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第十一章 第12話「退場」

 大勢がいるとは思えない静まり返ったホールの中で、顔にエリカのツブテをくらった二人のうめき声だけがかすかに聞こえていた。

「俺たちはあんたらをかなり痛い目に遭わせて放り出すつもりだが、こっちの恐いヒトはあんたに何か喋ってもらいたいことがあるらしいぜ」

 有藤さんが静かに言った。

「喋るようなことは、何もねえ!」

 濱田がわめいたけど、声には完全に勢いがなくなっている。

「まあ……あるかないか俺は知らないが、あんたらはこれから頭の中にあることを全部吐くことになる」

 有藤さんが不気味なくらい平静な声で言った。

「ここは汚すわけにいかないんで、もっと奧に行こうか」

 十数人に取り囲まれて、濱田たちは連れて行かれた。

「あんたは……ああ、ここの点検? 終わったら帰ってて」

 エリカが憂鬱そうな顔で言って、濱田たちの後をついて行く。

「あいつら、どう……なるんだ?」

 何が何だかよくわからないけど、俺はホールの中を点検して回って。何も異常がないことを確かめた。ホールから出て出口へ向かおうとしたとき、ダンジョンの奧から嫌な叫び声が響いてきた。

「拷問……されてるのかな?」

 濱田に同情する気なんか1ミリもなかったけど、エリカもその場にいるのかと思うと気が気じゃなかった。

「おお……御崎さんはどした?」

 外に出ると、杉村のおっちゃんがいつものように座っている。何だかそれが、かえって普通じゃないような気がした。

「いま、他の人たちと一緒に……後から出てくると思います」

 俺は何だか気が抜けて、おっちゃんの後ろで芝生に腰を下ろした。1時間くらいぼーっとしていただろうか、エリカと有藤さんが出てきて、その後ろから数人に支えられた濱田たちが出てきた。そのうち二人は歩くこともできないらしくて、完全に引きずられている。

「帰れって、言ったでしょ」

 エリカが、もの凄く暗い表情と声で言った。

「どうしたの?」

 エリカは答えずに、速足でトイレに向かった。

「有藤さん、そいつらよ。銀色のハイエースで来て、まだどっかに待機してるはずだぞ」

 杉村のおっちゃんに言われて、有藤さんは濱田の前にしゃがみこんで何か話していた。濱田の顔は土気色で無表情。眼を閉じたら生きているのか死体なのかわからない。何をされたらあんな状態になるのだろう。

「有藤さん、この辺でお酒飲めるとこ知らない?」

 トイレから戻って来てエリカが言った。

「多磨信ホールの交差点のとこ、チェーンの飲み屋ならあるよ」

 未成年だけど、こんなことは地元だから知ってる。5時近いからもう開いているはずだ。

 どこからか銀色のワンボックスがやって来て、それに濱田たちが押し込まれている。全員がまるで、酔っ払いかゾンビみたいな状態だった。

「あいつら、どう……なったの?」

「いいから」

 ダンジョン探索者の集団が、おっちゃんと有藤さんに挨拶して引き上げて行く。顔見知りの人もいて、俺に手を振っていく。

 俺は飲み屋までエリカと有藤さんを案内した。

「おっと、帰らないでくれよ」

「なんで……」

「君がいれば、彼女はまだ正気でいられる。頼む、焼き鳥でも食っててくれ」

 有藤さんが俺の耳元で言った。何だか恐ろしいことになってしまった。

「う……」

 まだお客さんは俺たちだけの静かな店の中。乾杯も何もなしで、エリカはいきなり中ジョッキのビールを一気飲みしてしまった。有藤さんが何事もなかったかのようにエリカのお代わりを頼んだ。

 エリカは2杯目の中ジョッキもひと息で飲んでしまった。向こうで店員が立ちすくんでいるけど、有藤さんは黙ってちびちびとビールを飲んでいる。

 3杯目の途中でエリカはジョッキを置いて、速足でトイレに行った。

「人間が……人間の精神が壊れていくのをずっと見てたからな……」

 有藤さんがぼそっと言った。

「何を……やったんですか?」

「仰向けに寝かせて、手足おさえつけて……何人か交代で、頭のてっぺんを軽く蹴り続けたんだ。それを5分も10分も続ける」

「それで……あんなに?」

「若いやつらは5分で悲鳴上げた。聞いてないことまで何でもべらべら喋ったよ。濱田のヤツは15分耐えたけど、耐え続けた分ダメージがあとを引くだろうな」

「そんな、ことで?」

 血も出ないし殴りもしないのだ、俺が考えていた拷問とはぜんぜん違う。エリカの連続一気飲みで麻痺していた俺は、ようやくストローでコーラを飲んだ。

「なんで……エリカも?」

「奴らから聞き出したいことは、彼女しか知らないことだからだ」

 エリカがトイレから戻ってきた。化粧を直したらしくて顔が明るく見える。座って、初めて俺がいるのに気が付いたように視線を向けてきた。

「付き合わせてごめんね」

 まだエリカの声はどんより暗いままだった。

「大丈夫?」

 間の抜けた質問だと自分でも思ったけど、そんなことしか言えなかった。

「これでもう、ダンジョンの中でキノコは作れなくなった……でもあたしは、胸の中におっきな真っ黒いトゲがざっくり刺さった気がする」

「吐き出せなかったか?」

 有藤さんが言うと、エリカは口元だけで笑って首を振った。

「ジョッキ2杯でも足りなかったみたい」

 エリカは飲みかけのジョッキに手をかけたけど、店員を呼んでウイスキーの水割りを頼んだ。頼んだ焼き鳥とかフライドポテトとかはまだ来ていない。

「手伝ったみんなは、あれ平気なの?」

「自分たちが何をやっているのか知らなければ、まあ平気だろう」

「連中と私だけが大ダメージなのね」

「俺だって平気じゃないさ」

 運ばれてきた水割りを、エリカはそっと一口飲んだ。一緒に運ばれてきたポテトフライのにおいで、俺は腹がへっていることに気が付いた。

「芸能マネージャーの前に、なにをやってたの?」

「名前は言えないところで、名前を言えない人のボディーガードをやったことがある」

「あの、尋問テクもそのとき?」

「さあ?」

 よろめくエリカをタクシーに乗せて、有藤さんが送って行った。「もうダンジョンでキノコは作れない」と言ったエリカの言葉が耳に残っていた。


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