仕事帰り、私はスーパーで買った食材を持って侑希の家に通うようになった。
最初はそうしていたのだが、1週間ほどすると、私が買ってくる前に侑希が自分でスーパーに行って必要な食材をあらかじめ買うようになっていた。
私が「キッチンを借りてご飯まで食べてるのに、お金を出さないのは流石に悪いよ」と言うと「自炊するようになって前ほど食費が掛からなくなったからいいのよ」と跳ね返されてしまった。
でもそのおかげで、仕事が終わったらそのまますぐに侑希の家へ向かえるようになった。
侑希の家に着くのは、大体、夜の7時か8時くらい。特に仕事が長引いてて遅い日は、9時を過ぎることもあった。それでも侑希は毎日必ず私が来るのを待っててくれたし、ちょっとずつ自分で下準備を済ましておいてくれることも多くなった。
カレーやシチュー、オムライスなど簡単なものなら、もう私がいなくても1人で作れるだろう。そんな彼女の成長が嬉しくもあり、若干寂しくもあった。
侑希が1人で何でも作れるようになったら、私は何を口実にここに通えばいいか分からなかったから。
侑希の家に行ってご飯を一緒に作って食べる。その後は、2人並んでテレビの前でお茶を飲みながら、明日のご飯は何を作ろうか、とスマホでレシピを調べながらちょっとしたお喋りをする。
そんなことをしていればあっという間に10時、11時と時間が過ぎていって、私は日付が変わる前に自分の家へ帰る。
そんなの生活が始まってから、もうすぐ3週間が経とうとしていた。最初はぎこちなくて不満げだった侑希も、前ほどとはいかないが、それなりに心を許してくれるようになった。前みたいな必要以上のスキンシップはないけど、友達の距離感ならこれくらいが普通なんだろう。
もっともっとって、どんどん欲張りになりそうな自分の気持ちをグッと堪えて、私は彼女の家に通い続けた。
今までは仕事が終わればすぐに家に帰って、用意されたご飯を食べて寝るだけだったから、それなりに時間があったのだが、今は侑希の家に行って、それからご飯を作って、また自分の家に帰らないといけない。
そうなると、ボイスや企画の提出物に追われ、寝る時間もまともに取れない日が増えていった。それでも私の中に、侑希に会わないという選択肢はなかった。
今の私が侑希を失ってしまえば、きっとアイドルの仕事も何もかも頑張れなくなる。なんとなく、そう分かっていたから。
ある日のレッスン休憩の時、水を飲んでいると、一緒に練習していた颯太に声をかけられた。
「おい、蒼。なんか最近クマすごいぞ。寝れてねーのか?」
「うん、時間なくて」
「忙しいのは分かるけど、マネージャーと相談してちゃんと休み取った方がいいぞ。そのクマ、メイクでも隠れてないから」
「うん…そうするよ。迷惑かけてごめん」
私が項垂れていると、颯太がポンっと肩に手を置いてきた。
「いや、別に怒ってるわけじゃないよ。お前は手の抜き方知らないから、全部頑張っちゃうだろ?だから心配なだけだ」
「ありがとう、颯太」
いつもこうやって、隣で気にかけてくれる颯太には本当に感謝してる。今まで自分から仕事を断ったことはないけど、これで体調を崩したら本末転倒だ。
「蒼、最近何かあったのか?」
「え?」
「だって今までこんな事なかったのに、急に眠れないくらい忙しいなんて、何かあったのかなって。別にライブ直前ってわけでもないし」
「いや、なにもないけど。まぁ、夜更かししちゃう、みたいな?」
「なんで?」
「えーっと、」
言葉に詰まっているところで、ダンスの先生に呼ばれて私たちの会話は途切れた。上手い言い訳も思いつかず危ない所だったので、私は内心、先生に感謝しながら残りのレッスンを受けた。
レッスン終わり、私は事務所で仕事をしていたナツさんに声をかけた。颯太に言われた通り、久しぶりに一日だけ休みを取ることにしたのだ。
「最近眠れてないから、明日休みもらってもいいかな」
「もちろんです。最近、結構お疲れでしたもんね」
「ごめんよ、急に」
「いや、良かったです。蒼さん、私が言ってもなかなか休みを取ろうとしないですから」
「ありがと、明日は丸一日寝てしっかり休むよ」
「そうしてください」
私はナツさんに頭を下げて、事務所を後にした。
その日、いつものように侑希のうちに着いて、一緒にご飯を作ろうとしていた私は、どうしようもないくらい強い眠気に襲われていた。侑希の言葉を何度も聞き返すし、包丁で手を切りそうになって慌てて彼女に止められた。
明日、休みにしておいて良かったな。
私の助けなしで、もくもくとご飯を作ってる侑希の後ろ姿を見ながら、私は働かない頭でぼんやりとそう思った。