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第45話 (侑希side)

その日、うちにやってきた凛はすごく眠そうで足取りもなんだか危なっかしかった。そんな凛に包丁を握らせるのは危険だと判断した私は、彼女をソファーに座らせて、1人で料理を作り始めた。

凛のおかげで人並みには料理をできるようになっていたから、鮭を焼いて、その間に冷蔵庫にあった野菜を適当に入れたお味噌汁と、ほうれん草の煮浸しを作った。

凛に料理を教わる前の私が、今の私の手際の良さを見たら間違いなく驚くだろう。


あっという間に完成した2人分のご飯を机に並べて、いただきますをする。凛は何を口に入れても嬉しそうに、美味しいと言って食べてくれた。自分が作った料理を人に褒めてもらうのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。


そしてご飯を食べ終えると、凛はソファーに座ったままうとうとし始めた。

「凛、眠いの?」

「ん?」

「眠い?」

「ううん、眠くないよ」

「嘘でしょ、クマできてるし。無理して毎日来なくていもいいのよ?」

「来たいから来てるの」

そう言われると返す言葉がない。私だってできれば会いたいけど、無理して欲しいわけじゃない。

「明日仕事は?」

「休み」

「いつぶり?」

「2週間とか?いや、3週間かも…」

あくびをしながら、凛は体をぐったりとソファーに預けてそう答えた。

「今日は早く帰って寝なさいよ」

「うん」

「何か飲む?」

「うん…」

返事の声がどんどん眠そうになっている。やっぱり早く帰らせた方がいいだろう。

そう思いながら、私は冷蔵庫にお茶を取りに行った。ほんの少しの時間だったのに、戻ってくると凛はソファーに背中を預けたまま寝息を立てていた。


「凛、ここで寝ちゃだめ」

トントンっと肩を軽く叩くけど返事はない。

「おーい、凛ってば」

全く反応がない。よほど疲れてるんだろう。

ぐっすり眠っているのにここで起こすのも悪いかと思って、私は肩を叩いていた手を止めた。


凛はうちに通うようになってから、随分無理してるみたいだった。昼間、配信を見ている時、凛の体調を気にするコメントもよく見かけるようになった。

正直このままじゃ、凛の体が持たないだろう。アイドルとして仕事をしながら、人の家に通ってご飯を作る毎日の大変さは、私には計り知れない。

こういう生活はやめるか、頻度を下げた方がいいのは明白だ。でも、当の本人はどうしてもうちに来たいと言うし…

私は彼女の綺麗な寝顔を横で見つめながら、これからどうすれば良いのか考えていた。




「ゆきー。ねぇ、ゆきさーん」

誰かが私の肩をゆすってる。重いまぶたを開けると、すぐ近くに凛の顔が見えた。

「んっ、、りん?」

「ごめん、2人ともソファーで寝ちゃってたみたい。もう遅いし帰るね」

「いま、なんじ?」

私が眠い目を擦りながら訊ねると、凛は時間を確認するためにスマホを取り出した。

「んーっとね、2時35分」

にじ、さんじゅうご、ふん……。

2時35分!?

すぐに目を覚ました私は、もう既に立ち上がって帰ろうとしている彼女の腕を取った。

「遅すぎるからダメ。泊まってって」

「大丈夫だよ。ありがとね」

「こんな時間に女の子1人で出歩くなんて、どう考えても危なすぎるわ」

「いや慣れてるから」

「泊まっていけばいいじゃない。それとも、うちに泊まるの、嫌なの?」

「い、嫌なわけないじゃん。ただ、申し訳なくて」

「私は泊まっていって欲しいから。ね?」

「本当にいいの?」

「何でダメなのよ。友達が泊まりに来ることとか良くあるから、別に気にならないわ」

「そうなんだ…ありがと」

なぜかちょっとだけ不満そうな顔をしてお礼を言われた。相変わらず、凛の考えてることは私にはよく分からない。


10分ほどして、ピロピロ〜とお風呂が沸いたことを知らせるタイマーが鳴った。

「お風呂、沸いたわよ。最初と後、どっちがいい?」

「うーん。決められないから……一緒にはいる?」

「え?」

「ふふっ、じょーだん」

「…ばか」

「じゃあ、先に入らせてもらおっかな」

そう言って凛は洗面所に消えていった。


そういえば着替え。夏に2日も同じ服を着るのは厳しいだろう。私は急いでクローゼットを開けてパジャマと下着を取り出した。私の服は胸の辺りがだいぶ大きいから凛にはブカブカになりそうだけど、これ以外ないのだからしょうがない。


