俺はちょっとだけ格好をつけた。と言っても一番新しいジーンズにユニクロで買った新品のボタンダウンの白シャツを着ただけだ。通信制の高校生ができる格好付けなんてこんな程度だ。
工房に降りて、昨日から何度も閉めてはまた開けて中を確かめているアクセサリーケースをまた開けた。りりんへのプレゼント、紅いガラスのダリアがついたピアス。
会心のでき映えと言う自信はないけど、誰にも真似のできない俺だけの作品だ。
「お兄ちゃん。いいかげん、箱壊れるよ」
リボン掛けは佳子に頼んでいるのだけど、俺がちょくちょく中を見るものだからまだかけられずにいる。
「こんにちはー!」
学校が終わってまっすぐ来たようで、セーラー服姿の彩乃が元気よく入ってきた。やりたいことが見つかったからなのか、それともりりんのパワーにあてられたのか。前とは別人のような元気さだ。
「あ! マイスター。それ、りりんさんのプレゼントですか?」
「あ……そう」
「見せて見せて!」
そう言えば、彩乃にはまだ完成品を見せていなかった。
「わ。すごい、キレイ! 結局、どうやったんですか?」
「バーナーで熱かけながら、ピンセットで花びら一枚ずつ引っ張ってのばした」
「えー? それでこんな形になるんですね。これ、売り物になりますよ」
でも、これを仕上げるまでに使った日数を考えたら何千円とかでは売りたくない。それにダリアはりりんのために作ったのだから、何万円でも売りたくない。
「赤はもうないけど、紫の着色剤だったらたくさん残ってる」
「あ。だったらこんど、キキョウ作ってみていいですか?」
工房の前にタクシーが停まって、りりんが降りてきた。わかば幼稚園の名誉園長として園のクリスマス会に出ていたのだ。
「おまたせー!」
髪にキラキラの何かをくっつけたりりんが工房に入ってきた。
「それ、なに?」
「園児ちゃんたちにデコレーションされちゃったの。あ、彩乃ちゃん制服?」
「あ……学校終わって、まっすぐ来ました」
佳子が俺の手からアクセサリーケースをひったくるようにして持って行って、居間のテーブルであたふたしながらリボンをかけている。
「彩乃ちゃん、もっとスカート上げなさい」
そう言うなり、りりんは彩乃の上着の裾から手を入れてスカートの端をぐいぐい折りはじめた。
「あっ、あっ……」
膝が隠れるくらいだった彩乃のスカートを、りりんは一気に膝のはるか上まで引き上げてしまった。
「ほら。この方が絶対似合う」
今までジーンズかひざ下スカートの姿しか見たことがなかったけど、長い脚が見えると彩乃はすごく見栄えがした。
「恥ずか、しい……です」
少し前かがみでスカートの裾を手で押さえながら彩乃が言う。
「慣れなさい。見られたらもっと
「あっ、はーい!」
佳子がリボンをかけ終わった箱を俺の手に押し付けた。
「あ、あの……りりん」
「はい」
「これ。プレゼント、作った」
「えっ? えっ? ホント? わ、嬉しいー! 開けていい?」
佳子がかけてくれたリボンだけど、ものの10秒くらいしか役に立たなかった。
「わ! キレイー! すごーい! 圭太さん作?」
「ガラスのとこだけね」
「圭太さん、つけてつけて」
つけていた銀色のピアスを自分で外して、りりんがダリアのピアスを俺にわたした。
「えっ?」
女の子の耳にピアス挿すなんて、当然だけどやったことがない。
「いや……ちょっと、やったことないから」
「いいから。もう穴は開いてるの」
言われて、ちょっと手が震えたけど。無事にダリアのピアスをりりんの耳たぶに挿した。
「わー! つけたらもっと色キレイに見える」
佳子と彩乃が声をそろえて言う。確かに、白い肌の上だと赤いガラスがすごく鮮やかに見えるのだ。ちょっとだけ自分の技術に自信が持てた。
りりんがコートの内ポケットから細長い箱を3つ取りだした。
