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第79話【ルーカスSide】


 小さな頃から勝手知ったる、皇宮の中をすいすいと歩いて行く。


 俺がどこにいようが、何をしていようが、誰も何も気に止めることすらない。


(殿下の幼なじみであり、一番近くにいる人間)


 という称号のおかげで、本当にこんなにもあっさりと、一切、誰にも警戒されることがない俺は、すれ違って会釈をしてくる侍女に、挨拶をするように、にこりと笑みを向けたあと……。


 小さな頃、殿下と見つけた皇宮の庭にある壁に出来た、未だに修復されていない『ぽっかりと出来た穴』に辿りつく。


 丁度、その付近一帯は、何種類かの野草に覆い隠されて見えなくなっているため、この場所を知っているのは殿下と俺と、あともう一人だけのはず……。


(昔は、それこそ、俺と殿下、二人だけの、秘密の場所だったんだけどなァ……)


 この壁の下に生えている野草のひとつ、四つ葉のクローバーをここに来る口実として、俺達は……。


 ――殿下は、よくここにやって来ていた。


 十歳の子供の頃の、自分達の過去に思いを馳せたところで、その場所をくぐれば、丁度、庭に出てきていたのだろう。


 俺が今日、会いたかった人と出会えて、にこりと笑みを溢す。


「どこぞの狐が潜り込んできたかと思ったら……。

 まともなところから、入って来られぬのか、そなたはっ!」


 俺の姿を見つけた瞬間、眉を思いっきり寄せて、嫌そうな表情を隠しもしないその人に、俺は皇族に向ける最上級の礼を取り、仰々しく挨拶をする。


「帝国の咲き誇る大輪の花に、ご挨拶を。

 やだなァ……。敢えて、この穴をそのままにしてるのは、俺がこうやって、皇后宮へと、面会手続きを踏まなくても入ってこられるようにしていただけている、の有り難い、ご配慮のものと認識していたのですが?」


「ふん、物は言いようだな?」


 皇后宮の手入れのされた美しい花が咲き誇る庭で、一番信頼しているであろう侍女長の姿を後ろに侍らせながら、此方を見て、扇で口元を隠しながら声をかけてきたこの御方は、多分、その下で、口角を吊り上げて笑っていることだろう。


「あれ……?

 そろそろ、俺が来ると分かっていて、こうして、わざわざ庭に出て来られたのではありませんか?」


「そんなこと、わたくしが、事前に予知など出来る訳がないであろう?

 ただ、単純に、花を愛でに出たまでよ」


 顔の下半分が隠された状態ではあるものの、長い付き合いで、そのことを悟った俺は……。


 促されるような視線を感じとり、その視線に同意するよう、のその手を取って、エスコートをするように、皇后宮の庭にある花に囲まれた円卓のテーブルまで、スマートな仕草で案内する。


 小さな頃、ここに座っていたのは、この方ではなかった。


 病弱だったこともあり、いつも顔色が悪くて、もっと儚いような表情を浮かべていた、今にも散ってしまいそうなほど、頼りないお姿だった人……。


 十歳だった俺達が、この穴から、ただ、覗くことしか出来なかったこの場所で……。


 今は、我が物顔をして、この方が座っている。


 実際に『この場所』はもう、目の前に、堂々と座っているこの方のものなんだけど……。


(まァ、俺達の……。殿下の目当ても、この円卓のテーブルの前に置かれた椅子に座る権利があった御方じゃなく。

 侍女に連れられて、外にそっと出てくる五歳にも満たない、小さな女の子の方だったしな……)


『オイ、ルー カス。

 生まれてくる兄弟に渡すんだろう?

