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第87話 朧気な記憶と悪夢の元凶

【お前が、何で殺されるか知ってるか? 王家にとってお前はいつだって恥でしかないからだよ】


 あの日、突き刺された剣に、“間違えた”のだと思った。


 世間は、ウィリアムお兄様の皇帝就任のタイミングで、お祭りのように賑わっていた。


 自室に、1人でいるところにガチャガチャと鎧を着た何人かが物々しげに入ってきて。


 あっという間に、牢へと捕らえられた私は、数日後に、ローラがどこから手に入れてきたのか分からない鍵で錠を開けてくれて……。


 逃がしてくれた、その最中、で……。


 ――ギゼルお兄様に、見つかり、殺された。


 あったのは、“憎悪”。


 それから、明確な、“殺意”……。


 朧気な記憶をたぐり寄せて……。


 自分の身体が倒れていくのを、まるでスローモーションみたいだな、と。


 どこか他人事の様な頭で考えていた、死の間際。


 刹那の遣り取りの中で、“思い出したこと”が一つだけあった。


【嗚呼……、やっと、これでっ……。

 これで、皇族を縛る、呪いが……、終わりますっ。……あに、うえっ】


 ……わたしにかけられた訳じゃない。


 独り言のような、そんな言葉だった。


 全てが終わったと、安堵した、そんな、最後のギゼルお兄様の、言葉、を。


 私は、確かに、聞いた気がした。


 ……ぶつり、と意識がそこで途絶えたのを、覚えてる。


「……だめ、だ」


 ――それ以上を、どんなに頑張っても思い出せない。


 自室のベッドの上で1人、ため息を溢しながら。

 誰もいないのを良いことに、はしたなく、枕に顔をうずめた。


 あれから、図書館で本を選ぶどころではなくなった、私は。


 どこか心配そうな表情を浮かべたお兄様と、ルーカスさんにお礼を言ってから、手に持っていた本だけ借りることにして。


 あの場を辞した……。


 それからは、直ぐにこの部屋に帰ってきて、ぐるぐると思考を巡らせて。


 殺された時のことを考えていたのだけど……。


 唯一、“新たに”思い出せたのは、ギゼルお兄様がぽつりと漏らした本音のような独り言だけ。


【それだけでも、ちょっと前進、したとは思う】


 だけど……。


「皇族を、縛る、呪い……、かぁ」


 それって、やっぱり、私の髪のことなのかな?


 あの時はまだ、私の魔女の能力が発現していた訳じゃ無かったけど。呪い関連でパッと直ぐに思いつくのは、それしかない。


 どこかにヒントが転がっていないか。


 あの日、私を殺そうとした、ギゼルお兄様の顔をもう一度思い浮かべてみる。


 ――瞬間


【ねぇ、アリス】


【私の可愛いアリス】


【あなたが、悪魔じゃない訳、ないわよね?】


「……っ、ぁ、……おかあ、さまっ……」


 ……さっきまで、ギゼルお兄様のことを思い出していた筈なのに。


 いつのまにか、その顔が、お母様に変わっていた。


 最近は、“夢”でしか思い出すことがなくなっていた。


 お母様の、その顔に……。


 思わず、そこにいる筈もないのにびくりと、身体が震えて。


 途端、ちっぽけで、貧弱な、自分の心がギシギシと悲鳴を上げ始める。


【私の存在が、誰かを狂わせることしか出来ないの、なら……】


 ――どうして、私は生まれたのだろう?


 どうして、私だけが、いつも、“生き残って”しまうのだろう。


【……誰からも、望まれていなかったのに】


「……っ、……はっ、」


 ……自分の考えが、深く、ドロドロとした闇の中に沈みそうになった瞬間。


 自室の扉が、コンコンと、小さくノックされて……。


「……っ、!」


 私は弾かれた様に顔を上げた。


 のそのそ、とベッドから降りて……。


 困惑しながら、部屋の外にいる人が誰なのか窺うように、ギィ、っと自室の扉をゆっくりと、開ければ……。


「……セオドア、?」


 目の前で、心配そうな顔をしたセオドアと視線がパチリとあった。


 どうしたの? と、私が聞く前に……。


「……いや。図書館から、ちょっと様子が変だったから、何かあったのかと思って」


 と、セオドアから返事が返ってくる。


 ……そのことに、内心でホッと安堵する。


 私の部屋での独り言が、セオドアには聞こえている訳がないだろうけど。


 自分の心がもの凄く沈みかけたタイミングでこうして、心配してくれて声をかけてくれたから。


 セオドアに、私の胸中が見透かされてしまったのではないかと……。


 一瞬、不安に駆られてしまった。


 自分が6年もの歳月を巻き戻したこと以外は。


 別に、誰かに知られてマズイものでも……。


 隠さなきゃいけないものでもないのだけど。


 でも、やっぱり必要以上に心配はかけたくない。


「心配してくれてありがとう。でも、だいじょう……っ、」


 “だいじょうぶ、だよ”。


 と言いかけて、急に手を引っ張られて、驚いて視線を上に上げれば。


「……っ、んな、青白い顔して、全然、大丈夫なんかじゃねぇだろっ」


 と、真剣な表情を浮かべたセオドアに、あっという間に、担ぎ上げられて……。


 私は、自室のベッドにまたポスン、と逆戻りすることになってしまった。


 ぺたん、とシーツの上に、強制的に座らされて……。


 頭を撫でられたあとで……。


「良い子にして、ちょっと、そこで待ってな。 直ぐに侍女さんに何か作って貰ってくるから」


 と、言われて……。


 背を向けたセオドアの、その腕を反射的に掴んだ、私は。


「……姫、さん?」


 何となく、この場にいて欲しいなぁ、と瞬間的に思った自分の内心に、自分自身で驚いていた。


「あ、えっと……、ご、ごめんね……っ」


 慌ててパッと、手を離したのだけど。


 セオドアは、それだけで悟ってくれたのか……。


 部屋の中の椅子をベッドの横に持ってきてくれて。


 ドカッとそこに、腰を降ろしたあとで……。


「……傍にいて欲しいんなら、この間みたいに、遠慮せずに言ってくれていい。ずっと、こうして傍にいるから」


 と、言ってくれる。


「……あ、ありがとう……っ、」


 何も言わなくても、直ぐに何をして欲しいのか、分かってくれたセオドアに。


 申し訳なさと気恥ずかしいような気持ちが浮かんでくる。


 こうして、誰かに無条件に甘えられることが出来るなんて。


 巻き戻し前の軸では、考えられないことだったから……。



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