「これ、圭太さん。こっち佳子ちゃんと彩乃ちゃんの。あたしからプレゼント」
「きゃー!」
「二人はあたしとお揃いだよ。圭太さんのは色とサイズ違うけど、これのペア」
りりんが腕のBABY-Gを見せながら言った。
「ベルトが特注で、あたしのロゴ入りだよ」
また佳子と彩乃が悲鳴を上げた。
「開けて……いいか?」
「もちろん、つけてつけて」
「ありがとう……これ、高いんじゃないのか?」
「気にしないでいいから」
俺がいま付けている千円の安物と比べたら、もうどこを見たらいいのかよくわからない情報量多すぎの文字盤だった。
そのままりりんが待たせていたタクシーに乗って、緑町のグリーンスプリングスに向かった。名所になっているクリスマスの特別イルミネーションをみんなで見たいと、りりんのリクエストだった。
二人っきりのデートじゃなかったのはちょっと物足りないけど、俺は贅沢を言える立場じゃない。
イルミネーションがものすごく見物の人が多かったけど、そのおかげでりりんは人混みに紛れて目立たない。どっちか言うと彩乃の方がすれ違う人の視線を集めている。
「彩乃ちゃん、あたしのバックダンサーやってくれないかな?」
「本人に聞けよ」
ダンジョンでのチャリティーライブで佳子と彩乃がちょっと踊ったけど、佳子はともかく手足が長い彩乃はりりんより目立っていたのだ。
「去年は、西荻のマンションで一人っきりだったの。その前は楡坂のみんなと一緒に、寮でパーティーとかしてたけど」
りりんが俺の腕にすがって歩きながら言う。
「だから今年は、あたしの人生で一番幸せなクリスマスだよ」
「俺も……」
『彼女』がいるクリスマスなんて、去年は想像もしていなかった。去年の今夜、俺は何をしていたのだろう。
「実はね……」
りりんが大きな建物を指して言った。
「あそこであたしたちを待ってる人がいるの」
「え? 誰が?」
「行けばわかる」
りりんは俺の腕にすがったまま、佳子と彩乃を手招いてそこへ向かう。どうやらレストランらしい。
「御崎さんと、待ち合わせです」
レストランの受付で、りりんは店員にそう伝えた。
「御崎、さん?」
「だよ」
「なんで?」
「いいから」
ウエイトレスは俺たちを大きな窓の傍で、個室みたいなテーブル席に案内してくれた。
「あ……」
そこにいたのはエリカと有藤さん。それに巫女で文科省の桐島さんとテキヤの片勢さん。キャンドルが灯ったテーブルで、もうみんな何かを飲んでいる。
「デートの邪魔して悪かったわね」
エリカは白いセーターにパンツだけど、胸元に横長の隙間が開いて谷間が見えている。
「別に……妹と弟子が一緒だからデートになってないし」
「あら、あんたたちお付き合いしてたの?」
片勢さんに聞かれて、俺はどう答えていいのかわからなかった。
「一般人とのおつきあいだから、非公開です」
代わりにりりんが小声で答えてくれた。
「りりんのスケジュールがここしか空いてないって言うから、無理言って割り込ませてもらったの。りりんも何か飲む?」
「エリカさんの、それ。なんですか?」
「ジントニック、ミルクは入ってないよ」
「それじゃ、あたしもそれもらいます」
未成年の3人は、当然ジンジャーエールやコーラ。俺があっちに入れるまで、あと2年もある。
『それまで、りりんと一緒でいられるのかな……』
りりんと交際を始めてまだ2か月にもなっていない。ラインのやりとりは毎日だけど、会えるのは多くても週に1回。これでこの先何年も続いて行けるのか、俺はぜんぜん自信がない。
「皆さんのおかげで、ダンジョンでキノコを作ってた組織は壊滅しました。感謝しています」
エリカが、椅子から立ち上がってそう言った。
「バトルフィールドの方はどうなったの?」
「経営してる会社が変わってそのままやってます。あたし来年、公式サイトの動画に出ます」
俺の質問にりりんが答えてくれた。