 四つ葉のクローバーを探すのを手伝ってやる。……俺に感謝しろよ』


 小さな頃の素直じゃない殿下の言葉が、まるで昨日のことように思い出されながら、四つ葉のクローバーを探すふりをして、ぽっかりと開いた穴から見つめることしか出来なかった、まだ、四歳だったあの頃の少女を思い出して、俺は、ほんの少しだけ思い出に耽ったあと、目の前の椅子に腰掛けているテレーゼ様へと視線を向ける。


 俺がテレーゼ様のことを見た瞬間、テレーゼ様がゆるりと優雅な動作で、その傍についていた侍女に目配せをしたのが見えた。


 俺と同じく、今この場において、視線だけでテレーゼ様が何を言いたいのか、何を求めているのかなども、優秀なこの侍女は全てを察したのだろう。


 綺麗な仕草で一礼して、この場から去って行く、その姿を見送ってから、そうして、今度、俺に視線を向けたその人に従って、俺は、円卓のテーブルの前に置かれているテレーゼ様の正面の椅子に腰をかけた。


 こうして、向き合って改めて思うけれど、表ではしているような、この方の『性格の苛烈さ』は、近くで見てきた俺自身が、きっと、誰よりも一番、深く知っているはずだ。


「調子は、如何です……?」


「……良好だと、思うか?」


 質問に返された、いつもよりも、ワンオクターブも低いその声色に、『あーあ、これは相当キテるなぁ』と思いながらも、俺はあくまでも、自然に声をあげた。


「……あまり怒ってばかりだと、お身体に障りますよ?」


 まずはジャブ程度に、いたって、普通の遣り取りから入る。


「私が、常に怒っているとでも言いたいのか?

 そなたも、随分、偉くなったものだな?

 一体、いつから、この私に、そのような口がきけるようになったのだ?」


「おや、お気に触ったようならば、申し訳ありません。単純に心配しただけなんですけど」


 にこりと、安心してもらえるように、笑みを浮かべれば……。


 俺の言動について『胡散臭い』と、ピシャリと断じるように、呆れた雰囲気で言いながらも、テレーゼ様は、ふぅ、と一つため息を溢したあとで、俺の方を真っ直ぐに見つめてきた。


 ――こういう仕草は、唯一、殿下とも似ていると思えるようなところだろうか。


「……そうは言ってもな。

 あってはならぬことが、今、起きているのだ。

 陛下は、誰にも愛などという感情は、抱かぬ御方。仮にその気持ちを誰かに抱いていたとしても、自分を律して、皇帝という役割に常に邁進していたはずなのだ。

 ……元々、私を第二妃にしたのも、互いの利害が一致したが故のこと。

 それなのにっ、日増しに、陛下があの小娘にかける比重が強くなっている。そのことに、聡いそなたが気づかぬ訳もあるまい?」


 そのあとで、どこか、芝居染みたような口調で声を出してくる目の前の御方が、心配なことが山のようにあるのだと言わんばかりに、憂いを帯びたような表情を見せてくるのを感じながら、俺は、その言葉に同意するよう、こくりと頷き返した。


「……えぇ、そうですね」


「砦を与えただけでは飽き足らず、今更、徹底的に、宮で働くものの仕事ぶりを見直して、あの小娘のために色々と働きかけて、目をかけている……っ。

 そのようなことは、決して……、決して、許してはならぬことだ」


 そうして、まるで同意を促すかのように、憂いを帯びたテレーゼ様の視線が、此方へ向いたところで、丁度、タイミングよく、さっきの侍女が戻ってきた。


 こぽり、と音を立てて……、新しく、ティーカップに淹れられた温かい紅茶が目の前に置かれたあと、その横に添えられたマカロンが、俺とテレーゼ様で人数分用意される。


 社交界でも、令嬢達を中心に、今、流行っている店のマカロンだ。


 さっき、あの子の部屋で出てきた侍女の手作りとも思えるような素朴なクッキーとは違って、それなりに値段が張るものだということは、直ぐに分かった。


 俺が、出されたお茶菓子について値踏みをしていると、俺達の前に皿を置いたあと、侍女である彼女は再び仰々しい動きで一礼して、俺達の話を、一切、聞こえてはいないものとして、その場から速やかに立ち去っていく。


