クレアは、静かな決意を胸に、シークエンス家の面々と対峙していた。
彼女の背後にはグレアスが立ち、彼の存在がクレアを支えていた。
グレアスの眼差しもまた、冷静で鋭く、クレアを守るために常に準備をしているようだった。
その場にいるのは、彼女の両親と妹、レイル。
彼らはクレアの前に立ち、まるで昔のように、懐かしい家族の情を訴えかけてくる。
母親が涙を浮かべて語りかけてきた。
「クレア、お前がこんな風に変わってしまうなんて…私たちだってお前のことを心配しているのよ。お前の本当の家族は、私たちだけなんだから。」
父親も口を開いた。
「お前があんな男に取り込まれて、この家を出て行ったから、どうしても心配だったんだ。お前が戻ってくれば、すべて元に戻るんだよ。家族として、また一緒に暮らせるように…」
妹のレイルは目を見開いて、怒りと焦りの混じった表情でクレアに向かって言った。
「お姉さま、何を言ってるの?どうしてそんなことをするの?私たちがどれだけお前のことを心配しているか、わかるでしょう?」
クレアはしばらく黙って、目の前に立つ両親と妹たちを冷静に見つめた。
彼女の心の中には、今まで積もり積もった思いが渦巻いていた。
しかし、その中でも一番強く響いていたのは、あの言葉だった。
あの時、彼らが言った数々の言葉。それらが今でも彼女の胸に重くのしかかっていた。
やがて、クレアはゆっくりと口を開いた。普段の温かみのある声ではなく、冷徹で切り捨てるような声だった。
「私は、あなたたちの道具じゃない。」
その一言が空気を凍らせ、周囲は一瞬の静寂に包まれる。
クレアは顔を上げ、冷たい目で両親たちを見つめる。
その目には、彼らへの怒りや失望の気持ちが滲んでいた。
「私は、あなたたちが私をどう扱ってきたのか、すべて覚えている。」
クレアの声は、ますます冷たく、鋭くなっていった。
「家族だと言って、私を何度も裏切り、私の幸せを考えずに、自分たちの都合で私を利用してきた。そんなあなたたちが、今さら家族だなんて、もう一度言えると思ってるの?」
母親の顔が歪み、父親が声を荒げた。
「お前…!」
「あなたたちとは、もうとっくに家族じゃない。」
クレアはその言葉をはっきりと言い切った。
その冷たい言葉に、両親は反応しきれず、言葉を失った。
妹のレイルも、驚愕の表情を浮かべてクレアを見つめている。
「私は、もうあなたたちの思い通りにはならない。」
クレアは再び言った。
「過去は過去として、私は今、自分の人生を歩むんです。誰かに支配されたり、道具のように扱われることはもう絶対にしない。」
その言葉を聞いた両親たちは、ただ言葉を失って立ち尽くしている。
レイルも言葉が出ず、何かを言おうとしたが、結局黙って立ちすくんだ。
その時、クレアの後ろに立っていたグレアスが一歩前に出る。彼は静かに言った。
「クレアが選んだ道だ。お前たちは、それを尊重しろ。」
その冷徹な一言に、シークエンス家の面々は何も言えなくなった。
グレアスの強い意志と、クレアの変わった姿勢が、彼らに何も返す言葉を与えなかった。
クレアは深呼吸をして、静かに言った。
「もう、私に言うべき言葉はない。私は、私の道を歩みます。」
そして、クレアはグレアスの元に歩み寄り、彼の隣に立った。
その姿勢からは、もう何の迷いも感じられなかった。
クレアとグレアスは踵を返し、立ち去った。
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帰りの馬車の中、クレアは静かに座って、外の景色が流れていくのをぼんやりと眺めていた。
長い間胸に抱えていたものを放ち、今ようやく一息ついたかのように感じていたが、心の中に湧き上がる感情は簡単に整理できるものではなかった。
グレアスはクレアを気にかけながら、少し離れた場所に座っていた。
普段は冷静で落ち着いた彼も、さすがに今日はその様子が少し変わっていた。
クレアの姿を見て心配そうに眉をひそめる。
「クレア、大丈夫か?」
彼は優しく声をかけた。
「無理をしているんじゃないかと思って…」
クレアはその声に少し驚いたように顔を上げると、少しだけ笑みを浮かべた。
笑顔の中には少し疲れが見えるものの、確かに安堵と達成感が混ざった表情だった。
「はい、大丈夫です。ちょっと緊張しただけですから」
クレアは軽く肩をすくめるように言い、笑った。
「でも、これで全部終わりました。今から新たな私がスタートします」
その言葉を聞いたグレアスは、ほんの少しだけ肩の力を抜く。
彼はクレアの強さを見てきたし、今日の彼女がどれほど大きな覚悟を持ってシークエンス家に立ち向かったかを理解していた。
それでも、やはり心配は尽きなかったのだ。