「オウンゴールを何発も決めてくれた牧原のバカにも感謝しないとな」
有藤さんが言って、エリカがちょっと苦笑いした。
「そう言えば、あいつどうなったの?」「牧原って、アイアンディアスさん?」
ダンジョンバトルフィールド立川の地下駐車場にりりんを置いてけぼりにして逃げて、その後のことは知らない。
「ああ、そいつのことさ。あいつプロダクションをクビになったよ。事務所の女子高生タレントに何かやらかしたらしい」
「うわ、最っ低……」
りりんが吐き捨てるように言った。
「やっぱり、どーしょもない男」
エリカも低い声で牧原を
「あいつのマネージャー、何年やったの?」
エリカに聞かれて、有藤さんがニヤッと笑った。
「一週間であいつがクズなことはわかった。でも伯母さんに頼まれたんで、何とか一年だけガマンした」
そのときりりんが俺の耳に口を寄せてきた。
「ね……エリカさんと有藤、おつきあいしてるって聞いた?」
「え? 知らない。何で?」
「なんか、二人の雰囲気そんな気がする」
飲み屋で生ビール連続一気飲みしたエリカを有藤さんが送って行って、俺はその後のことは知らない。
「それって、マズい?」
「フツーの女の人よりエリカさんの方がいい。有藤も危ない人間だから」
有藤さんが濱田たちを返り討ちにして、さらに拷問して情報を吐かせたことをりりんは知らないはずだ。でもダンジョンの中で半グレ3人をあっという間に倒したのは、俺と一緒に見ている。
「有藤さんの履歴書とか、見た?」
ジントニックのグラスを唇にあてながら、りりんが小さく首を振った。
「マネやってもらえるか聞いて、ギャラ交渉して
『名前を言えないところの名前を言えない人』のガードマンをやっていたと言ったけど、それはヤクザとかの反社会的勢力じゃないってことだ。
「まあ……そんなことで。悪いやつらは全部、めでたく滅びたのね」
エリカがテーブルのみんなを見回して言った。
「そしてダンジョンを食い止める方法も見つかった……で、いいのよね?桐島さん」
「ええ。まだ……実験段階なんですけど。世田谷では鋼鉄の杭を打ってケーブルを繋いで、マナエネルギーを大気放散することでダンジョンの成長を抑え込めています」
すると、曙町の交差点や幼稚園みたいな陥没事故が起こる前にダンジョンの成長を止めることができるのだ。
「それ、こっちでもやるんですか?」
俺の質問に、桐島さんはあの『普通の笑顔』を向けてくれた。
「立川ぐらい大きくなったダンジョンでは、また別の方法を考えないといけません」
「立川市は止めるよりもダンジョンを活用するつもりらしいし」
「えっ?」
片勢さんがそう言ったのでみんなが声を上げた。
「まだ企画の話だけど、ダンジョンを観光スポットにして外国人観光客を呼ぶつもりらしいよ。市で
「あ……あ、そういえば。今度、通訳付きのパーティーの、ガイドってあるから……18になったら登録しろって、言われました」
「りりんは1月になったらエリア13でレコーディングだし。立川はダンジョンで稼げる町になるようだな」
有藤さんが言って、みんな納得したように頷いた。ワゴンが来て、シャンパンのボトルが入ったバケツが運ばれてきた。
「そんな事情もあるなら、ますますお祝いの価値があるわね。シャンパンで祝杯よ、未成年はノンアルだけど」
細長いグラスにシャンパンが注がれた。
「いろいろあるんだけど、何に乾杯?」
グラスを持ってエリカが言った。
「ダンジョンと、ダンジョン野郎に」
有藤さんが言うと、エリカが笑った。
「こんな、女ばっかりの席で? まあいいか。ダンジョン野郎がいなかったら、あたしもこうしてはいられなかったからね」
エリカがちらっと俺を見て、グラスをかざした。
「素晴らしきダンジョン野郎に、乾杯!」
【リアルダンジョンにはカネも名誉も何もねえ!】
END