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第42話 (侑希side)

突然やってきた凛は、明日も仕事があるからと30分ほどで帰っていった。

「また来るね」

「別に、来なくてもいい」

「そんなこと言わないでよ。あ、そういえばLINE。ブロック解除してもらうまでは帰れないな〜」

そう言って玄関からなかなか動かないものだから、私はほとんど無理矢理、ブロックしていた凛の連絡先を再び友達追加させられた。

凛は嬉しそうに私のプロフィールを見た後、大事そうにスマホをポケットにしまった。

「それじゃ、またね」

「……」

私が何も返さずにいると、凛は寂しそうに笑って出ていった。凛が出ていったドアを、私は立ち尽くしたまましばらく見つめていた。


嵐みたいな出来事だった。

ふぅっと息を吐いて地面に座った途端、緊張から解放されたからか、ぐーっとお腹が鳴った。そういえばご飯を買いに行こうと思ってたんだった。

私は財布と鍵を持つと、スニーカーを履いて外に出た。



家に帰って買ってきた冷凍のパスタを温めながら、私はなんとなくタブレットの電源を開いて、数ヶ月ぶりにスターセーバーで検索をかけた。

「こんなに大きくなってるの…」

高校の時も急成長していたのに、私が見ていない間にもそのスピードは衰えることなく、今では日本を代表するグループの一つにまで成長していた。

試しに1番最近の配信のアーカイブを開いてみる。日付は今日のお昼だった。

メンバーで集まってゲームをしているその動画は、配信から数時間しか経っていないのに、もうすでに50万回再生を超えている。

私がこのグループを推し始めた頃は、配信の再生回数は5千回くらいが普通で、1万回再生行けば良い方だった。それが今ではこんなにたくさんの人に見てもらっているんだから、なんだか不思議な気持ちになった。


画面をスライドして、コメント欄を覗く。あいかわらず、蒼くんとリーダーの駿くんの人気が圧倒的に根強い。そのなかでも、ちらほら気になるコメントが目立っていた。


[蒼くんと颯太くん、今日も仲良しで尊い…」

[颯太くん、最近蒼くんと距離近すぎない?]


前からこの2人は仲良かったけど、そんなコメントで言うほどなの?そう思って配信を見直してみれば、確かに2人の距離感だけが明らかに近い。お互いにと言うよりは、颯太くんが結構蒼くんにグイグイ行ってるというか。

ファンの女の子たちには結構ウケるし、こういう営業もするようになったんだ。


気づけば配信は終わり、次のおすすめに蒼くんの曲が出てきていたが、私はそっと画面を消した。どうせ前よりもっと上手くなってるだろうし、そんなかっこいい姿をここで見てしまったら、また星空蒼を好きになってしまいそうだったから。

私は暗くなった画面を見つめながら、次に凛から連絡が来るのはいつなんだろうと、そんなことをぼんやりと考えていた。



スターセーバーの配信頻度とライブ予定的に、今は相当忙しいから、次に会えるのは早くても2週間後くらいだと思っていたのに、次に凛から連絡がきたのはあれから3日後くらいのことだった。


その日、家でダラダラしてるとただでさえ無い体力が更になくなってしまうと思った私は、たまには運動をした方がいいと、日が沈んだ8時ごろにぶらっとあてもなく散歩に出ることにした。

こんな時間に女の子1人で出歩くのは危ない気もするが、この辺は治安がいいから大丈夫だろう。

昼間にコンクリートに貯められた熱を感じながら、私は自分のマンションの近くにある公園に向かって歩いていた。


次の角を曲がれば公園に着く。湿度が高いからか体がじっとりと汗をかいていて、久しぶりに生きてる実感をした。

このままじゃ熱中症になりそうだから、公園の前にあった自販機でスポーツドリンクを買おうと財布を取り出そうとしたところで、ちょうど財布と一緒にポケットに入れていたスマホが鳴った。

大学の友達かなと思いすぐにトークを開くと、表示された名前は想像もしていない相手だった。


[今日の夜、空いてる?]

今、すごく忙しいはずなのに。不思議に思いながらも、断る理由もないからすぐに返信をした。

[空いてるけど]

1分くらいで返したのに、既読はつかなかった。もしかして、これから家に来るつもなのかな。

部屋はちょっと散らかってるし、汗をかいてるなら会うならその前にシャワーを浴びておきたい。私は買ったスポーツドリンクを一口だけ飲むと、すぐに今来た道を戻った。


家に着いて散らかっていた机の上を片付け、朝から洗っていなかった食器を洗った。スマホを確認したけど、まださっき送ったLINEの既読はついていなかったから、私は急いでお風呂に向かった。


さっとシャワーを浴びてお風呂を出る。甘めのオイルを髪につけて、薄くリップを塗った。

何を期待しちゃってんだろ、私。友達に戻るって決めたんだから、もう何もないって分かってるのに。


髪を乾かして適当な服を着て部屋に戻る。スマホを見ると、凛から返信が来ていた。

[今から行ってもいい?]

