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第九章 第7話「マナを汲み出す」

 スマホを見ながら歩く男の後ろについて、時々大きな虫をレーザーポインターやスプレーで追い払いながら穴の中をひたすら歩く。牧原雅道は息苦しさと重いリュックにウンザリしながら歩き続けた。

「止まれ」

 およそ1時間半も歩き続けただろうか、先頭の男の声で一行は足を止めた。

「こっちだ」

 男は左側に口を開けている、入るのを躊躇ちゅうちょするほど狭い穴と言うより壁の割れ目を指した。リュックを下ろして体を横にしなければ入ることができない。

「何だよこれは……」

 一番背が高い雅道は頭がつっかえそうになって、ヘルメットまで外さなければそこを通れなかった。体を屈めないとつっかえそうな狭い穴は上り坂になり、巾は少しずつ広くなった。やがて天井に手が届きそうなほど低いが広い空間に出た。

「なんだ? ここ?」

 ヘッドランプに照らし出されたホールの壁には、大きな釘のようなものが一面に打ち込まれている。男が英語のような言葉で何か言うと、外国人の二人がリュックを下ろして壁の釘を引き抜き始めた。

「お前は、天井の空いているところにタガネを打ち込め」

「あ?」

 男は雅道に向かってそう言ったが、雅道は何のことだかわからなかった。

「リュックに入ってるタガネだ、お前は背が高いから天井に届くだろ。さっさとやれ!」

 さすがに雅道は『むかっ』としたが、ここで男に逆らって置き去りにでもされては命が危ない。怒りを腹の底に押し込んで、リュックの中にある重い物を取り出した。

「これが……タガネ?」

 バカでかい釘にしか見えなかったが、よく見れば周囲の壁に突き刺さっていたり地面に転がっているものと同じ物だった。

「こいつを……天井に?」

「そうだ」

 そんなことをして何になるのか解らないが、質問したところでどうせ答えてくれないだろう。雅道は不承不承ふしょうぶしょうながら腕を伸ばして、洞窟のような天井にタガネを突き刺す退屈な作業を始めた。


 エリア13へのショートカット。昔は地獄への入口みたいなものだったけど、今は便利な近道としてみんなが普通に使っている。

「ここに、エリカが張りつけになってたの……半年前?」

 今でもその場所は何となくわかる。

「確か、2月の終わりじゃなかった?」

 やっぱり半年ちょっと前なのだ。それなのに、もう1年とかそれ以上経ったような気がする。いろいろ出来事や事件が続いたせいだ。

「あんたがいろいろ活躍してくれたから。連中、ダンジョンでのキノコ作りには見切りをつけたみたいなのよね」

 エリア13への下り坂。前は土や岩屑だらけだったのに、いつの間にか地面はきれいに掃除されている。通るパーティーが増えると、俺がやらなくても掃除はされていくのだ。

「あ……ケーブル引いてある」

 DQの通信ケーブルが天井を這っていった。真っ黒じゃない色のカバーで、壁に半分埋め込んでるので目立たなくなっている。

「DQもいろいろ考えるのね。これで入ってくるパーティーが増えれば、ますますダンジョンでヤバいことはできなくなる」

 先を歩くエリカの髪からいい匂いが漂ってくる。

「それが……DQの目的?」

「たぶん、違う」

「じゃ……なに?」

「マナ」

 エリカが足を止めて振り返ったので、俺はほとんどエリカにくっつくような状態で止まった。

「マナ……あ、浅田会長が言ってた……」

 マナエネルギーによって地下にダンジョンが発生して、マナがある限りダンジョンはどんどん広がって行く。そしてまた曙町あけぼのちょうの交差点みたいな陥没が起こるかも知れない。

 それを防ぐには地下に溜まるマナエネルギーを減らすしかない。そのためにはダンジョンに人が入って行って中から物を持ち出すしかない。俺がスライムをガラスにして持ち出しているように。

「あ……ああ。それが、あのタガネ?」

「そうよ」

 エリカは、たぶんタガネが入っているショルダーに手をやった。

「これをダンジョンに打ち込んでタガネにマナエネルギーが入り込むんだったら、ダンジョンからマナを抜く有効な手段じゃない?」

 確かにそうだ。俺がスライムを探して叩いてガラスにして、砕いて掃き集めてなんて作業よりよっぽど手っ取り早い。

「だったらそれをどんどん打ち込んで……」

 そこで俺は思い出した。ここのダンジョンのどこかで、壁一面にタガネが打ち込まれていた光景を。

「それはこの実験で証明できたらの話しね……でも、もう同じことを大々的にやってる人たちがいるらしいのよね」

「え?」

 エリカはショルダーから例のタガネを取り出した。

「これね、いまどこにも売ってないのよ」

「なんで?」

 エリカが皮肉っぽい笑顔を浮かべた。

「同じようなタガネ作ってるメーカーに問い合わせたんだけどね。今まで年に百本ぐらいしか売れてなかったのに、工具屋でもホームセンターでもネット販売でも全部買われちゃって、どこにも在庫がないんだって」

「誰が、買ったの?」

「さあー、誰かしらねー? でも、あんたもこれを歌舞伎町で見たでしょ?」

「あ……」

 歌舞伎町のゴールデン街、その近くにあった昔の川。暗渠アンキョと呼んでいた地下道みたいなところ。その壁にも何本もタガネが打ち込まれていて、アンキョはなぜかダンジョンになっていた。

「だからねー。これを大量に買った誰かさんは、キノコ屋さんじゃないかって睨んでるの」


 上を向きっぱなしの作業で、牧原雅道の首も背中も腕も悲鳴を上げていた。だがホール全体の半分どころかまだ三分の一も進んでいない。外国人の二人は手際よく壁のタガネを引き抜き終わって、もう新しいタガネを打ち込み始めている。

「くそっ……」

 固く締まった土なので、手の力だけでタガネを挿しこむことはできた。だがもう手に力が入らなくなってきて今は拳で叩いて挿しこんでいる。

「バカかお前、ハンマー使え!」

 男にののしられて、雅道はようやくリュックにハンマーが入っていたことに気がついた。

「最初に言えよ……」

 小声で悪態をつきながら雅道はハンマーを取り出した。一度普通の姿勢に戻ると、また上を向くのがひどく辛い。さっさと終わらせてしまいたかった。

「なんで、50センチ間隔なんだ……」

 それくらい間隔を開けて打たないと天井が崩れると言われたが、雅道は早く終わらせたい一心で次第に間隔を詰めてタガネを打ち込みはじめた。さらに腕がだるくなって力の加減もできなくなって、半分くらい打ち込めば良いタガネを根元まで打ち込んでしまう。

「ああ……もう、面倒くせー」

 間隔を10センチくらいまで詰めて、3本続けて根元まで打ち込んでしまった時だった。

「あ……」

 バラバラと天井から土が剥がれ落ちてきた。打ち込んだタガネも落ちてくる。

「おい! なにやってる!」

 天井から落ちてくる土の量はどんどん増えてきて、崩れる場所も広がり始めた。壁にタガネを打っていた男たちが声を上げて、ハンマーを投げ捨てて逃げ出した。

「おい、ちょっと……」

 立ちすくんでいた雅道は、ようやく事態がもの凄く危険なことに気がついた。このままだと生き埋めになる。

「うわあ……」

 入って来た狭い隙間に体を押し込んだ瞬間、後ろから土や砂が混じった暴風が襲いかかって雅道を包んだ。


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