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第31話 (凛side)

キスをしてしまったあの日から、侑希とは会えてない。

毎日LINEでやり取りはしているものの、凛の塾も私の仕事もほとんど休みが無い。お互いを気遣ってか、前みたいに週末の予定を尋ねることもなくなった。


そうして進展のないまま、もうすぐ12月になろうとしている。


久しぶりに休みになった休日、お昼になるまで寝ていた私は、弟に叩き起こされた。

「お姉ちゃん!」

「なに…」

「今日一緒にきてくれるって約束したじゃん」

「ん、あぁ…」

「早く起きろ!」

私は眠たい目をこすりながら、やっと体を起こした。


中学一年生の弟は、つい先月、初めての彼女ができたらしい。


先週、私が家に忘れ物をして、ナツさんに一度家まで車で送ってもらっていた時、ちょうど家の前で、弟とかわいい女の子が仲良さそうに喋っていた。

私は女友達かな、くらいにしか思っていなかったのだが、車から降りた私を見るなり、弟が今まで見たことないくらいに慌て始めた。その時は女の子もいたから触れないでやったのだが、仕事を終えて家に帰った後弟を問い詰めると、恥ずかしがりながら彼女ができたんだと報告してくれた。


そして昨日。


「お姉ちゃん、ちょっといい?」

ご飯を食べ終えて自分の部屋に上がろうとすると、階段の下で弟に呼び止められた。

「どうした?」

「あのさ、明日って暇?」

「一応なんもないけど」

「買いたいものあって…。デパート行くの、ついてきてくれない?」

「何買いたいの?」

「えっと、彼女がもうすぐ誕生日でさ。女の子のプレゼント、何買ったらいいのか分からなくて」

普段はちょっと生意気な弟だが、そんな風にお願いされると自然と断る気は起きなかった。

「いいよ。一緒に行ってあげる」


-ーーーーーー


本当は朝から行く予定だったのだが、私が準備を終えて家を出るころにはお昼はとうに過ぎてしまっていた。

2人でどこに行くの?と首をかしげるお母さんを適当にかわして、私たちは駅へと向かった。


二人で電車に乗り込んで横に並んで座る。

「彼女さん、なんっていう名前なの?」

「ゆま」

「ゆまちゃんって、なんか好きなキャラクターとかいる?」

中学生ならそこまで予算もないだろうし、キャラクターの文房具とかでいいんじゃないだろうかと私は考えていた。

「うーん。知らないかも」

「何か好きなものとかは?」

「分かんない」

「そういう話、あんまりしない感じ?」

頷く弟。これはなかなか手強くなりそうだ。


30分ほど電車に揺られた後、目的地に着いた私たちは電車を降りてデパートに向かった。

「とりあえず、デパートの中の雑貨屋さんで適当に見てみるか」

「うん」


入った雑貨屋さんの中には、かわいい文房具やハンカチなど、プレゼントによさそうなものがたくさんあった。

熱心に選んでる弟をほほえましく思いながらふと横の棚に目を移すと、にっこり微笑んだ柴犬が印刷されたペンケースが目に入った。

なんかこれ、侑希みたいだな。

普段はツンツンしてて猫っぽいけど、笑った時の笑顔はこの犬にそっくりだ。

一人でペンケースを手に取ってにやにやしていると、弟に声をかけられた。

「お姉ちゃん、いいのあった?」

「これ。この犬のペンケースとか。かわいくない?」

「うーん、かわいいけど…」

あんまり納得いってなさそうな弟。

「まぁ、時間はあるんだし、いいのが見つかるまで色々見て回ろっか」

「うん、ありがとう」

それから何店舗か見て回っているうちに、数時間が経った。優柔不断な弟なので時間がかかることは分かっていたがここまでとは思っていなかった。弟にとってゆまちゃんは、きっとそれだけ大事な人なんだろう。

「ごめん、全然決まらない…」

「ちょっと息抜きになんか食べる?」

「うん、そうする…」

随分とくたびれた様子の弟を引き連れて、私はフードコートへと向かった。


アイスクリームを二人分買って、席を取ってくれている弟に手渡す。

「え、いいの?お姉ちゃんのおごり?」

「うん。感謝して食べな?」

「やった!ありがと!」

久しぶりに笑顔になってくれた弟。ずっと沈んだ顔をしていたから、私まで嬉しくなった。



時計を見るともう5時を回っている。どこに行くかをお母さんに伝えずに出てきてしまったため、そんなに夜遅くまでは居れない。残り時間はあと1時間といったところだろう。

弟はあっという間にアイスクリームを食べ終えて席を立った。


「もう一回探してくる」

「ひとりで行ける?」

「うん」


私はまだ食べ終わってなかったので、ここに残ることにした。スマホを取り出して、いつものようにエゴサをする。

しばらく画面をスクロールし続け、残っていたアイスも食べ終わった頃、誰かが後ろから私の肩を叩いた。


「星空蒼さんですか?」


私の耳元で囁くようにそう聞かれる。やばい、やってしまった。いつもは帽子を深くかぶって外に出るのだが、今日は弟もいるし大丈夫だろうと気を抜いていた。

おそらくファンの子だろう。こういう時はしらを切るしかない。

「えーっと、たぶん違いま…」

振り返りながらそう言うと、私の後ろにはよく知った顔があった。

「え、侑希?」

「ふふ、久しぶりね」

「もう!びっくりしたじゃん」

「声ですぐ気づいてくれると思ってたのに」

いたずらっぽく笑う侑希の手元には、私がさっき食べていたアイスクリームがあった。

「こんなとこで何してんの?」

「参考書を買いに来てたの」

「ひとりで?」

「うん。凛は?」

「弟の買い物に付いて来てた」

「あら、そうなのね」

侑希は私の向かい側に腰かけた。

「今日は仕事なかったの?」

「うん。たまたま休みだった」

「私もたまたま塾が休みだったの」

「侑希、アイス食べなよ。ほら、もう溶けかかってる」

「あ、ほんとだ」

侑希が舌を出して溶けた部分をなめる。なんだかいけないものを見ている気分になったが、私は彼女から目が離せなかった。

「どうしたの?食べたい?」

「あ、ううん。もう食べた」

「そんなに見られると恥ずかしいわ」

「ふふっ、ごめんごめん」

そうやって久しぶりに2人でおしゃべりをしていると、弟が戻ってきた。

「お姉ちゃん、買ってきた!」

「いいのあった?」

「うんっ!あれ、友達?」

「うん」

「はじめまして」

あんまりこういうのに慣れてないのか、すっかり固くなってしまった侑希に笑いがこみあげる。しかし私の弟は、初対面でも距離感を読めないグイグイ系。おまけに侑希に興味を持ってしまったらしい。

「侑希ちゃん、って呼んでいい?」

「え、あ、うん」

困った様子でこっちを見て、助けを求めてくる侑希。すっかり下がり眉になっていて、こんなに不安そうな顔は初めて見た。さすがに助けてやらないと。

「こらっ、侑希困ってるじゃん。あんた距離感バグりすぎなの」

「ごめんごめん」

「だ、大丈夫、だよ?」

明らかに大丈夫じゃなさそうだけど。そんな侑希にはお構いなしに、弟が畳みかける。

「あ、そういえば、侑希ちゃんも家同じ方向?」

「えっと、うん。そうだけど…」

「じゃ、一緒に帰ろう!」

それを誘うのはお前じゃなくて私だろ!!

「う、ん」

あははと苦笑いをしている侑希。少し申し訳ないけど、私も一緒に帰りたかったので仕方ない。そのままいつもの癖で侑希の手を取ると、大人しく繋いでくれて、私たちは3人で駅へと向かった。


「ごめん、侑希送ってくから、先帰っといて」

「りょうかーい、バイバイ、侑希ちゃん!」

「あ、ばいばーい」

私はいつもの分かれ道まで来ると、弟を先に帰らせることにした。

「ごめんね急に」

「ううん。ちょっと緊張したけど、大丈夫だったわ」

「あいつ、距離感おかしいんだよね」

「ふふっ。ちょっと侑希に似てるわ」

「やめてよ」

手をつないで歩いているとあっという間に侑希の家についた。

「ありがと、送ってくれて」

「どういたしまして」

「次ちゃんと会えるのは、たぶん受験が終わった後ね」

「うん。寂しいな」

「私だって寂しいわ。最近は会えないから、凛より蒼くんを見ることの方が多いもん」

あんなに毎日勉強で忙しそうなのに、ちゃんと配信やライブは見てくれてる侑希。

大きなライブが終わった後は、必ず、感想と応援のメッセージを送ってくれる。

「しばらくは画面越しの蒼くんで我慢してね」

「蒼くんじゃ足りないかも」

「よくばりさんだなぁ笑」

「でも凛と会えるのを楽しみに、勉強頑張る」

「ふふ、そうだね。私も頑張る」

最後にギュッとハグをして私たちは別れた。


家に帰るなり、弟に声を掛けられる。

「もしかしてさお姉ちゃんの好きな人って、さっきの人?」

「え!?な、なんで?」

そんな変わったことはしてないはずだ。本当はもっとくっつきたかったけど、弟がいる前ではさすがにできなかったし。

侑希の家の目の前で少しだけイチャイチャしていたけど、それは弟には見られてないはず。

「なんか、なんとなくいい感じな気がした。俺の勘だけど」

「こわいこわい」

「否定はしないんだ笑」

「うぐっ、ま、まぁね」

なんとなく自分の気持ちに嘘をつきたくなかったからそう答える。

「へー、いいね。応援してる」

「あ、ありがと」

少し前までまだ子供だと思っていた弟は、私が知らないうちに随分大きくなっていたらしい。



「応援、か…」

これからどうすればいいのか、私はまだ考えあぐねている。


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