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第十章 第11話「ダンジョン×ダンジョン?」

 久しぶりにエリカから呼び出しがあった。前に牧原雅道が生き埋めになりかけた崩落の現場に行くから手伝えと言うのだ。

 スライム狩りのためにほとんど一日おきに西三丁目公園からダンジョンに入っているけど、時間が惜しいので20あたりまでしか入っていない。

 約束の午後1時少し前にエリカの赤いインプレッサがやってきた。仕事があって幼稚園の贈呈式には来ていなかったから、会うのはりりんのチャリティーライブのとき以来だ。

「おひさ、変わりない?」

「通信制の高校に編入することにした」

「それはよかった、結構心配してたのよ。通信制って、オンライン?」

「駅の近くにキャンパスがあって、そこに週何回か通う」

「へー、いろいろあるんだ」

 エリア13へのショートカットを下る。俺たちより少し早く入ったパーティーがいるらしい、声が聞こえる。

「幼稚園の陥没かんぼつで、キノコ屋さんたちが困ってる」

「栽培場所……なくなったから?」

「ちょっと手が込んでてね、もうダンジョンで栽培はやらなくなったのよ。ダンジョンではタガネにマナエネルギーを取り込ませるだけ。そのタガネを外に持って行って使うの」

 前に、新宿のゴールデン街で見たやつだ。すると……俺が工藤明日香に捕まったときに見たのは、タガネを回収するところだったのだ。

「そのタガネが、陥没のときにごっそり埋まっちゃったらしいのね」

 牧原雅道が生き埋めになりかけたのはエリア27の横穴、俺が工藤明日香に連れ込まれたのはたぶん25あたり。あの辺でタガネの作業が行われていたのだ。

「そうなんだ……」

 せっかくりりんとのことで忘れていたのに、俺はまた嫌なことを思いだしてしまった。

「マナタガネは新宿と立川のダンジョンバトルフィールドで使われているらしいんだけど。幼稚園の地下で埋まちゃったから、足りなくなってキノコ屋は外国から輸入までしてる」

