目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第127話 第二皇子

「……その仮面は、一体何なんだ?」


 私たちを見て、暫くは動揺していたみたいだったけど。

 直ぐにハッとした表情を浮かべて、立ち直ったのか、お兄様が私たちに向かって声をかけてくる。


「……申し訳ありません。第二皇子様を相手に不躾かとは思いますが。

 僕達は“情報”を取り扱っている人間なので、念には念をいれて顔を隠しているんです。

 必要以上には此方のことを詮索しないで頂けると助かります」


 仮面のことはもしかしたら聞かれるかもしれないと思っていたから。


 ここに来る道中、頭の中で朧気ながら考えていた言い訳を、私はつらつらと声に出した。


 これで納得をして貰えるかどうかは賭けだったけど。


 自信満々に伝えたのが良かったのか、お兄様は未だ此方のことを探るような目つきではあるものの、それで一先ずは納得してくれたみたいだった。


【ギゼルお兄様が相手だとは思わなかったから、変に緊張する】


 私の声でバレてしまわないだろうかと、不安に思いながら。


 ドキドキしっぱなしの内心をなんとか落ち着けようと、仮面の下で軽く深呼吸をして鼓動を正常に整える。


 その間にお兄様の視線は私とセオドアを交互に見たあとで。


「アズと、それからテオドールだった、か?

 あの屋敷に人身売買用の子供が監禁されているってことは俺も分かっているんだ。

 今日はより詳しい情報を俺に教えてくれる約束になっていただろう?」


 と、此方に向かって問いかけてくる。


「あぁ、安心しな。アンタにはとびっきり特別な情報をくれてやるよ。

 けど……、その前に、等価交換だ」


 お兄様のその質問に私がどう答えればいいか悩んでいたら、間髪入れずに私の後ろからセオドアが声をかけてきてくれた。


 二人でどうしようかと、碌に話し合う時間もなかったため。


 ぶっつけ本番でお互いに今、探り探りで、意思の疎通を図るしかないのだけど。


【……お兄様相手に“等価交換”って、どうするつもりなんだろう?】


 と、内心で思いながらも、こういう時のセオドアが凄く頼りになるのは分かっているから。


 私は余計な口を挟むこともせず、セオドアのその言葉に耳を傾けた。


「……等価交換、だとっ?

 俺がこの情報を得るまでにっ、どれだけ時間を割いて、お前達にも金品を渡してきたと思ってるんだ!?

 まだ、何か欲しがるつもりなのかっ?」


「……っ、」


 けれど、セオドアの言葉を聞いて。

 眉を寄せたあとで、怒りの表情を向けてくるお兄様のその言葉に、私は思いきり目を見開いて驚いてしまった。


 もしも、今、ここで仮面をつけていなかったら、思いっきり表情が表に出てしまっていたことだろう。


【今ほど、仮面をつけておいて良かったと、思うこともないだろうな】


 ツヴァイのお爺さんも、ゼックスさんも。


 そういう大事なことは先に言っていて欲しかったなぁ、と心の中で思いつつ。


 頭の中では……。


【儂も慈善事業じゃないのでな。頂くものは、当然頂く権利がある】


 と……。


 ツヴァイのお爺さんが、喉をクッと鳴らして此方に笑顔を向けながら、言いだしそうな言葉を、丸々想像することが出来てしまったから……。


 私もスラムというこの場所にようやく慣れてきたのかもしれない。


【ギゼルお兄様は、一体どれくらいツヴァイのお爺さんに情報料として取られたんだろう……?】


 私がさっき少し話しただけでも、ツヴァイのお爺さんが抜け目のない性格だということは理解しているし。


 ここに来るまでの時間や、費やしてきた費用のことを思えば、今、目の前にいるお兄様が、なんだかほんの少し可哀想に思えてくる。


「まぁ、落ち着け。……慌てる乞食は貰いが少ないっていうだろう?」


「……なんだと?

 お前っ、俺のことを乞食だって言ってるのかっ!?」


「単なる例え話だよ、皇子様。

 こんなことで苛々していたら先が思いやられるぜ?」


「……っ、!」


 そうして、セオドアの言葉に過剰反応するお兄様を、あしらうように声をあげて。


 仮面の下で表情は見えないけど、セオドアが多分、苦笑したのが私にも伝わってくる。


 未だ、セオドアがお兄様に情報を渡す代わりに何を求めるつもりなのか把握出来ていない私は2人の会話をとりあえず黙って聞くことしか出来ないけれど……。


「向けられる言葉に防御本能で怒るのはまぁ、自己防衛って意味では間違っちゃいねぇよ。

 だがな、皇子様。……それじゃ世の中、上手く渡っていけねぇぞ?

 アンタが俺たち情報屋に辿り着くまでに、どれほど金を使ったのかは俺たちの関与外だ」


「それは……っ、確かに……そうかもしれないが」


 セオドアの言葉にグッと息を呑んで、……否定することも出来なかったのだろう。

 ぐうの音も出ないかのように動揺したお兄様が、セオドアに返事を返すのが聞こえてきて。


「まぁ、アンタの言うように、金を頂くのもありなのかも知れないが。

 俺たちの目的はそんなものじゃない。

 アンタがあの屋敷に行く目的と、俺たちがあの屋敷に行く目的が一致しているんでな。

 本来なら情報だけアンタに渡して終わりのところ、俺たちも一緒に同行させて貰えたら有り難い」


 そうして、私たちがお兄様に同行する許可を取る為に、セオドアが上手い言い回しでお兄様に伝えてくれる。


 そこで初めて私にも、セオドアが求めていた等価交換という物が、お兄様に情報を渡す代わりに、私たちが同行することの許可を求めるものだったのだと把握出来た。


 セオドアのその一言に、お兄様の視線が上がり。


 眉を顰めたあとで、一体、どういうことなんだ? と言わんばかりに、私たちを疑うような訝しげな視線へと変化したのが分かって。


「……お前達と、俺の目的が一致している、だと?