 ……洗練された、その動きに苦笑する。


 さすがは、宮で働いている侍女達をなだけはある。


 四十代という若さでありながら、侍女長に推薦されて以降、皇族の生活面についての一切を取り仕切り、皇宮という場をその手腕を持ってして、纏め上げている女傑。


 小さい頃は意味が分からなかったが、宮を纏め上げているはずの侍女長が、皇后宮にいる前皇后様ではなく、テレーゼ様の側近の侍女であったことのを、俺自身、今ならば、理解出来る。


 いや、今ならそれも、異常では、最早、なくなってしまっているけれど。


 ――名実ともに、この方が、こうして皇后になった、今となっては……。


「……ルーカス。そなたはまだ、私の可愛いのままでいてくれるな?」


 ふわり、と隠しもせずに、俺のことを真っ直ぐに見つめてくるテレーゼ様のかんばせが歪む。


 一瞬その表情に浮かんだ『疑心の色』を、正確に汲み取ったあと。


 俺は、くすりと笑みを溢して……。


「勿論です」


 と、声を上げ、テーブルの上に置かれていた、の手の甲を取って、仰々しく、飼い犬らしい素振りで口づけた。


「……一体、俺の、何を疑うことがあるんですか?

 大きな首輪をつけられて、垂れたリードの先の紐をあなたが握っている限り、俺が、あなたの忠実なる駒【こま】として生きるしか出来ないと、何よりも、あなた自身が一番良く分かっているでしょうに」


 俺の言葉に、ふん、と鼻を鳴らして、一度、嘲るように笑ったあと、テレーゼ様がその唇を歪めていく。


「……最近、やけに、アレと親しくしているそうだな?

 私が、そのことを知らぬとでも思うか?」


 汚くて、ドロドロとしたものだけを煮詰めて混ぜたような、そんな感情を隠しもせずに、テレーゼ様から降ってきた、その言葉に対して……。


「あれ、流石ですね、耳が早い」


 と、俺は笑顔のまま、答えてみせる。


「最早、否定すらせぬというのか。

 ……もしやとは思うが、そなた、アレに心でも持って行かれたのではあるまいな?」


「……やだなァ、そんなこと、ある訳ないじゃないですかっ!

 俺は、テレーゼ様の憂いを晴らすために、日夜、自分に与えられた仕事については、粛々とこなしているつもりですよ。

 殿こそ、テレーゼ様の御所望だったはずでしょう?」


「ならば、そなた、御遊戯会おゆうぎかいでもやっているつもりか?」


「おや、流石にそれは心外ですね。お姫様の意見もちゃんと聞いた上で、お姫様と俺が婚約者になることで、殿下の皇帝への道は揺るぎないものになったはずなのに、これ以上何を憂う必要があるんです?」


 はっきりと告げた俺の発言に、テレーゼ様が唇を歪めたまま、俺の真意を、奥底まで見通そうとするような目つきで見つめてくる。


 ……そう、この方からの俺への注文は、単純明快で。


『何の憂いもなく、殿下が陛下の跡を継ぐことが出来るように』と、そのサポート役を、俺に命じてきたことにある。


 その命令には、お姫様の婚約者という立場に立つことで『俺自身が、しっかりと応えたでしょう?』という視線を向けて、ありのままを伝えると。


「まだ、婚約関係がった訳でもないのに、随分と、自信があるように見える」


 と、一度、クッと含んだように嘲笑するような笑みを向けてきたテレーゼ様にそう言われて、俺は、満面の笑みを浮かべて、しっかりと頷き返した。


「みたいじゃなくて、あるんですよ、自信。

 何も物事を考えられない子ではなく、彼女がある程度、頭の回転が早くて、物事をしっかりと見極められる子だったので。

 ……お姫様は考えた末に、この話を、絶対に断らない」


「……そなたは、やけにアレのことを高く買っているな?」


「……っ、そういう訳ではありませんよ。

 ただ……、お姫様が成人するまでの六年間。俺が婚約関係を結び、その近くにいることで、万が一、お姫様側に何か動きがあっても、直ぐに、軌道修正も出来るようにしているつもりです」


 自信満々にそう答えて、俺は逸らすことなく、真っ直ぐにテレーゼ様の方へ視線を向け返した。


 ――だけど、俺のその言葉を、真っ向から否定するようにテレーゼ様が鼻で笑う。


「婚約などというもので縛れると、そなた、本気でそう思っているのか?