「それ……俺にしゃべっちゃっていいの?」

「一緒に危ないことやるパートナーでしょ? 自分がなにやってるのかしって貰わないと……ところでりりんとは上手くやれたの?」

 いきなりエリカにそんなことを言われて、俺は言葉が出なくなった上につまづきそうになった。

動揺どうようしてるとこ見ると、失敗したのか?」

「いや……失敗って……」

「りりんも初めてだって言ってたからさ。男も女も初めてだと、すごい大変なんだよ」

 俺に告ること。それをりりんがエリカに許可して貰った。だからからエリカはそこまでは知っている。でも俺がりりんの部屋に泊まったことまで知っているはずがない。

「そこまで……行って、ない」

「やっぱり暴発したか。だからあたしで済ませておけば良かったのに」

「違うよ」

 恐くてできなかったなんて、恥ずかしくて言えない。

「りりんがあんたの家に押しかけてきたの?」

「いや……」

「まさか一緒にホテル行ったなんてこと、ないよね?」

 もう、俺がりりんとある程度のところまで行ってしまったのは認めたも同然だった。どうやってもエリカには吐かされる。

「りりんの……部屋」

「実家? 高尾のおそば屋さんで?」

「いや、あの……西荻にしおぎに、アパート……借りてて……」

「へー、自分のとこにあんたを連れ込んだんだ。意外と積極的ね、なのに最後まで行ってないの?」

「だって……告られて、その日って……マズくないか?」

「そんなもの、本人たちが決めることでしょ。つまり……キス止まり?」

「うん……」

 一緒のベッドで寝て、ちょっとお互いに体をまさぐりあったりはしたけど。できたのはそこまでだった。

「まあ、彼女ができたことであんたも男として少しは成長できるんだから。良いコトよ」

 相変わらず、俺はガキ扱いだった。まあ……事実ガキなのだが。

「この、割れ目みたいなとこ。ここにあいつが挟まってた」

 レベル27の、30センチちょっとの隙間。その奧が幼稚園下の陥没したところだ。

「入れる?」

 エリカがライトで中を照らしてぞき込んだ。

「ほとんど埋まって……あれ?」

「どうしたの?」

 牧原雅道を引っ張り出したときには、奧はほとんど土の壁みたいになっていた。それが今は穴になって通れるような感じだ。

「前は……埋まって入れなかったのに、誰か入ったのかも」

「くそっ……」

 エリカが小さく舌打ちをした。


 そのころ。錦町にある『ダンジョンBattleField立川』では、牧原雅道が度重なるシステムエラーにうんざりしていた。

 最終ステージのボス戦手前で、何度やってもプレーヤーと映像の動きが一致しないのだ。

 最も盛り上がっていざボス戦となる重要なシーンで、攻撃がヒットしているのに敵キャラが倒れないでプレーヤーのダメージになる。これではプレーヤーが怒ってしまう。

『マテリアルツールの不具合みたいです。全部チェックしますので、今日はここまでです』

 オペレーターの声がスピーカーから流れて、雅道は不機嫌そうに呻いた。

「何だよ。毎回ここでひっかかって先に行けないじゃないか!」

 オープンまであと2週間を切っているのだ。来週にはゲストタレントが来てお披露目イベントが行われる予定になっている。

 雅道はぶつぶつ文句を言いながら非常階段へのドアを押した。階段を昇って1階が出口だが、雅道はちょっと考えて、『関係者以外立ち入り禁止』の札がついたチェーンを潜ってさらに地下へ向かった。

 地下2階はコインパーキングで、地下3階は機械室になっている。はずだった。

 地下3階のドアは鍵がかかっていなかった。音を立てないようにドアを開けると、中はまばらに照明が灯っている。電源の設備がかすかに音を立てているが、人気はまったくない。

「何もないじゃないか……」

 雅道が部屋の中に入って、中を見回しながらそうつぶやいたときだった。『ゴトン』と重い金属音が部屋に響いた。見ると、部屋の隅にある大きなマンホールの蓋が下から持ち上げられている。

「やべえ!」

 あわてて雅道が電源ユニットの陰に隠れたとき、マンホールの蓋が横にずらされてそこから人が出てきた。3人、何か話しているのだが何語なのか雅道にはわからなかった。

 照明が消され、部屋の中は電源ユニットの小さな明かりだけになった。ドアに鍵がかかる音がして、雅道は恐怖で背中に汗が流れた。

「うわ……閉じこめ、られた?」

 暗さに目が慣れると、電源ユニットの小さな明かりでも部屋の中が何となく見えるようになった。ドアまで行って鍵を確かめると、部屋の中からはレバーを回せば開けられることがわかった。

「まったく……びっくりさせやがる」

 スイッチを探し出して照明を点けて、雅道はさっき男たちが出てきたマンホールを調べに行った。

「持ち上げて……こっち、回すのか?」

 意外と簡単に鉄蓋は持ち上がり、支柱がついていて横にずらすことができた。下の暗闇からは『もわっ』と湿気を含んだカビ臭い空気が立ち昇って来た。

「照明、ないのか?」

 スマホのライトで照らすと、何メートルか下までハシゴが伸びていた。

「ここの、写真……撮れってか?」

 恐る恐る、雅道はハシゴに足をかけて穴に降りた。

「あ……タガネ……ここで?」

 そこは壁にも天井にも、コンクリートの一面にタガネが打ち込まれていた。そして金属の組み立て式ラックにぎっしりのプランター。雅道にも、それがダンジョンマッシュルームの栽培だとわかった。

「ヤバいよ、ヤバいよ……」

 部屋の奥まで金属ラックとプランターが並んだ様子をスマホで撮影した。だが電波は圏外なのでここからすぐに御崎エリカに送ることはできない。

「こんな……ヤバいことに巻き込みやがって。あいつのせいだ!」

 工藤明日香を呪いながら、雅道は腹立ちまぎれに壁を蹴りつけた。

『ぼこん』と虚ろな音がして、打ち込まれていたタガネが何本も床に落ちる。

「あれ?」

 コンクリートにひびが入っていた。よせばいいのに、雅道はもう一度そこを蹴った。呆気なくコンクリートに穴が開き、そこからひんやりした空気が流れ込んできた。

「うわ……やばい……」

 それだけではなかった。蹴って開いた穴の周りがどんどん崩れて向こう側に落ちて行く、壁だけでなく床までバラバラ割れて崩れていく。

「うわ! うわ!」

 雅道は慌ててハシゴにとりつき、何度か足を滑らせながら機械室にい上った。マンホールの蓋を閉める余裕もなく、何度かドアをガタガタ揺すってから鍵を外すことを思いだした。