脱衣所の扉を叩き、凛に声をかける。

「凛、入ってもいい?」

「うん、どしたー?」

中に入ると、お風呂の擦りガラス越しに凛の姿が見えて、慌てて目を逸らした。

「着替え、ここに置いとくわ。化粧水とか、置いてあるの適当に使って良いから」

「ありがと〜」

替えのパジャマと、新品の下着をバスタオルの上に置いて、私は急いで洗面所を出た。しばらくして、お風呂から上がった凛と入れ替わるように私は脱衣所へ向かった。


湯船に浸かって、ふぅーっと息を吐く。

凛もこのお風呂に入ったんだ。そんな変態っぽい思考になりかけて、わたしは慌ててほっぺを叩いた。

凛は私よりもずっと疲れてるんだから、早く寝かせてあげないと。私はいつもより急いで、でも入念に体を洗って、お風呂を出た。


リビングに戻ると、凛はソファーの上でスマホを見ていた。

「お母さんに連絡した?」

「うん、さっきしたよ」

「大丈夫なの?夜遅くまで帰ってこなくて心配してない?」

「大丈夫大丈夫。よく事務所に泊まることもあるから、平気だよ」

「そうなのね」

「それよりさー、これ見て。服ぶかぶかだぁ」

無邪気に笑いながら、服と胸元の間にできた空洞をこちらに見せてくる凛。はっきり言って目に毒だ。こっちの気持ちも、ちょっとくらい考えて欲しい。

「バカなこと言ってないで寝るわよ。そこ、どいて。私はソファーで寝るから」

「泊めてもらってるのに、それは悪いよ。私がソファーで寝る」

「凛の方が疲れてるんだから、気にせずに使って」

「じゃあさ、寝る前にちょっとおしゃべりしてもいい?」

「別に良いけど…」

ソファーに寝っ転がった私と、その隣にあるベッドに遠慮がちに寝っ転がった凛。

「眠くないの?」

「さっき結構寝たからね。侑希はもう眠い?」

「ううん。お風呂入ったら目が覚めちゃった」

ソファーは寝転がると思っていたよりも硬くて、私は何度か体を動かしてちょうど良いポジションを探す。

「大学はどう?楽しい?」

「まぁまぁよ。空きコマが結構あるから、高校の時よりはずっと暇ね」

「へぇ〜そうなんだ。休みの日とか、普段は何してるの?」

「友達とカフェでお喋りしたり、1人の時は家で本を読んだりしてるわ」

サークルにも部活にも入ってないし、バイトもしていないからコミュニティが広いわけでもない。だから、みんなが夢見るような華々しい大学生活ではないが、それでもそれなりに楽しくやっている方だとは思う。

「侑希の友達はどんな子なの?」

「みんないい子たちよ。普段は、私も含めた4人グループでいることが多いわ」

「へー、侑希もそんな仲良い子が出来たんだ」

「どういう意味よ」

「いや、悪い意味じゃないよ。ただ、高校の時はそんなイメージなかったから、意外だっただけ」

「私だって、やる時はやるのよ」

「ふふっ、そうだねぇ」

意味ありげに笑った凛。何のことを指してるのかは大体想像がつくけど、腹が立つので言わない。

「なによ」

「何でもない。てか、その子達とお泊まりとかしたりするんだ」

「そんな頻繁にじゃないけど、たまーに泊まったりはするわ。この夏休みも、どっか旅行行こうって約束してるし」

「へー。泊まる時はさ、一緒のベッドで寝るの?」

「え?うん、そうだけど」

「シングルベッドって狭くない?」

「狭いけど、寝れなくはないわ」

私がそう答えると、凛はほんの少しの間静かになった。寝ちゃったのかなと思い、のそっと身体を起こそうとしたところで、凛の声が聞こえた。

「じゃあ、一緒に寝よ?」

起き上がろうときていた身体を戻す。

「わ、わたしは、ソファーで寝るから」

「その友達はいいのに、私はダメなの?」

「それ、は…」

「ね、いいでしょ?侑希、お願い」

こういう時に甘えたモードを出されると、わたしは断れない。それを分かってやってるんだから、彼女は本当にタチが悪い。

「だめ?」

念押しの甘えた声が聞こえて、わたしは渋々身体を起こした。

「やったぁ」

ひどく嬉しそうな凛の声が聞こえて、暗がりの中で目を凝らすと、凛は自分が入ってるタオルケットを広げて中に入るように促してきた。

「おいで」

そんな優しい声で言わないで欲しい。ギュンっと、今までにないくらい心臓が跳ねる。それを悟られないように、わたしは無言でタオルケットの中に入った。

でも、高校生の時みたいにくっついて寝るなんてことは出来るわけもなく、私はベッドから落ちそうなギリギリのところで横になった。

「何でそんな距離取るの。ベッドから落ちちゃうよ?」

「落ちないわ。早く寝なさいよ」

「えー、こっちきてよ」

私が無視してると、「もうっ」と背中の方から不満げな声が聞こえてきた。諦めてくれたかな、と勝手に安心していた時、急にお腹に手を回されてグイッと凛の方へ引き寄せられた。

「ひゃっ」

あまりに突然のことに、驚いて変な声が出る。

「な、なにするのよ!」

「危ないからだよ」

「だからって、、」

「侑希。こっち向いて」

「無理、よ…」

「友達と寝る時も、そんな風にしてんの?」

「知らない」

「知らないかぁ〜」

私を抱きしめる手を緩めようとしない凛。そのうち背中から彼女の寝息が聞こえ始めた。

やっぱり疲れていたんだろう。

もうどうにでもなれと目を瞑ると、私もあっという間に意識を手放してしまった。

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