◇◆◇◆ エピローグ◇◆◇◆
翌月、繁忙期を終えた俺たちは、溜まっている有給を使って、温泉に来ていた。
人気のエリアだけど平日は安いし人も少ない。
……ただ思ったより遠かった……
「健斗、僕もう疲れたよ……」
「お前がここに来たいって言ったんだろ?」
「だって蟹のシーズンなんだもん。この旅館のご飯は美味しいって有名なんだ」
「あーなるほど」
外出があまり好きではない浩之が「温泉行こう」なんて、寂しさに暗く沈んでいた俺を気遣っての事かと感動していたのに、実はまさかの蟹が理由だったなんて。
まあ、気分転換にはいいかもしれないけど。
「じゃあまずは宿に行って荷物置こう。それから温泉街で食べ歩きするか?」
「する」
素直に頷く浩之が可愛い。俺はここまでの乗り物酔いや座り疲れも忘れて、浩之の手を取った。
「……人が見てる」
「いいじゃん。旅の恥はかき捨てって言うだろ?」
「……別に恥じゃない……けど」
あーーー!!!なにこの可愛い生き物!!
「温泉楽しみだな。部屋風呂にしてよかった」
「……いやらしい魂胆を感じる」
「気のせいだってばー。あっ!待って!ちょっと一回だけぎゅってさせて」
「……は?馬鹿じゃないの」
「浩之!待ってってば」
悪態を吐きながらさっさと一人で前を歩く浩之。その首筋が赤くなっているのを見て、俺は更に愛しさが募る。
「好きに上限はないんだよな。毎日もっと好きになってんの」
「……まだ言ってる。置いて行くぞ」
「待って!」
慌てて後を追い、そこから二人で温泉街を歩きながら色々なものを買い食いした。一通り制覇して満足すると、旅館に戻り夕食の蟹を堪能する。
「……浩之、蟹剥くの上手だな」
「うん」
黙々と皿の上に積み上げられる蟹。
浩之の手はそこらの機械より正確で早い。そして全く止まらない。
「食べ放題とはいえこれだけ食べられたら大赤字だろうなあ」
「なにオーナー側の気持ちになってるんだよ。早く食べれば?」
「うん。……でも蟹もこんな美味しそうに食べて貰えたら本望だろうな」
「今度は蟹の気持ち?一体どうした?」
……いや、なんて言うかもう見てるだけでお腹いっぱいなんだ。さっき食べた豚まんもまだ胃にいるし……なんて言えるわけもなく、俺は箸で蟹を摘む。
「なあ健斗」
「ん?」
「蟹っていいんだよ」
「いいって何が?」
「剥いてる間は何も考えなくていいからな」
「……そうか」
確かにそうだな。
「でもどんな出来事も全部いい思い出だ」
「まあな」
「それに、そのどれにも浩之がいたからな。中学から一緒なんだからほとんどの思い出を共有してる。考えたら凄いことだよな」
何を思い出しても隣には浩之がいる。それが偶然ではなかったことは後になって聞いたが、それだけ昔から浩之は俺に真剣な思いを向けていてくれたってことだ。
「なんか幸せ」
「え?なに急に。気持ち悪いな」
「あはは。ほら剥いてばっかりいないで食えよ」
いい歳をした男が二人で蟹を前にはしゃいでいる絵面は、周りの客から見たらさぞかし滑稽だろう。
でも構わない。
そんなことも気にならないくらい、俺は毎日が幸せなんだから。
願わくば浩之も同じ気持ちでありますように。
end