収束された莫大な魔力が赤黒い稲妻となって迸る。武器を生成する時よりも三倍の魔力を消費し、稲妻は半透明の赤い円盤の形をした盾へと変貌する。


 以前、ハイプリエステスとの戦いでドリル状になった緑の霧を足止めした魔法防具。


「――『金色の鷹が住まう赤い盾ゴルド・シルド・マカバイ』――」


 綾斗が魔法防具の真名を叫ぶ。


 次の瞬間、半透明の赤い円盤の盾が内側から弾けるように膨大な魔力の塊を放出する。それはまるで鳥類の卵のように球体状になったかと思えば、翼が広がり、頭が伸び、両脚が生える。瞬く間に卵から巨大な金色の鷹の姿へと変身する。

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