 もしも、陛下の御身に何かあった時、アレの味方をするのは誰だと思う?

 アレの母方も元を正せば、皇族の血筋なのだから、由緒正しい血が流れている公爵家がしゃしゃり出てきたら、私の力でも止めることは出来ぬのだぞ」


「……っ」


 懸念、そして、疑心……。


 この方の瞳に浮かぶ、それらのことに、咄嗟に対応出来なかった俺は、ふぅ、っと小さく息を吐き出したあとで、にこり、と笑みを向けた。


「……陛下のお身体を心配されるのは、流石に杞憂では?」


「……どんな、小さな石ころであろうとも、そこに気づけぬものが転ぶのだ」


「……どんな、小さな石ころに、躓いて転んだとしても、人は立ち上がれるものですよ」


 根本的な部分で、この方の意見と『相違』を感じながらも、慎重に、にこやかに笑みを溢しながら声を出せば、テレーゼ様が俺の目の前で、侍女長が持ってきた、机の上に置かれていたティーカップを、優雅に手に取って、その縁に口づける。


「ただでさえ、ウィリアムとアレの距離が近くなることすら嫌だというのに……」


 ド派手なピンク色の口紅がべったりと、そこにこびりつくのを視界に入れたのも、つかの間。


 苛立ちを隠せない様子で、がしゃんと、乱暴に机の上に置かれたカップから、中身が揺らいでテーブルの上に、点々と水滴が跳ねていく。


(これで、殿下が、お姫様とデビュタントのダンスを踊ろうとしている)と。


 ――もしも、この方の耳にでも入れば、それはもう大変なことになるだろうな……。


 浮かんできたその考えを、即座に打ち消して。


「私の与えた任務をこなした気になっているだけでは困ると、そう、言っているのが分からぬのか?

 そなたは、そこまで、ものが考えられぬ人間ではなかったはずであろうっ?」


 そのあとで、叱りつけるように、此方に向かってかけられた言葉に、俺は間髪いれずに、だけど、決してこの方のテンポには合わせることはせず、あくまでも、自分主体のテンポを保ちながら言葉を返す。


「それは流石に、あまりにも酷くないですか?

 こなした気になっている訳じゃなく、きちんと俺はこなしてみせているはずでしょう?

 今までも、どれだけ俺が貴女の下で身を粉にして動いてきたのか、貴女が一番、ご存じのはずだ」


「ならば、毒の件は、どう言い訳してくれるのだ?」


「……っ、」


「失敗したことを、私が知らぬとでも思うたか?」


 ……責めるように、此方をジッと見つめてくるその瞳に、俺は一瞬たりとも気が抜けない。


 一瞬だけ浮かんだ動揺は、多分、あの子に対する罪の意識から来るもので……。


 決して、目の前にいる人に対する申し訳なさとか、そういうものではなかった。


 ――だけど、その動揺も、浮かんだ瞬間に俺は直ぐさま捨てた。


 一度、自分で決めたことだ。


 躊躇うくらいなら、最初からやらない方がマシ。


 目的のためならば、たとえ自分が鬼になろうとも、誰に後ろ指をさされようとも前に進んでみせる。


 ……だから、目の前の、俺の主人に対する答えはいつだって、初めから、用意されていた。


「それこそ、愚問ですねっ。俺に与えられた仕事は、適当な貴族を見繕って、お姫様に毒を用意することまでだ。お姫様に、きちんと毒が届けられて、それを口にするところまでじゃなかったはずでしょう? 失敗したその原因が、俺にある訳じゃない」


