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第170話 ウィリアムSide

 スラムで出会った子供の誘拐事件について詳しく調べたいと言っていたギゼルと別れたあと、俺は手に抱えていた資料を一度自分の部屋に置いて……。


 囚人に出す食事など、囚人関係について一切を任されている場所へ立ち寄ったあと、囚人を閉じ込めておく牢へと足を向けていた。


 地下に作られているこの場所は城の華やかな雰囲気とは違い、いつ来ても暗く重苦しい雰囲気が漂っていて、あまり長居したい場所では無い。


 地下へと続く長い階段を下へ、下へと降りたあと……。


「ウィリアム殿下、此方です」


 ひやりとした冷気が顔を撫でつけるのを感じながら、俺は見張りに案内された牢屋を一つずつ確認していく。


 全ての場所を隅々まで確認したが、2ヶ月も前の話であり、どの牢屋の中も表立っては特に何の痕跡も見当たらなかった。


 ここに来るまでに、当時、見張りとして立っていた騎士や……。


 ここを管轄として働いている人間には、それぞれに詳しい事情を聞いたが。


 全員が揃って


【囚人が食事をした後、突然苦しみ出した】


 と、証言してきた。


 そうして、直ぐに、食中毒特有の嘔吐や腹痛などが見られたため、医者に確認して貰ったのちに、集団で食中毒になったのだろうということで事故として処理された、と……。


 ――その言葉に嘘などは見当たらなさそうだった。


 共謀して、同じ証言をするようにしているような素振りも何処にも見当たらない。


 一応、囚人が吐いてしまった牢屋に関しても既に掃除されていて。


 ここからその痕跡を辿るのは不可能だろう。


【だが、吐き気や、腹痛、か】


 それらに関しては何らかの“”を使ったとしても起こりうる症状だ。


 もしもこれが父上の言うように、食中毒では無くアリスの郵便に関して検閲係をしていた人間を明確に殺すために起こった事件ならば……。


 複数いるにはいるが、関わっているかもしれない人間に関しては何人か絞っていくことも出来る。


 【毒では無く、食中毒として判断した医者】


 【その日、囚人に食事を運んだ人間】


 その日の食事を食べたものが、全員死んだ訳じゃないことを思うと。


 囚人に食事を運んだ人間は、かなり高確率でこの件に関わっているだろうと、予測を立てる。


 無差別に死んだ訳じゃなく、あくまでアリスの検閲係をしていた者を殺すために起こした事件だと仮定するならば、その三人には絶対に死んで貰わなければいけなかった筈だ。


 後の人間はカモフラージュとして、殺されたと考えれば……。


 その日、囚人に食事を運んだ人間は、犯人とまではいかないが何か重要な情報を握っているかもしれない。


「ウィリアム様、どうでしょうか?

 何か分かりそうですか?」


 不意に声をかけられて、俺は顔を上げた。


 見れば、不安そうな表情を浮かべて、今日の見張りを担当している俺をここまで案内してくれた騎士が俺にそう問いかけてきた。


 父上からの命令で再調査になった事を不安に思っているのだろう。


 例え、目の前の騎士がその日関わっていなかったとしても……。


 事故だと思っていたものが事件になったかもしれないと聞くと、ここを管轄している人間の責任問題にも発展しかねない話だ。


「当時、食事を運んだ人間は今、何処にいるんだ?

 それから、食中毒だと判断して、この事件に関わった医者からも詳しく話を聞きたい」


 俺がそう言うと、目の前の騎士は驚いたような顔をしたあとで、少しだけ歯切れ悪く黙り込んでしまった。


「どうした?」


 その態度を不審に思いながら、声をかければ。


「……いや、それがっ、囚人に食事を運んだ奴はあの事件のあと、責任を取って仕事を辞めて故郷に帰ってるんです。

 仕事も出来る奴だったし、何より明るくムードメーカーで職場の雰囲気も良くするような奴だったので。

 集団での食中毒だったから、アイツが事態を重く受け止めて責任を取る必要なんて何処にもないのにって、ここで働く俺等もアイツのことはかなり引き留めたんですが……。

 なんていうか、頑なで……」


「……それで、今その人間は何処にいるんだ?」


 目の前の騎士の言葉に一気にきな臭いものを感じて、静かに問いかければ。


 目の前の騎士は、少しだけ言いよどんだあとで……。


「アイツの故郷は、ブランシュ村だと聞いてます。

 ですが、ウィリアム様っ、そのっ、アイツと親しかった奴がその住所にどうしているのか近況を尋ねる手紙を送ったら、そのまま宛先人不明で届かずに戻ってきたらしいんです……」


 俺に向かって、そう言葉を出してきた。


 どういう風に言って良いのか、どこまで言って良いのか分からずに、もごもごと濁すような言葉ではあるものの。


 この見張りの騎士も、それがどこまでも可笑しな状況であると伝えたいのだということははっきりと理解した。


「成る程な。

 既に誰かに口封じで殺されてしまっている可能性もある訳か」


 明確に声を出せば、目の前の騎士がパッと顔を上げて、俺の方を縋るような顔をして見てくる。


「あのっ! アイツは本当に凄く良い奴だったんですっ!