「はあ。はあ……どう、すっかな……これ」

 地下一階に戻って、何食わぬ顔で従業員用ロッカー室に入って私物を取りだした。

 雅道はここの従業員ではないのでIDカードをタッチする必要はない、管理室の入退館名簿には今より30分くらい早く退出したように時間を書き入れておいた。

『地下3階の機械室の下』

 足早にダンジョンバトルフィールド立川を離れながら、雅道は御崎エリカにメールを打った。少々薄暗いが写真も添付した。後でこれは消去しておくべきだろう。

 翌日『出勤』した雅道は、すぐに支配人に呼び出された。

「牧原さん。昨日の帰りに、何かおかしな物を見なかった?」

「おかしな物って……どんな?」

「普段は見かけない人間とか」

「いや……ああ。俺が帰ろうとしたとき、裏に工事か何かの外国人がいたけど」

「ああ、いや。そいつらはいいんだ。パーキングの工事だろうから」

 何だか歯切れが悪く曖昧あいまいなままで話しは終わり、雅道はまたテストプレイに入ることになった。

「いつまで、こんなことやらせるつもりだ?」

 これは俳優の仕事ではない。

「よし。ボス前クリア!」

 それでも初めてラスボス戦に突入できて、雅道は鬱屈うっくつを忘れた。

「よしっ! でも、こいつ意外とチョロくないか?」

『ソロのプレーヤー用にレベル低めになってます。パーティー用だとまず一人じゃ無理でしょう』

 たおれたボスキャラからオペレーターの声が聞こえた。

『あと、囚われのお姫様と会ってエンドです』

「どうせならそこまで見せろよ」


 一週間後。『ダンジョンBattleField立川』のエントランスはフラワーアレンジメントが立ち並び、コスプレイヤーが派手なパフォーマンスを繰り広げてオープニングセレモニーが始まっていた。

 派手な装飾てんこ盛りの3輪トライクが轟音を響かせてやってきた。オープニングスペシャルゲストの到着だ。

「こんにちはー! 戦うダンジョンアイドル、輝沢りりんでーす!」

 どこかのRPGゲームキャラのような衣装でりりんが声を張り上げると、そこら中を埋め尽くした人の群れから地響きのような歓声が沸き起こった。

「今日はー! ダンジョンバトルフィールド立川のオープニングセレモニーに招待していただきましたー! ありがとうございまーす!」

 建物正面の大型ビジョンに、飛び跳ねて手を振るりりんがアップで映し出された。付近のビルで窓が割れそうな大歓声が起こる。

「あれが、演技してるなんて……誰も思わないよな」

 俺は群衆から少し離れた歩道に立って、りりんが映っている大型ビジョンを見上げていた。あの中に混じるのは嫌だった。まあ、こっちの歩道もびっしり人が並んでいるのだが。

「あれ、牧原雅道じゃない?」

「あ、本当だ」

 周りでそんな声が聞こえた。でかい剣を背負った戦士がやってきて、りりんの手を取ってエスコートして行く。確かに牧原雅道だ。

「あの野郎……よくもヌケヌケと……」

 手袋ごしではあるけど、あいつがりりんに触るなんて許せない。りりんは絶対嫌がっているはずだ。行ってあいつを蹴飛ばしてやりたかった。

「さてと……」

 これからりりんと牧原雅道が、中のイベントを紹介する映像が延々映されるらしい。腹が立つので見ていたくはないけど、興味はあった。それにそのうちりりんが一緒に行こうと言い出すかも知れない。

「時間のムダかも知れないけど、見てようか……」

 そう判断したのは正しかった。もし帰っていたら、俺はひどく後悔しただろう。


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