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第94話 兄の秘密2


 パタン、と完全に扉を閉めて。


 3人で私の部屋に入ったあと……。


「あー。……どうやら、当てが外れちまったな、完全に気配が消えた」


 暫くは、セオドアが緊迫した表情で、外の様子を探ってくれていたのだけど。


 部屋に入ってから、幾分も経たないうちにセオドアからそう、声がかかったことに。


 正直に言うと、私は内心で、ホッとしていた。


 ……外にいた存在が誰なのか、気にならない訳じゃないけれど。


 誰も傷つかない状況があるなら、それに越したことはない、と思うから。


「……こんな夜更けの来訪者だ。

 アンタは、誰か手がかりになりそうな、思い当たる人物はいねぇのか?」


「俺の地位が目障りな人間は、掃いて捨てるほど存在する。

 何か嗅ぎ回っている人間がいたとしても、それは不思議じゃない」


 そうして、セオドアの一言でさっきまで張り詰めていたようなこの場の雰囲気が、和らいだのを感じながら。


 セオドアの質問にお兄様が当たり前のように、そう答えたことに、私はびっくりしていた。


「要するに、直ぐにピンと思い当たる人物はいねぇけど、対象者は山ほど存在するって訳か?」


「ああ。そういうことだ」


 お兄様が、一度、ため息をついたあとで、セオドアの問いかけに否定することもせずに頷いたのが見える。


「自分が狙われてるかもしれねぇってのに。……随分、あっさりとしたもんだな?」


「王宮の中でもアリスの存在だけが別で扱われている訳じゃない。

 例え、兄弟だとしても、俺とギゼルですらも、一枚岩ではいられない。

 後継者問題で、“誰が未来の皇帝”になるか、そして、“誰”の後ろ盾になるのが一番、利のあることなのか、


「……っ、おにい、さま……」


「……王宮に忠誠を誓って、みさおを立てている貴族もいるが。

 大抵の貴族が腹に一物を抱えてるのが、常だ。

 貴族っていうものは、とことん、足の引っ張り合いでしか生きられない連中なんだよ」


「……肝心の、皇帝が、誰が跡を継ぐのか公言していてもか?」


「もしも、父上が亡くなれば。そんなもの、あってないようなものだ」


 あっけらかん、とまるで何でも無いことのように声に出すお兄様に。


 私が知らないことが、まだまだ山のようにある、ということを痛感する。


「俺が皇帝になれば、父上の側近の殆どを恐らく替えることはしないだろうな。

 今のままで、充分この国は上手く回っているし、実力主義の父上は優秀な人材を見極めるのに長けた方だ。

 年齢的な問題で引退する人間はいるかもしれないが、その采配に文句など無い」


「あぁ、なんつぅか、おおよそ読めてきた。そうなると面白くない人間がいる、ってことだな?」


 セオドアの一言に、お兄様が口の端を吊り上げてセオドアの言葉を肯定するように笑みを溢した。


 お兄様は何でも無いような口調でそう言っているけれど。


 お父様の跡を継ぐということが、それだけでどんなに大変なことなのか、思い知らされる。


「私が、跡を継がないと決めていても、お兄様が跡を継ぐと決まっていても、そういういさかいみたいなものは、起こりうるんでしょう、か?」


 私のその言葉に、お兄様が此方をちらりと見た後で、『あぁ』と声を出す。


「最終的な王の座につくまでは、諦めずにあれこれと画策してくる人間はいる。

 それが、例えお前が父上の跡を継ぐつもりはないと公言していても、ギゼルが公言していても、な。

 どこかで隙をついてこようとする奴らはいるだろう。……まぁ、俺等兄弟の仲が悪いものではないと認識させることが出来れば、その数は減らせるだろうが」


「……そう、ですよね。そのために、ルーカスさんも私に婚約を申し込んでくれて……」


「……っ、」


 私の一言にさっきまで普通に話をしてくれていたお兄様が、小さく言葉に詰まったあとで……。


「それに関しては父上がお前に“好きにすればいい”と言っているのだから、結ぶという選択はしないでもいい。……お前にはまだ、婚約の話自体が早いだろう?」


 と、そう言ってくれる。


 でも、今の話を聞いたあとだと、やっぱり私がルーカスさんと婚約関係を結ぶのが誰にとっても良い話であることは、間違いのないことなのだろう。


【しっかり、ちゃんと自分自身で考えなきゃいけない】


 そう、頭の中で、考えたところで……。


「姫さんの婚約の問題はさておくにしても。アンタのその目は特大の爆弾だと思うんだが?」


 セオドアから言葉が降ってきて。


「あ……っ、そ、そうだよ、ねっ。

 もしも、お兄様の瞳の秘密が知られたらっ、そこに付け入ってくるかもしれない人がいるかもしれない、ってこと、ですよ、ね?」


