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第十章 第3話「立川ダンジョン、撤収!?」

 その日、俺とエリカは6組目の入場パーティーだった。

「朝イチで入ったヤツらは全部アレだな、富士見町のアソコ狙いだ」

 杉村のおっちゃんが笑いながら言った。

「オレが来るの待って、並んでやがった」

 西三丁目公園から、道路が陥没した『曙町一丁目交差点』の現場までたどり着いたパーティーはまだいないようだ。

 しかし現場はどうなったのだろうか、転落したトラックとプリウスがあの後で引き上げられたかどうかもわからない。

「こないだ入ったの……23だっけ?」

 エリカに聞かれて、俺はダンジョンマスターのルート記録を確かめた。またバージョンアップされていて、メインのルートは3D表示されている。

「そう、23だな」

 いつものようにエリカが手続きをして、おっちゃんからドッグタグを受け取る。

「りりんんは、その後何か言ってきた?」

 ダンジョンの中でエリカが聞いてきた。

「ライブ、ダンジョンの中でやるんだって」

「うえっ?」

 エリカが大げさな声を出す。

「どーやって? ダンジョンでやって、一千万なんて集まるんだろか?」

「いっ、せんまん?」

 幼稚園のためのチャリティーだとは知っていたけど、そんなすごい金額だとは聞いていなかった。りりんは言ったのかも知れないけど、俺は覚えていない。

「あの幼稚園に空いた穴、調べて埋めてそれから建物の安全検査にそれだけかかるの」

「そんなに集まるのかな?」

「さあねぇ……本人はもの凄く気合い入ってるけど」

「ああ……それで13見てきてくれって言ったのか」

「りりんが?」

「うん……」

「理由聞かなかったの?」

「うん……」

 エリカが呆れたようにため息をついた。

「あんた、りりんに頼まれたら何でもホイホイやっちゃうの?」

 そんなことを言われても、スライム狩りのついでに覗いてくるだけのことだ。ガラス作りの最中に電話で頼まれたので、何も考えないでOKしてしまっただけだ。

 エリカにごちゃごちゃ文句を言われながらスライムの粉を集めて、エリア23まで行ってタガネを回収した。

「やっぱり、タガネが壁を食ってるわね……」

 エリカがタガネを引き抜きながら言った。タガネを打ち込んだ場所は、はっきりわかるほど壁がへこんでいる。

「これ、どーゆう現象?」

 俺が聞くとエリカはちょっと首を傾げた。

「まだよくわかってないけど。こうやって打ち込まれた鋼鉄にはマナが流れ込むらしいの、それでタガネの周囲が集まったエネルギーに浸食されてへこむ……らしいわ」

 エリカの説明を聞いてもやっぱりわからない。エリカは回収したタガネを一本ずつジップロックに入れている。

「それを、ダンジョン博士に調べてもらうんだっけ?」

「そう。それでダンジョンが広がるメカニズムがわかるかも知れない」

「でも、なんでエリカがそれやるの?」

 エリカはジップロックを納めたショルダーのファスナーを閉めて、ちょっと苦笑した。

「この間の国会でね、ダンジョンの崩落で道路に穴が空いた件。総理大臣が質問攻めにったのよ。それで総理が関係する大臣にハッパかけて、大臣は役所の尻を蹴飛ばしたの」

 エリカが『出よう』と首を動かしながら続けた。

「役所はダラダラやってたダンジョンの実情調査を再開しようとしたけどね。前の担当者が移動してたりですぐには対応できないものだから、みんな真柴教授……ダンジョン博士に問い合わせたのよ」

「真柴教授しかいないの?」

「ゼネコンなんかで研究してるところはあるかも知れないけど、公式に研究してるのは真柴教授だけだと思う」

「で……真柴教授がエリカに?」

「直接じゃなくて、桐島さん経由でね」

 文部科学省の『何とか』で巫女の桐島志保さんは、ダンジョンを調べる仕事なのに閉所恐怖症なので中に入れない。それでエリカに回ってきたのか。


 瀧山育人たきやまいくとがオフィスのあるビルから出て、ゆりかもめが頭の上を通る交差点に立った。すぐにマイバッハ62がやってきて育人の前にすっと停まった。後ろの座席には育人の裏の秘書である工藤明日香が常に控えている。

「さいたま新都心のNTビルだ」

 マイバッハの運転手に告げると、スクリーンが上がって運転席と後席を仕切った。

「立川はいまどうなってる?」

 後席が密室になると、育人は工藤明日香に訊いた。

「今は店舗用の釘打ちだけです」

 明日香が答えた。新宿と立川にある『ダンジョンバトルフィールド』の地下で秘密裏に行われているダンジョンマッシュルームの栽培、地下室をダンジョン環境に変えるために使われるタガネにマナを吸収させる作業のことだ。

「他に使っている穴は?」

入間いるま伊勢原いせはら豪徳寺ごうとくじは区役所が塀を作ったので立ち入りできなくなりました」

 豪徳寺ダンジョンは、世田谷区の道路用地を整備しているときに発見されたのだ。わずか3ヶ月で立ち入り禁止の処置が行われてしまった。

「入間と伊勢原はどっちが安全?」

「交通の便が悪いので、伊勢原の方が人は少ないです」

「よし。立川の穴からは完全に手を引いて、伊勢原に回せ」

 キーボードを打っていた明日香の手が一瞬止まった。

「釘を回収しだい、撤収てっしゅうさせます」

「跡を残すな、君が自分で確認してくれ」

 また明日香の手が止まった。

「かしこまりました」

「崩落の危険以上に、DQは中の通信サービス網をさらに広げる気でいる」

 独り言のような育人の言葉に、明日香はちょっと眉を動かした。

「あの崩落事故で、通信サービスと探査を立川に集中させるらしい」

「立川でのアグリ事業はもう無理ですか」

「そうだ……もっと早く見切りをつけるべきだった。ロスカットある?」

 『ロスカット』とは、投資などで損失が決まっている取引を強制的に清算してしまうことだ。この場合は立川でのダンジョンマッシュルーム栽培に関係した『何か』を完全に隠滅いんめつする意味になる。

「関わった人間で危険なのがいないか、濱田に判断させます」


 工藤明日香から『立川撤収&ウォッシュアウト』の指示を受けた濱田は頭を抱えた。タガネ打ちの人手が足りなかったので工藤明日香に助けを求めたのだが、それで来たのが牧原雅道だった。

 ダンジョンの中にタガネを打ち込んで回収する仕事は『裏』でも『表』でもなかった。それだけなら何の犯罪にもならないのだ。それで明日香もヒマを持て余している牧原雅道を派遣したのだが、特大のトラブルを起こす結果になってしまった。

「あいつをどーすんだよ……」

 ダンジョンでの仕事を終えて何事もなく出てきたのなら何も問題はない。だが監督役から聞いた話しでは、牧原雅道が指示通りにタガネを打たなかったために天井が崩壊したらしい。それでニュースになるほどの事故が起こってしまった。

 こんな特大トラブルを起こしたのが不法就労の外国人なら消えてもらう手もあるが、牧原雅道は名の知れたタレントだ。行方不明にでもなったら週刊誌が大喜びする大騒動になる。

「あいつの口が固けりゃいいんだがなぁ……」

 しかしこれまで牧原雅道が起こしてきたスキャンダルの数々を思えば、雅道は間違いなく『絶対に信用してはいけない人間』の部類に入るのだ。

『牧原雅道は放置できないが、どうするかはそっちで決めてくれ』

 濱田としては、その扱いを工藤明日香に判断させるしかなかった。


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