数分前に送られていたそれに急いで返信を打ち込む。

[うん]

次はすぐに既読がついて、やったぁと喜んでるスタンプが送られてきた。それだけでちょっと上がってしまいそうになる口角を、必死に堪えた。



ピーンポーン。

LINEから10分くらいして、インターホンが鳴った。私は急いで玄関に向かうと、すぐに扉を開けた。

「ごめん、急に」

外で申し訳なさそうに玄関に立っている凛。

その手には、膨らんだレジ袋が握られていた。

「別に大丈夫だけど」

「侑希、夜ご飯食べた?」

「まだ」

「材料買ってきたからさ、キッチン借りてもいい?」

「うん」

凛と一緒にキッチンに行き、買ってきてくれたものを次々冷蔵庫に入れていった。卵のパックや生肉、野菜など普段は買わないものでどんどん冷蔵庫が埋まっていく。


「侑希、いつも買ったものしか食べてないでしょ」

「別にそんなことは…」

「冷蔵庫の中見たら分かるよ。だからさ、今日一緒に作ってみない?」

「凛は、料理できるの?」

「ふふっ、人並みにはね」

ちょっと悔しい気持ちになったけど、自炊ができるようになりたいと思っていたからちょうどいい。私たちは2人で手を洗ってキッチンに並んだ。

「何が食べたい?色々買ってきたから、多分なんでも作れるよ」

「んーっと、ハンバーグとか?」

「おっけー。野菜は切れる?」

包丁を最後に使ったのは、確か中学の時の家庭科の授業。その時は調理実習でカレーを作ったのだが、あまりに私の包丁さばきが危ないから、周りの子達が全部やってくれた。

「……切れる」

「一緒に切ろっか」

くすっと笑った凛に、心臓がドキッとした。

私がこんな気持ちでいるのに、彼女はなんともないような顔をして横に立っている。

もし同じ気持ちになれるのなら、私はなんだって捧げるのに。


「侑希、聞いてる?」

「あ、ごめん」

「なんか疲れてる?やっぱり私がやろうか?」

「ううん、大丈夫。やってみるわ」

「じゃあまずは玉ねぎから」


凛は手際よく両端を切り落とした後、皮を剥いて水道水でさっと洗った。その一連の動きだけで、料理をできる人なのが分かる。

「これ、お肉に混ぜるからみじん切りするんだけど、できそう?」

「えっと、まず半分に切ればいいの?」

「うん、切ってみて」

包丁を握って、もう片方の手でまな板に置かれた玉ねぎを持った。刃を入れようとしたところで、凛からストップがかかる。

「ちょ、まってまって。それじゃ手切っちゃうでしょ」

「どうすれば良いの?」

「左手は握るの、猫の手みたいに」

言われるままに左手を握ってみる。この手のまま切るの?なんか逆に危ない気がするんだけど。

「できそう?」

「うーん」

「こうやって手を添えるの」

そう言いながら私の背中の方に回ってきた凛が、後ろから手を出して私の両手を持った。思わず体がビクッと跳ねて、それに気づいた凛はすぐに掴んでいた私の手を離した。

「あ、ごめ」

「いや…」

別に、嫌じゃなかったのに。そんなこと言えるはずもなく、私は離れてしまった熱を感じながら包丁を握り直した。


ハンバーグが焼けて、私が野菜を切るのに苦戦してる間に凛が作ってくれたスープも出来上がった。

「よしっ、これ盛り付けたら完成だよ」

「ふぅ」

「ふふっ、疲れたね。ご飯よそうから座っときな」

これじゃどっちが家主か分からない。でも、久しぶりに動いたからか随分疲れを感じて、私は彼女のお言葉に甘えることにした。


ソファに腰を下ろしてキッチンに立つ凛を見つめる。こうやって凛と生活できたら、きっと毎日楽しいだろうな。

一緒に買い物に行って、ご飯を作って、同じベッドで寝て。じーっと凛の後ろ姿に見入っていると、ご飯を乗せたお盆を持ってこちらを振り向いた彼女と目が合った。

「できたよ。たべよっか」

そう言って優しく微笑んでくれた凛から、私は慌てて顔を逸らした。


「それじゃ、いただきまーす」

「いただきます…」

「自分で作ったハンバーグ、食べてみて」

彼女に言われるままに、ハンバーグを小さく切りわけて口に運ぶ。

「ん、おいしい」

私が切った玉ねぎは大きめで食感が残ってるけど、ちゃんとハンバーグの味がする。家にあった調味料だけであっという間にこんなハンバーグを作れるなんて、やっぱり凛はすごい。

「どれどれ、、うん、ちゃんと美味しい」

「久しぶりに手作りの料理を食べたわ」

「自分で作ったご飯の方がインスタントよりも絶対体にいいんだから、夏休みだけでも自炊頑張ってみたら?」

「そうしたいけど…今日みたいに包丁の握り方から教えてもらわなきゃ、レシピを見ても分からないもの」

「そっかぁ。毎日ここに来て教えてあげたいけど…なんて、流石に迷惑だよね」

「別に…来ればいいじゃない」

「え?いいの?」

「夏休みは暇だし、私は構わないわ」

「そんなこと言われたら、明日から本当に来ちゃうよ?」

私は最後の一口を口に含みながら、リンの言葉に小さく頷いた。会える口実があるのなら、毎日でも会いたい。

自分で自分の首を絞めることになるのは分かってるけど、それでも、このまま微妙な距離感でいる方が嫌だった。


ご飯を食べ終えた私たちは一緒に皿洗いをして、またソファーに並んで座った。こないだ来た時はすぐに帰ってしまったから、ちょっとくらいゆっくりして行ってくれると思っていたのに、凛はすぐに自分の荷物を整理し始めた。

「もう帰るの?」

「あぁ…。うん、明日早いから」

「毎日仕事があるの?」

「最近はほとんど休みはないね。ありがたいことだけど」

「ふぅん、そうなのね」

やっぱりそんなに忙しいんだ。それなのにわざわざうちに来てくれるなんて、なんだか申し訳なくなるけど、これは彼女が言い出したことなんだから。


凛は荷物を持つとソファーを立ち上がった。わざわざ送らなくて良いと言われたけど、私は少しでも一緒にいたくてエレベーターに乗って玄関まで見送りに行った。

「んじゃ明日も、仕事終わった後来ていい?」

「さっき良いって言った」

「ありがとね。おやすみ、侑希」

「おやすみなさい…」

私は凛が見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめていた。


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