 俺等も、あの件は事故だと思っていたから、そこまで不審に思わなかったけど……。


 もし、事件だっていうのなら、今思えば食中毒だって判断された後のアイツの行動も全部何かがあったように思えてならなくてっ!


 もしかしたら、アイツは何かとてつもなく大きなものに巻き込まれてしまったんでしょうか……?」


 目の前の騎士の言葉に俺は『話は分かった』と声をかけたあとで。


「それを調べるのが俺の仕事だ。

 何があったのか、事実はきちんと突き止めなければいけないだろう」


「あ、ありがとうございますっ!」


「それで、この事件を事故だと断定した医者は?」


「あぁ、えっと、確か今って……半年に一度の定例会議の最中じゃないでしょうか?」


 目の前の見張りの騎士からそう言われて……。


 そう言えばもうそんな時期だったか、と俺は思い出す。


 皇宮で働く医者だけでなく我が国で名声のある教会で働いている優秀な医者に関しては……。


 半年に一度、皇宮に集まって定例会議が開かれることになっている。


 そこで、この半年間の間でどういう症状の患者を診てきたのか、全員で共有することで。


 新しい病気などに関しても、積極的にどのように治療していけばいいのかなど意見交換をし、直ぐに対応出来るような体制を整えることが出来る。


 また、その年に流行りそうな病などもいち早く共有することで、救える命は救い、帝国の死者をなるべく減らすということにも繋がってくる大事な会議でもある。


 当時料理を運ぶ担当をしていた者の故郷であるブランシュ村には直ぐに行けそうもないし。


 アリスの検閲係と親しい人間や、恨みを持つ人間などを当たるのも時間がかかる。


【ならば、一番近くにいるその医者から話を聞いた方がいいだろう】


 と、結論付けた俺は、この件に関わった医者の名前を目の前にいる騎士から聞いて、牢屋を後にすることにした。



 ************************



 皇宮の広い会議室を使い、帝国中の優秀な医者がこの日のために集まっているその場所へと赴けば、丁度、話が一区切りした所だったのだろう。


 扉を開ければ、休憩の為に、席を立つような医者も多く見受けられた。


 ……突然、行くとも言っていなかった俺が部屋に入ったことで、どうしたのかと、驚いたような表情を全員が浮かべているのが見える。


「この中に、マルティス医師はいるか? 少し話がしたい」


 俺の発言に、一斉に全員の視線がマルティス医師だと思われる人間へと向くのが見えて。


 話が早くて助かるな、と思いながら、俺は目の前で驚いて固まっている表情を浮かべたままのその医師に近づいていく。


 俺自身、皇宮で働く医者を全員覚えている訳ではないが、目の前の医者には少し見覚えがあった。


 確か母上や俺たちにも付いてくれている医者の下で働いている人間だった筈だ。


 俺たちや母上に付いてくれている医者に関しては当然皇族の専任になるような人間だから、最先端の医療にも長けていて高い名声がある。


 だからこそ、その腕を少しでも勉強したいと部下になる人間も多いと聞く。


 目の前の医師もそのうちの一人なのだろう。


「マルティスだな?

 この間、お前が担当した事故について聞きたいことがある」


 はっきりとそう言えば、目の前の医師は特に何かをいう事も無く素直に『承知しました』と声に出し、俺に従う素振りをみせた。


 その間に、偶然アリスの担当医である人間を見つけた俺は、アリスが今、古の森に療養に行っていることを思いだして。


 あの男からアリスの普段の症状などを詳しく聞きたいと思う気持ちを抑えながら、目の前の医師に……。


「ここじゃ話せないから、隣の部屋を使うことにする。着いてきてくれ」


 と、声に出してマルティス医師に着いてくるよう促したあとで、定例会議が行われている会議室の隣の部屋の扉を開けて、そこにあった椅子に目の前の医者を座るように伝えた。


「それで、ウィリアム殿下。

 ……この前、私が担当した事故とは一体何の事でしょうか?」


「あぁ、それなんだがな。

 この間、囚人が全員食中毒で死んでしまった事件があっただろう?