 私は、その言葉が何を意味するのかに行き当たって慌てて声をあげた。


「あぁ、そうなったら何処からともなく、反発は起きるだろうな。

 ギゼルの方が御しやすいと思われて、アイツがいいように利用されるかもしれない。

 アイツは、目の前のことに囚われすぎて、本質を見極めることが出来ていない所がある」


 苦い表情を浮かべながら、ギゼルお兄様のことを口に出すウィリアムお兄様は。


「アイツが自分自身で気付かなきゃいけない、ことだ」


 と、今日、図書館でも言っていた言葉を改めて、声に出した。


 私は6年の時を巻き戻しているから、精神的にちょっとだけ、大人であるという心の余裕みたいなものがある。


 でも、ギゼルお兄様は……。


 まだまだ、色々なことを呑み込むことが出来ない、ということなんだろうか。


【ギゼル様だって、本当は頭の中では分かっているはずだよ。

 ただ、色んな事情や感情があるからこそ、自分の気持ちに、折り合いをつけることが難しいんだろうけど】


 不意に、今日、図書館で、ルーカスさんが言っていた言葉が頭を過った。


【殿下にとっては、簡単に割り切れるような問題でも、ギゼル様にとってはそうじゃないってことだよ。

 それに、何よりも、お兄様のことが一番だと思い込んでいるあの方にとっては。

 殿下の目がお姫様の方を向いていることも、我慢ならないことなんだとは、思うけどねぇ】


 あの時は、その言葉の意味がよく分からなかったけど。


 ギゼルお兄様が、割り切れないことって。


 もしかして、自分のことじゃなくて。


 ウィリアムお兄様の瞳のことだったんじゃないだろう、か……?


 もしも、そうなのだとしたら。


 ――6年後の未来。


【嗚呼……、やっと、これでっ……。

 これで、皇族を縛る、呪いが……、終わりますっ。……あに、うえっ】


 私が殺されて、意識が途絶える間際の、ギゼルお兄様の言葉の意味が朧気ながら掴めるような気がしてきた。


 “皇族を縛る呪い”


 あの言葉が、もしも、私の髪色のことを指しているのだとしたら。


 強制的に捨てざるを得なかった、ウィリアムお兄様の瞳との、対比だったのだろう、か?


 皇族が、“赤”を持っていることを受け入れがたかったギゼルお兄様の……。


「……アリス?」


 お兄様に問いかけられて、ハッとする。


 色々な事情が分かってきたことで、今日は、本当にどうしても考え事をする時間が多くなってしまっているなぁ、と思いながら。


 それで、周囲の人に心配をかけてしまったらダメだ、と内心で1人、反省する。


「……そのっ、お兄様の瞳のことを知っているのは、ギゼルお兄様とルーカスさんも、ですか?」


「あぁ。母と侍女長、それからかかりつけの医者、ギゼル、そしてルーカスのみが、この事実を知っている」


 私の問いかけに、お兄様が此方を見てから頷いてくれる。

 そして、その言葉で、ルーカスさんはお兄様の秘密を、瞳のことを知っていたのだと理解した私は。


 教会で会ったときに、ルーカスさんが言っていた言葉を思い出した。

【殿下が、この国で皇族としての誇り高い“金”を持っている以上、殿下は“こっち側”には絶対に来ないだろうね?】


 あの時は、お兄様が金色を持っているのが当然だと思っていたから。


 私も、ルーカスさんのその言葉が言葉通りの意味だとしか思っていなかったけど。


 ルーカスさんがお兄様の事情を知っていた上で、あの言葉を言っていたならば。


 ――その言葉の意味はに変わってくる。


 ウィリアムお兄様のその瞳は、誰にとっても隠さなきゃいけないものだから。


 お兄様が、本当の自分を公言することが、出来ない以上……。


 お兄様は、“こっち側”。


 赤を持つ者を保護したり積極的に助けたりすることは、表立って打ち出すことは出来ない……。


「……そうです、か。……あ、あのっ、ではもしかして、お父様は、このことっ」


「あぁ。……父上は俺の、この瞳のことを知らない。

 いつかは、話さなければいけないことだと、思ってはいるがな」


 分かったこと、分からないことが、入り乱れる脳内のなかで。


 上手く整理することが出来ずに、気になることが多すぎて、お兄様に色々と質問を投げかけることしか出来ない私に。


 お兄様は嫌な顔もせずに、嘘、偽りなく全てのことに答えてくれる。


 そうして不意に思い当たって、問いかけた。


 お父様は、その事実を知っているのだろうか、という疑問に……。


 お兄様が、苦い表情を浮かべたのが見えた。




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