「無理しなくていいんだぞ。お前が辛かっただろうことは、よくわかっている。」
グレアスは少し沈黙した後、優しく続けた。
「でも、クレア。よく頑張った。私は、お前が誇りに思う」
クレアはその言葉に少し驚き、そしてその目がほんの少し潤んだ。
彼女の心の奥に温かい感情が湧き上がってきて、胸が締めつけられるような気持ちになった。
「ありがとうございます、グレアス様」
クレアは小さく答えた。
彼女は再び笑みを浮かべ、グレアスに向かって少し前傾になった。
「でも、あなたがいてくれて、本当に助かったわ。あの瞬間、あなたが後ろにいてくれるだけで、すごく安心した。」
その言葉に、グレアスの心に温かな感情が広がる。
彼はクレアに視線を向けて、優しい目をした。
「俺も、お前がいてくれるからこそ、強くなれたんだ。」
グレアスは少しだけ息をついてから、静かな声で言った。
「お前と一緒にいることが、俺にとっては一番大切なことだから。」
その言葉に、クレアは少し驚いたように目を大きく開けた。
そして、しばらく沈黙が流れたが、その後にクレアはにっこりと笑いながら言った。
「グレアス、本当にありがとう。私、やっと心から言えるわ。これからも、よろしくね。」
その言葉に、グレアスは少しだけ照れくさそうに微笑んだ。
そして、彼の目に映るクレアの姿に、これから先の未来を一緒に歩んでいけるという強い意志を感じた。
「もちろんだ。」
グレアスは軽く頷き、改めてクレアに向かって言った。
「お前となら、どんな困難も乗り越えられる気がする。」
クレアはその言葉を聞いて、心からの安心感を覚えた。
自分がこれまで抱えてきた不安や悩みが、少しずつ解消されていくような気がした。
馬車の中で、二人は静かな時間を共有していた。
言葉少なに、お互いの存在が心の中で深く結びついていくのを感じながら。
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数か月が過ぎ、すっかり落ち着いた日常を取り戻したクレアとグレアス。
しかし、どこかで心の奥底にあった不安や迷いが、少しずつ解けていくのを感じていた。
そして、その約束の日がついにやってきた。
その日は、王宮にて大きな宴が開かれていた。
城内は賑やかで、華やかな装飾が施され、たくさんの貴族や王国の重要人物たちが集まっていた。
しかし、その中でも最も注目を集める瞬間が、クレアとグレアスのために訪れることとなる。
王の玉座の前に立つクレアとグレアス。
二人はお互いに少しだけ緊張した表情を浮かべていたが、それでも互いに目を見つめ合うことで、少しずつその緊張をほぐしていく。
グレアスはいつも通り冷静だが、その瞳に強い意志を宿しているのがわかる。
そして、王が二人に目を向け、満足げな笑みを浮かべながら、問いかけた。
「クレア、グレアスの婚約者として、正式になってくれるか?」
その言葉に、クレアはしばらく静かに考え込み、心の中でその意味を噛みしめた。
彼女はこれまでの道のりを思い返していた。
シークエンス家との決別、グレアスとの絆、そして彼の側にいることでどれだけ安心し、支えられてきたことか。
それがどれほど大切なものかを、クレアは今、強く実感していた。
そして、クレアは静かに頷き、王に向かってはっきりとした声で答えた。
「はい、私をグレアス様の婚約者にしてください。」
その言葉には、強い決意と深い愛が込められていた。
クレアの瞳には、迷いのかけらも見当たらなかった。
これから先、どんな困難が待ち受けていようとも、彼と共に歩む覚悟がしっかりと固まっていた。
その瞬間、グレアスはクレアの言葉に驚きの表情を浮かべながらも、すぐに優しく微笑んだ。彼の心の中では、クレアの答えを待ち望んでいたことを再確認していた。
そして、目の前に立つクレアを見つめ、感謝の気持ちが溢れる。
「ありがとう、クレア。」
彼は心から言った。
「これからもずっと、お前のそばにいさせてくれ。」
クレアはその言葉を聞き、軽く微笑んだ。
そして、心からの感謝の気持ちを込めて、グレアスに視線を送る。
「私こそ、ありがとうございます。グレアス様と共に歩んでいけることを心から嬉しく思います!」
王はその様子を満足げに見守っていた。
そして、最後に二人に向かって言った。
「これで正式に婚約が決まった。二人の未来に幸多きことを祈る。」
その言葉に、場内は一瞬静まり、やがて温かい拍手が湧き上がった。
クレアとグレアスは顔を見合わせ、微笑み合った。
これから先、どんな未来が待っていても、二人で力を合わせて歩んでいけることを信じていた。
その日の夕方、城を後にした二人は、手を繋いで静かに歩いていた。