 はっきりと口にしたその言葉に、俺の目の前にいる主人の頬が一瞬、ひくり、と、引きつるように怒りに震えて、吊り上がっていく。


 ……だが、俺の意見を聞いて、その矛を向ける場所がどこにもなかったのだろう。


 幾ら俺でも、皇宮に届いた荷物の先の行方を、此方で追うことなど出来やしない。


 そもそも、あの子に対する『検閲が甘いから、大丈夫だ』と言ってきたのは、この方だ。


 まァ、実際、検閲が甘いどころか、直ぐに断罪されることになった『あの貴族』のことを思うと検閲が甘い訳じゃなかったのだと……、俺は、世間で流れている噂を信じきって、この間までそう思っていた訳だけど……。


 それでも、どんなに念には念を入れて準備したものでも、一個のイレギュラーでひっくり返ってしまうことは、間々ままあることだ。


 そのイレギュラーが、今回は、お姫様の傍についている未だ正体が分かっていない茶色の髪をした、あの少年だったっていうだけで……。


「実際、検閲は確かに甘かったのだ。

 だが、どういう訳か、それがあの小娘の口に入る前に、陛下に気づかれてしまった」


 悔しそうに、自分の親指の爪をギチっと噛みながら、そう言ってきた目の前の主人が、何を心配しているのかということは理解出来て、俺は淡々と声を出した。


「大丈夫ですよ。陛下の調べの手は、テレーゼ様にまで届きません」


「一体、なぜ、そのように言い切れるのだ?」


「簡単です。

 ……ミュラトール伯爵は、前皇后を支持していた貴族ですから」


 はっきりと声に出した俺に、テレーゼ様が一瞬、珍しく驚いたようにその動きを止めた。


「私側の貴族ではないと思ったが、そなた、一体どうやったのだ?」


「……やだなァ、楽しくない話は、一切したくないんですよ、俺。だけど、もしも、万が一、調べの手が及んだとしても、俺達が罪に問われるかと言われると、多分、問われることはないでしょうね。この件は、あくまで伯爵が、自分の意思で動いたにすぎないですし、俺はただ、そのきっかけを与えただけにすぎませんから」


 にこりと笑みを溢せば「相も変わらず、食えぬ男よな」という、最上級の褒め言葉が返ってくる。


「……それより、捜し物は見つけてくれました?」


「……それこそ、直ぐには難しいと、そなたも理解しているであろう?」


 言われた言葉に、素直に頷けなかった俺は……。


「あなたには多大な恩があるし、勿論、それも承知の上ですが。

 刻一刻と、時間ばかりが過ぎていく状況に、焦っている俺の現状も分かってくれているでしょう?

 殿下が皇帝に就くために、そのフォローに関して、今でも充分、危ない橋を渡っていると思うんですよね。

 言われた仕事は、きちんとこなしている訳だから、ちゃんと、報酬として褒美がもらえないと、やる気もなくなってきちゃいますよ」


 と、敢えて口にする。


 ……反吐が出そうになるこの場所で、それこそが、俺のことを唯一、この場所に縛りつけるものならば、ちゃんとそこを見極めて『きちんと飴を与えてくれることも重要なのではないか?』と……。


 仕事の報酬であるはずの対価は払ってもらわないと困る、ということを言外に伝えれば。


「全く、本当に、扱いにくい狗がいたものだ」


 と、目の前の主人は、目に見えて「はぁ……」と、呆れたように、ため息を溢したあとで。


「……今よりも、もう少し、そなたの望むように捜索の手を広げてやろう」


 と、俺に約束してくれた。


 たとえ、口約束であろうとも、この方は、絶対に、自分が一度、口にした約束は守られる方だ。


 そういう意味では疑っていないし、だからこそ、俺はこの方についていると言ってもいいだろう。


(殿下も、あの子も裏切って、俺がわざわざあなたについてあげているんだから。……これくらいは当然、してもらわないと、困るんだよ)


 内心を悟られることのないように、にこりと笑みを溢したあとで、ゆっくりと立ち上がった。


 ――結局、テーブルの上の俺のために用意されたカップにも、お茶菓子にも、一度も手をつけることはないまま……。






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