 その時の詳しい状況を知りたい」


 はっきりとそう言えば、虚を衝かれたような表情を見せたあとで。


「あの事件は食中毒ということで、解決した筈ですよね? 今さら、なぜ、そのような事を?」


 と、目の前の医師が恐る恐るといったように問いかけてくる。


「父上からの命令だ。

 ……あの時の事件のことを詳しく再調査するように、とな」


「へ、陛下からですか……?」


「どうした? あの時の状況を詳しく聞きたいと伝えているだけだが、何か言えないことでもあるのか?」


 どこか、口ごもった雰囲気のその姿をほんの少し怪しく思いながら声を出せば。


「いえっ、そのようなことはっ!

 その、突然のことで、私の判断が間違っていると言われているのかとびっくりしてしまっただけです。

 あの時は、囚人に集団で吐き気や腹痛の症状が出ていました。

 ……それで、囚人が食べた食事を真っ先に疑ったんです」


 と、言葉が返ってくる。


「あぁ、それで?」


「調理場に事情を聞いたところ、かなり古くなってしまった食材を使ったことが分かりまして。

 気をつけてはいたが、もしかしたら、傷んでいた部分を使ったかもしれないと」


「成る程。……で?

 傷んでいた食材は何だったんだ?」


「鶏肉です。

 ……スープに入れていたところ、それが当たったんじゃないかという話でした。

 実際、全部使い切れずに残った鶏肉を確認した所、傷んでいる箇所も見つかりましたから。

 その事は陛下も確認済みで、直ぐに捨てるよう指示されました」


「あぁ、それは俺もこの事故の概要を資料で確認した。

 ……だが、最初から食中毒だと決めつけて、毒という可能性を疑いはしなかったのか?」


「……っ、ええ、誰か一人が死んでしまったならまだしも。

 集団で無差別に死んでいましたし、実際食材も傷んでましたから、その可能性は極めて低いと思いました」


「……調べもしなかったのか?」


「もっ、申し訳ありません……。

 今になって、再調査するようなことになるとも思わずっ!

 その時、囚人達が食べた食材に関しては毒の検査はしましたが、検出されなかったので……。

 てっきり、状況から、食中毒なのだと思い込んでしまって、死んだ囚人は検査をしなかったんですっ……。

 もしかして、私が、判断を誤ったかもしれないということでしょう、か?」


 此方に向かって申し訳なさそうに平謝りしてくる姿を見ながらら、普通は口の中を見たり、死んでしまった人間のことをもっと詳しく確認すると思うが……。


 この医者がそれを怠ったということは事実だし、もしもこの医者が犯人ではないにしてもその判断は悪手だったことに間違いないだろう。


 その時食べた食事に毒が入っていなかったとしても、もしも“遅効性の毒”が使われていたのなら。


 もしかしたら、囚人が前日の夜に食べた食事に入っていて、朝、その症状が出てしまったのかもしれない。


 囚人の食事の時間は常に同じ時間に摂るよう明確に決まっている。


 薬草や、毒の扱いにある程度精通し、そう言ったことに長けた人間であるならば。


【上手いことやれば、その時間に合わせて発症させることも可能な筈だ】


 ――そう、例えば目の前にいる医者のような人間とか、な。


 だが、自分が判断を誤ったのかもしれないと言われると、そこに反論できる材料を今の俺は持っていない。


 どんなに怪しくてもこの医師が分かっていてわざと誤診したなどという証拠などはまだ見つかってもいないし、疑わしいというだけで罰することは出来ないだろう。


「当時、父上には何と説明したんだ?」


「はい、そのっ、も、申し訳ありません。

 症状から見て食中毒だと思い込んでしまっていたので、陛下には色々と確認した結果、恐らく食中毒だろうと、調理場からの証言も交えてお伝えさせて貰いました」


「つまり、毒かどうかの可能性もあったが……。

 それを調べることもしていないのに、隅々まで調べたと言った訳だな?」


「……そのっ、はいっ。

 そのように思われてしまっても仕方のないことを、言ってしまったことには間違いありません」


「はぁ……、分かった。

 このことは父上には報告させて貰う」


 俺の言葉に、医師として皇宮で仕えられなくなってしまう可能性が頭の中を過ったのだろう


 「本当に、申し訳ありません」


 と、ただひたすらに謝罪してくるその医者に。


 これ以上この男からは詳しく聞くことは出来ないだろうと思いながら、そのタイミングで話を切り上げることにした。




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