ピーンポーン。
LINEから10分くらいして、インターホンが鳴った。私は急いで玄関に向かうと、すぐに扉を開けた。
「ごめん、急に」
外で申し訳なさそうに玄関に立っている凛。
その手には、膨らんだレジ袋が握られていた。
「別に大丈夫だけど」
「侑希、夜ご飯食べた?」
「まだ」
「材料買ってきたからさ、キッチン借りてもいい?」
「うん」
凛と一緒にキッチンに行き、買ってきてくれたものを次々冷蔵庫に入れていった。卵のパックや生肉、野菜など普段は買わないものでどんどん冷蔵庫が埋まっていく。
「侑希、いつも買ったものしか食べてないでしょ」
「別にそんなことは…」
「冷蔵庫の中見たら分かるよ。だからさ、今日一緒に作ってみない?」
「凛は、料理できるの?」
「ふふっ、人並みにはね」
ちょっと悔しい気持ちになったけど、自炊ができるようになりたいと思っていたからちょうどいい。私たちは2人で手を洗ってキッチンに並んだ。
「何が食べたい?色々買ってきたから、多分なんでも作れるよ」
「んーっと、ハンバーグとか?」
「おっけー。野菜は切れる?」
包丁を最後に使ったのは、確か中学の時の家庭科の授業。その時は調理実習でカレーを作ったのだが、あまりに私の包丁さばきが危ないから、周りの子達が全部やってくれた。
「……切れる」
「一緒に切ろっか」
くすっと笑った凛に、心臓がドキッとした。
私がこんな気持ちでいるのに、彼女はなんともないような顔をして横に立っている。
もし同じ気持ちになれるのなら、私はなんだって捧げるのに。
「侑希、聞いてる?」
「あ、ごめん」
「なんか疲れてる?やっぱり私がやろうか?」
「ううん、大丈夫。やってみるわ」
「じゃあまずは玉ねぎから」
凛は手際よく両端を切り落とした後、皮を剥いて水道水でさっと洗った。その一連の動きだけで、料理をできる人なのが分かる。
「これ、お肉に混ぜるからみじん切りするんだけど、できそう?」
「えっと、まず半分に切ればいいの?」
「うん、切ってみて」
包丁を握って、もう片方の手でまな板に置かれた玉ねぎを持った。刃を入れようとしたところで、凛からストップがかかる。
「ちょ、まってまって。それじゃ手切っちゃうでしょ」
「どうすれば良いの?」
「左手は握るの、猫の手みたいに」
言われるままに左手を握ってみる。この手のまま切るの?なんか逆に危ない気がするんだけど。
「できそう?」
「うーん」
「こうやって手を添えるの」
そう言いながら私の背中の方に回ってきた凛が、後ろから手を出して私の両手を持った。思わず体がビクッと跳ねて、それに気づいた凛はすぐに掴んでいた私の手を離した。
「あ、ごめ」
「いや…」
別に、嫌じゃなかったのに。そんなこと言えるはずもなく、私は離れてしまった熱を感じながら包丁を握り直した。
ハンバーグが焼けて、私が野菜を切るのに苦戦してる間に凛が作ってくれたスープも出来上がった。
「よしっ、これ盛り付けたら完成だよ」
「ふぅ」
「ふふっ、疲れたね。ご飯よそうから座っときな」
これじゃどっちが家主か分からない。でも、久しぶりに動いたからか随分疲れを感じて、私は彼女のお言葉に甘えることにした。
ソファに腰を下ろしてキッチンに立つ凛を見つめる。こうやって凛と生活できたら、きっと毎日楽しいだろうな。
一緒に買い物に行って、ご飯を作って、同じベッドで寝て。じーっと凛の後ろ姿に見入っていると、ご飯を乗せたお盆を持ってこちらを振り向いた彼女と目が合った。
「できたよ。たべよっか」
そう言って優しく微笑んでくれた凛から、私は慌てて顔を逸らした。
「それじゃ、いただきまーす」
「いただきます…」
「自分で作ったハンバーグ、食べてみて」
彼女に言われるままに、ハンバーグを小さく切りわけて口に運ぶ。
「ん、おいしい」
私が切った玉ねぎは大きめで食感が残ってるけど、ちゃんとハンバーグの味がする。家にあった調味料だけであっという間にこんなハンバーグを作れるなんて、やっぱり凛はすごい。
「どれどれ、、うん、ちゃんと美味しい」
「久しぶりに手作りの料理を食べたわ」
「自分で作ったご飯の方がインスタントよりも絶対体にいいんだから、夏休みだけでも自炊頑張ってみたら?」
「そうしたいけど…今日みたいに包丁の握り方から教えてもらわなきゃ、レシピを見ても分からないもの」
「そっかぁ。毎日ここに来て教えてあげたいけど…なんて、流石に迷惑だよね」
「別に…来ればいいじゃない」
「え?いいの?」
「夏休みは暇だし、私は構わないわ」
「そんなこと言われたら、明日から本当に来ちゃうよ?」
私は最後の一口を口に含みながら、リンの言葉に小さく頷いた。会える口実があるのなら、毎日でも会いたい。
自分で自分の首を絞めることになるのは分かってるけど、それでも、このまま微妙な距離感でいる方が嫌だった。
ご飯を食べ終えた私たちは一緒に皿洗いをして、またソファーに並んで座った。こないだ来た時はすぐに帰ってしまったから、ちょっとくらいゆっくりして行ってくれると思っていたのに、凛はすぐに自分の荷物を整理し始めた。
「もう帰るの?」
「あぁ…。うん、明日早いから」
「毎日仕事があるの?」
「最近はほとんど休みはないね。ありがたいことだけど」
「ふぅん、そうなのね」
やっぱりそんなに忙しいんだ。それなのにわざわざうちに来てくれるなんて、なんだか申し訳なくなるけど、これは彼女が言い出したことなんだから。
凛は荷物を持つとソファーを立ち上がった。わざわざ送らなくて良いと言われたけど、私は少しでも一緒にいたくてエレベーターに乗って玄関まで見送りに行った。
「んじゃ明日も、仕事終わった後来ていい?」
「さっき良いって言った」
「ありがとね。おやすみ、侑希」
「おやすみなさい…」
私は凛が見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめていた。