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第十一章 第11話「エリア13の罠」

 圭太とエリカがダンジョンの中へ入っていくのを見届けると、杉村のおっちゃんは『昼食中 入場者は必ず名簿に必要事項を記入してタグを着けてください』と机に札を置いてテントから出て行く。

 それを待っていたように、トイレの陰で圭太を見張っていた男が携帯で話をしながらテントに近づいた。

「そうです。あの、御崎って女と一緒に、ついさっき入って行きました。例の公園です」

 しばらくして銀色のハイエースが公園にやって来て、6人の男を降ろした。

「呼ぶまで、どっかで待機してろ」

 そう言ったのは濱田だった。

「いいか。もう容赦はしなくていい、あの女の息の根止めろ。逆らったら小僧も道連れにしていい」

 男たちに不穏な指示を与えて、濱田は男たちを率いてダンジョンに入って行った。


「エリカも……りりんのCDのことで?」

「そっちは関係なくて、あんたに便乗させてもらったのよ」

 ヘッドライトの反射で、エリカの笑みが妖しく映えた。俺はものすごく嫌な予感がした。

「じゃ……やっぱり、エリカの仕事だ」

「仕事と言うか……なり行きでこうするしかなくなったのよね」

「なり行きで、何を?」

「工藤明日香が消えたの」

 明日香の名前を出されて俺は一瞬息が詰まった。

「4日前に香港に向かって、その先の足取りがわからないらしい」

「逃げたの?」

「たぶんね。香港に渡って時間稼ぎをして、そこからタイやフィリピンみたいなユルい国に移って現地に紛れ込むのがよくある手段よ」

 俺とエリカと、りりんも加わって。結果的に立川と新宿のダンジョンマッシュルーム不法栽培を潰してしまった。それで、明日香の組織が破綻したのだろうか。

「そしたら、インターポールに頼むの?」

 エリカがちょっと憂鬱な顔で首を振った。

「今のところ明日香には、インターポールに手配を依頼するような罪状がないのよ」

「調布のダンジョンで、エリカと俺を殺そうとしたじゃない」

「殺意を否定されたらそれまでよ。逮捕案件じゃないから国際手配にはならない」

「じゃ、何で逃げたの?」

 エリア13へのショートカット。今の、この大変な状態はここでエリカを助けることになって始まったのだ。まだ一年も経ってないのに、ずいぶん前のことに感じる。それくらい、今年はもの凄い勢いでいろんなことが起きた。

「取り調べから逃げたのよ。参考人で任意の取り調べはできるからね」

 俺はちょっと考えた。

「背後に……黒幕がいる?」

「そんなところね」

 エリカが笑いながら言った。確かに、あの何とかってベンツのリムジンみたいな車はウン千万円するって有藤さんが言っていた。あれが工藤明日香の自家用車のはずがない。

「バックにスポンサーがいて、明日香は指示役。その明日香がいなくなったものだから、キノコ屋の実行部隊はいま丸裸になっちゃったの」

「あ……濱田?」

「そう。今頃あたしたちを追いかけて来てるはずよ」

「え?」

 やっぱり、エリカはとんでもない物を担いできたのだ。

「どう……する、の?」

「心配するな。準備はしてある」

「どんな?」

「行けばわかるわ」

 ショートカットの上の方から、人の気配が伝わってきた。

「あんたは何もしなくていいからね。っていうより、危ないから何もしないで」

 因縁の、エリア13のホール。入ったのはりりんのチャリティーライブ以来だ。

「……あれ?」

「ん? どうした?」

 俺はホールの中を見回した。前と同じがらんどうのホールだけど、何かが違った。

「なくなってる……前の、嫌な感じが」

 りりんのチャリティーライブで入ったときも、やっぱり何かどんよりした雰囲気があったのに。それが消えている。

「ああ……言われてみれば、何か空気違うね」

 空気が軽い。そんな感じもした。

「もしかして……りりんの、声のスキルかな?」

 りりんがダンジョンで発揮するスキルは、声でスライムを溶かしたり他のスキルを無効化させることがある。ついでに歌で人を泣かせる。ホールに籠もっていた嫌な怨念なんかを吹き飛ばしてしまったのかも知れない。

 そんなことを考えていると、人が近づいてくる気配がした。

「来たわね」

 エリカがつぶやいた。俺のヘッドライトの中に、嫌になるほど何度も見た濱田の顔が浮かび上がった。

「よお二人さん。こんなところでデートかい」

 冗談ぽい口調だけど、濱田の顔はぜんぜん笑っていない。

「あんたたちこそ、こんなところウロウロしてる場合なの?」

 濱田の後ろからさらに5人入ってきて、俺たちは完全にホールの出入り口を塞がれた。

「動くんじゃないよ、何もしないで」

 エリカが小さな声で俺に言った。きっと何か仕掛けがあるのだ。

「俺たちも忙しいんでね。あまりウロウロしたくはないんだが、どうしても片付けなくちゃならないことがあるんだ」

 『それって、俺とエリカのことだ』鈍い俺でもそう気がついた。

「工藤明日香に見捨てられても、まだお仕事続ける気なの? 濱田さん」

 いつものことだけど、エリカはこんな状態でも余裕で話してる。

「あいつがいなくなればもう縛りはないんでね。それに、あいつだって機会があればあんたを消す気でいた」

 俺たちの後ろ、前にハシゴがかかっていた縦穴でかすかな音がした。

「もう二度と邪魔はさせない。済まんが、その小僧も一緒に来てもらう」

「どこへも行かせないよ。お前らをな」

 その声は縦穴の上から聞こえた。声と同時に人が飛び降りてきた。

「あ……有藤さん?」

「何だてめえは!」

 濱田がわめいた。有藤さんは最初からここで待っていたらしい。でも相手は6人もいるのにどうするのだろう。

「何だとかれりゃ人間だと答えるしかないな。ダンジョン野郎とでも名乗っておくか」

 有藤さんは持っていた鉄パイプのステッキで壁を打った。『カーン』とホール中に音が反響して、それが合図だったみたいで入口から人がなだれ込んできた。

「何だお前ら!」

 また濱田がわめいたけど、ヘルメットをかぶって手に手に鉄パイプやバットを持った集団を見て完全に動揺している。

「濱田さん」

 エリカの、不自然なくらい落ち着いた声。

「あんたたちは金目当てで、ダンジョンでキノコを作った。探検で迷い込んだ邪魔者を消したりして、散々ダンジョンを汚したのよ。この人たちは、ダンジョンを修行の場のように考えている真剣な探索者たちよ」

「修行だと? バカバカしい!」

「解らんだろうなぁ」

 有藤さんが言った。

「でもダンジョン野郎から見れば、あんたらは神聖な道場に土足で上がり込んだ上に小便を撒きちらしたも同然だ。許せるようなものじゃない」

「許せなかったらどうだってンだ!」

 濱田の声と同時に、横にいた2人が隠し持っていたナイフを抜いた。

「がっ!」

「ぐあっ!」

 その瞬間に、エリカの腕が目にとまらない速さで動いた。二人が顔を覆ってナイフを取り落とす。

「動くんじゃないよ、次は急所行くよ。運が悪かったら死ぬ」

 一瞬で二発のツブテを打ったエリカが、静かな声で言った。


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