 人身売買の摘発に、スラム側の人間であるお前達が力を貸す理由はなんだ……?

 それを、俺に信じろって言うのかっ?」


「信じるか信じないかはアンタに任せるが、少なくとも戦力にはなるだろうな」


「……っ、一体、何が目的、なんだ?」


「あのっ、僕達スラムの人間の中でも、人身売買は御法度ごはっととされています。

 それに、捕らえられているのは僕達が暮らすスラムの中でも、特に力の弱い子供たちばかりです。

 僕達もそんな彼らのことを放っておけなくてっ、スラムを守っているものとしてあなた達に同行したいんです」


 そうして、お兄様の怪しむような視線と声色に、いてもたってもいられずに。


 ツヴァイのお爺さんに聞いたことと、私の本音を織り交ぜながら、二人の会話に割って入れば、お兄様の視線が私の方を向いて……。


 驚いたような表情に変わるのが見えた。


「本気でそう言っている、のか……?

 お前もスラムではまだ子供だろう、?

 お前、一体何歳なんだ?

 少なくとも、その身長じゃぁ、10歳くらいとかじゃないかっ?」


「あー、……えっと、そのっ、僕はお兄ちゃんと違って戦闘は苦手ですけど。

 少なくとも、自分の身をなんとか自分で守れるくらいは大丈夫だと思います。

 それに、捕まえられている子供たちもきっと心細い思いをしている筈だから。

 足手まといにはならないように気をつけるし、僕でもほら、ほんの少しでもお役には立てるかもしれなくて……っ」


「……そうじゃないってっ!」



「……っ!?」


 お兄様の問いかけに。


【もしかして、私じゃ戦力不足だと思われているのかな?】


 と思いながら。


 なんとか、それをフォローするように、自分でも足手まといにはならないよう気をつけると、アピールすれば。


 突然、お兄様から降ってきた大声にびっくりして、反射的に肩が跳ねた。


 私の仕草で、びっくりしたのがお兄様にも伝わったのか。


 私を見て、罰の悪そうな顔をしたお兄様に……。


「あぁ……、違うって。

 アズって言ったよな? お前も、そのっ、子供だろう?

 何なら見た感じ、俺よりも年下っぽいのにっ……。

 スラムじゃお前みたいな歳の人間でも、わざわざ危険だって分かってる場所に行こうするくらい頑張らなきゃいけないのかよ……?」


 と、言われて。


 そんな言葉がお兄様から降ってくるとは思っていなかった私は驚き、目をぱちくりとさせた。


 一瞬、驚いたことにより、反応が遅れてしまって、お兄様の言葉に直ぐに返事が出来なかった私を見てくれたからか。


 けど、まぁ、一般的なスラムでも、仲間意識ってのが強い場合があるのは否定はしねぇよ」


 隣で、セオドアが私の代わりに答えてくれた。


「そうかっ。……まぁ、分かった。

 お前達のこと、信じるよ。協力してくれるのはこっちとしても助かるしな」


 セオドアのアシストのお陰もあってか、暫く考えこんだ様子のお兄様が一度口ごもったあとで。


 同意するように頷いてくれる。


 そのことに内心で安堵しながら。


「では、僕達の持っている情報を教えますね?

 今日、これから行く屋敷の見取り図なんですが、確認して貰えると嬉しいです」

「……っ、ちょっ、ちょっと待ってくれ。

 お前等が、そんな凄い情報を持ってるとは、完全に想定外だ……っ!

 これから作戦会議をするなら尚更、スラムの外に帝国の騎士を2人待機させているから、呼んできても構わないか?」


 ゼックスさんから渡された紙をお兄様の前で広げてみせようとすれば、お兄様から慌てたようにストップがかかって、私は広げかけていた紙を手に持ったままお兄様へと視線を向けた。


 確かに、さっきゼックスさんが帝国の騎士が2人スラムの入り口に待機しているって言っていたし。


 これから屋敷に入るには人数は出来るだけ多い方が戦力にはなるだろう。


 その辺り、考えていなかったけど、その騎士の2人って、一体誰が来ることになるんだろうか?


 お兄様に近しい騎士の人なら、セオドアのことはそんなに詳しくないかな。


 ぼんやりと頭の中で、私たちの正体がバレてしまう恐れがないか、考えていたら。


「あぁ、構わねぇよ。

 俺たちはここで待ってるが……、アンタ、外まで1人で無事に出られるか?」


 セオドアがお兄様にそう言ってくれるのが聞こえてきた。


「……オイ、テオドールっ。

 伊達に俺だってここまで来て情報を掴んでないんだからなっ! 子供扱いするなよっ!」


「あぁ、ソイツは悪かったな、皇子様?」


 そうして、セオドアのその言葉にムッとしたように唇を尖らせたお兄様を見て。


 あ、今……。


 多分、セオドア、悪い顔して笑ってるんだろうなぁ。


 ということが、仮面の下からでも想像出来た私は、お兄様が私たちを見ながら、『ちょっと待っててくれ』と言ったあと。


 走り去って行くのを見送って、セオドアと顔を見合わせた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?