クレアはグレアスに向かって、ふと質問を投げかけた。
「ねえ、グレアス様。私たち、これからどうなるんでしょうね?」
グレアスはしばらく考えた後、優しく微笑みながら答えた。
「それはお前と一緒に決めていくことだろう。どんな困難も、二人で乗り越えていけると信じてる。」
クレアはその言葉に胸が温かくなり、改めて自分の決断に誇りを持つことができた。
彼と共に歩んでいく未来が、どれほど素晴らしいものになるのか、今はそれが楽しみで仕方がなかった。
二人は手を繋いだまま、静かに歩き続けた。
その足音が響く先には、明るい未来が待っていると、二人の心は確信していた。
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正式に婚約が決まり、クレアは未来の王妃として、徐々にその立場を自覚し始めていた。
もちろん、これまで通りの生活を続けていたが、屋敷の者たちの態度がどこか変わったようにも感じられた。
メイドたちは以前よりも丁寧に接し、城下町を訪れた際には「未来の王妃様」と囁かれ、貴族たちの視線を集めることが増えていた。
そんな変化に少しだけ戸惑いながらも、クレアはいつものように屋敷で過ごしていた。
しかし、ある日、ローズから「そろそろ結婚式の準備を始めるべきでは?」と持ちかけられ、ついに現実として意識せざるを得なくなった。
「そっか……私、本当に王妃になるんだ。」
キッチンで焼き菓子を作りながら、クレアはしみじみと呟いた。
その言葉にローズはにやりと笑い、クレアの肩をぽんと叩いた。
「実感が湧いてきました?」
「はい。でも、まだ少しだけ夢みたいです。」
「まぁ、グレアス様の隣に立つってことは、それだけの責任も伴うわけですけどね」
ローズの言葉に、クレアは思わず姿勢を正した。
王妃となることは、ただグレアスの伴侶になるだけではなく、国を支える重要な役割を担うことでもある。
それを思うと、期待と共に不安もよぎった。
「……私に務まるでしょうか?」
「大丈夫ですよ」
ローズはクレアの目をまっすぐに見つめ、優しく微笑んだ。
「グレアス様は、クレアが隣にいてくれることが一番だって思ってます。きっと国民だって、そう感じるようになるはずですよ」
その言葉に、クレアの不安は少しだけ和らいだ。
それから数日後――
庭でフェルと共に夕日を眺めていると、背後から静かな足音が聞こえた。
振り返ると、グレアスがゆっくりとこちらに歩いてきていた。
「こんなところにいたのか。」
「グレアス様。」
クレアは微笑み、彼の隣にスペースを空ける。グレアスはその横に腰を下ろし、空を見上げた。
「何か考え事をしていたのか?」
「はい……結婚式のことを。」
「……そうか。」
グレアスは少しだけ目を細め、クレアの横顔を見つめた。
「不安か?」
「……少しだけ。でも、それ以上に、楽しみです。」
その言葉を聞いて、グレアスは微かに口元を緩めた。
「それならよかった。」
そう言いながら、グレアスはクレアの手をそっと握る。
クレアはその温もりを感じながら、確信した。
――私は、これから先もこの人と共に生きていきたい。
沈む夕日の光が、二人を優しく包み込んでいた。
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それから、時は流れ――。
結婚式の日が、ついに訪れた。
王城の大広間には、国中から招かれた貴族たちが集い、華やかな装飾が施された祭壇の前で、グレアスとクレアが向かい合っていた。
純白のドレスに身を包んだクレアは、胸の奥で高鳴る鼓動を感じながらも、しっかりとグレアスの瞳を見つめ返していた。
「誓いますか?」
神官が厳かに問いかける。
「ええ、誓います。」
クレアは迷いなく答えた。
「誓おう。」
グレアスも、迷いのない声音でそう告げた。
誓いの言葉を交わした瞬間、参列者たちの間から歓声が沸き起こった。
ローズやミーシャ、騎士団の仲間たちが嬉しそうに微笑んでいるのが見える。
フェルも、どこか誇らしげにクレアを見つめていた。
「――誓いの証に、キスを。」
神官がそう告げると、クレアは思わず顔を紅潮させた。
だが、グレアスはそんな彼女を見つめたまま、静かに顔を近づける。
「クレア。」
そっと囁かれた名前。
そして、次の瞬間――グレアスの唇が、優しくクレアの唇に触れた。
暖かくて、穏やかで、すべてを包み込むようなキス。
クレアは瞼を閉じ、その瞬間を深く感じた。
――これは、終わりではなく、新たな物語の始まり。
愛する人と共に歩む未来が、今、確かにここから始まるのだと、クレアは強く思った。
「永遠に、あなたの隣に――。」
優しい鐘の音が響く中、二人はそっと微笑み合った。