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第90話【セオドアSide2】


「どうやら、アンタとは、とことん気が合わねぇらしい」


「……先に喧嘩を売ってきたのはお前の方だろう?」


 最早、見慣れた第一皇子の言い分に、口の端を吊り上げてうっすら、笑みを浮かべたあと、肩を竦めて。


 俺は扉を閉めてから仕方なくこの男と向き合って、ため息を溢す。


「……姫さんなら、今寝た」


 多分、知りたかったのであろうことを声に出せば。


 俺の言葉を聞いて、目の前の男が……。


「……そう、か」


 と、どこか、安堵したような声を上げる。


 普段から、あんまり動くことのないその表情からは読み取りづらいが……。


 確かに浮かべた、その安心したような、顔に。


「……部屋の前に来たのにノックもしねぇし、入って来ねぇから、てっきり“全部”聞こえてんのかと思ったけどな?」


 と、皮肉交じりに言葉を出せば。


「“お前”と一緒にするな。……俺は、ノクスの民ほどの聴力は持っていない」


 と、返ってくる。


「……へぇ。……俺の事は全部、調べ上げられてるって訳、か」


 まぁ、俺が、姫さんの護衛騎士っていう立ち位置にいる以上。


 周囲からはある程度、色々と調べられることもあるだろうとは思っていたから。


 そのことに関しては今さら、別に驚きもしないけど。


 俺にわざわざそのことを伝えて……。


 間接的に、“俺のことを調べた”と、教えてくるのは予想外だった。


「別段、隠しもしていない情報だろう? ノクスの民のことを調べればそんなもの直ぐに分かる。


 お前が本当に隠しているものには、触れられすらしていない。……例えば、お前の経歴、とか、な」


「はっ、そんなもんわざわざ調べなくても、おおよその見当くらいついてんだろ。

 碌でもねぇもんだよ」


 そうして、言われた一言に俺は、乾いた笑みを溢す。


 ご大層な経歴なんざ俺には存在しない……。


 あるのは、泥にまみれたような、汚い物、ばかりだ……。


「……その、碌でもない事をして生きてきた人間が、護衛騎士とはな。

 人生何があるか分かったものじゃないな?」


「あぁ、ソイツには、俺も同感、だ」


 へらりと、わざと軽薄な笑みを溢せば……。


 眉を寄せた、目の前の男が呆れたような顔をして俺の方を見た。


 ちょっとした動作とか、そういうもので。


 人が過ごしてきた年月が分かるっていうけど……。


 この男はその、典型、だな。


 ……別に隠してもねぇんだろうけど。


 どう足掻いても、俺とは全然違うくらい、節々に育ちが良いのが滲み出てる。


「で? わざわざ俺とそんな話をしにきた訳じゃねぇだろ?」


 姫さんの部屋に来て、出てきた俺に動じることもなく、その場から離れようともしなかったって、ことは……。


 何か、“聞きたいことがあるから”だってことくらいは、想像がつく。


「……あぁ、」


 俺の言葉に、一言、そう言って……。


 言葉を句切ったあと、どこか、言いにくそうにする目の前の男が。


 一度、俺から、視線を逸らしてから……。


「……アイツは、……アリスは、いつも、こう、なのか?」


「……あ?」


「……あんな風に、、のか……いつ、も」


 と、声を、出してくる。


【何が、“ノクスの民ほどの聴力は持っていない”、だよ】


 ――肝心なとこは全部、ばっちり、聞こえてんじゃねぇか。


 俺は、目の前の男のその言葉に、ひとつ、ため息を溢して。


 眉を寄せたあと、顔をしかめた。


「……いや。泣いたってことが奇跡に近い」


 コイツにこんなこと、教えてやる義理なんて一切俺にはないけど。


 ……それでも、姫さんのことを思うと、嘘をつく気にもならなかった。


「……っ、」


 俺の一言に、息を呑んで、驚いたような表情をする目の前の男に。


【……何も知らないでのうのうと、暮らしてきたのはお前等の方じゃねぇのか】


 と、責めるように、暴言を吐きたくなる……。


 この男だけじゃない……。


 俺は、姫さん以外の皇族を、誰一人として、許せないっ。

 それでも、その言葉を吐いた瞬間、第二皇子あのガキと同類になるから嫌だっていう、ただそれだけの理由で、すんでのところで言葉を吐き出すのを俺は止めた。


 それに、俺は姫さんの傍にいるから姫さんの事情はよく分かっているけど、コイツらの事情には詳しくない……。


 その時点で、自分の視点がフラットじゃないって事は、自覚している。


「状況は、アンタが思うよりも、ずっと酷いもんだよ。

 ……アンタ、知ってるか? 姫さんがずっと独りで過ごしてきたこと」


 それでも、言いたいことは言わせて貰うけどな。


 俺自身、姫さんに肩入れしてるってのは勿論あるけど。


 それでも、姫さんがずっと過ごしてきた日々のことを思えば、口に出して言いたくも、なる。


 誰も、味方じゃなかったんだ。


 ……侍女さん、以外は、本当に誰も……。


「……姫さんが、“誰にも”、愛されずに、育ってきた、ってこと」


 俺の発言を聞いて、目の前の男の表情がほんの少し揺らぐのが見えた。


「……いや。俺は、アイツのことを“敢えて”避けて過ごしてきた。

 それこそ、なるべく、見ないように、して……」


「……っ、そうかよ? それで、今、後悔してます、ってか?」


「……俺に、後悔する権利なんて、どこにもない。

 アイツが過ごしてきたその人生は……、本来は、、だったかもしれないから」


「……どういう、意味だ?」


 言っている意味が分からなくて、問いかければ。


 唇を少しだけ歪めたあとで……。


 いとも簡単に、目の前の男は、自分の金の片目を、手に取って俺に見せてくる。


「……っ、オイ、アンタ、何やってんだっ……、」


 突然のことに、何が起きてんのか直ぐには把握出来なくてギョッとして、声を荒げれば。


「勘違いするな。……だ」

「……なっ、……っ!」


 返ってきたその言葉に、ただ驚くしか無い。


「ずっと、世間を欺き続けて、騙して過ごしてきたんだよ。

 誰も彼も。アリスのっ、アイツの、ことも……」


「……っ、」


 そうして、表情を一変させた俺に、自嘲するように片目だけつむった男のもう片方の瞳がほんの少し柔らかなものへと変わっていく。


「俺と、アイツは、“本当は”……映し鏡だった。

 一歩何かが入れ違えば、俺とアイツの人生は、真逆のもの、だったのかもしれない。

 それでも、俺は、ずっと……興味を持たないフリをしてっ……。

 アイツに手を差し伸べることもせずに、生きてきた……」


 ――


 ぽつり、と、一言。


 そう、声に出した、“金色”の片目で俺を見てくるその男は……。


 どこか、悲痛めいたような表情を、浮かべていた。



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