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第183話 話題の中心

 それから幾度となくお父様に挨拶に来る貴族の人達を何とか上手いことやり過ごし。


 私はやっと彼らの名前を覚える作業から解放されていた。


 お父様に挨拶に来る方は表面上は私に対しても寛容な雰囲気を醸し出してくれる人も多くてホッとしていた。


 中には私に対して好奇の視線や嫌な視線を向けてくる方もいたけれど。


 そういう人達もお父様がいる手前、特に私に何かをしてくるようなこともなくて、この人は名前を覚えておかなきゃいけないかな、っていう程度で済んだことは良かったと思う。


 これから、お父様は皇宮で働いている宮廷貴族官僚の人達や、地方で手腕を振るっているような貴族の方達と、より詳しく政治的な話をするのだろう。


 私も、そこに参加しなければいけないのかな、と思い込んでいたのだけど。


 お父様からは割とあっさり……


「お前のデビュタントだからな。私に挨拶に来る人間は限られるから、この先は自由にしていい」


 と、言って貰えて……。


 私はセオドアとアルと3人で、この広いパーティー会場の中で自由を与えられていた。


【資料に、自由行動って書かれてたけど、あれって、本当に自由行動っていう意味だったんだ……】


 内心でそう思いながらも、唐突に与えられた自由にどうすればいいのか途端に心細いような気持ちが湧いてくる。


 ――こういう時って、積極的に誰かに話しかけたりした方がいいのかな?


 改めて会場内を見渡せば、煌びやかに飾り付けられたこの場所で本当に沢山の人達が私のデビュタントに来てくれているのが確認出来る。


 私がアルとセオドアに目配せして、お父様からそっと離れると。


 そのタイミングで……。


「皇女様~っ! デビュタントおめでとうございます」


 と、声をかけてくれた人がいて、思わずそちらの方へと視線を向ける。


 弾んだ声に、にこやかに笑みを溢しながら私に抱きつくような勢いで近づいてきてくれたのは、ジェルメールのデザイナーさんだった。


「あ、あの、この度は、おめでとうございます」


 隣には今回、ジュエリーを担当してくれたデザイナーさんも一緒に立っている。


「お二人とも、ありがとうございます」


 にこりと笑みを溢しながら2人に向かって声を出せば……。


「いえっ、皇女様、此方こそ本当にありがとうございます。

 皇女様のお姿を見ていると、僕のジュエリーが今日この日のために一際ひときわ輝くように、バランスもとても素晴らしく、ドレスが緻密に計算されて作られているのがよく分かります」


 と、ジュエリーデザイナーさんに言われて、私が声を出すよりも先に。


「うふふっ、本当によくお似合いですわ。

 張り切って、一緒に作った甲斐がありましたわねっ!」


 と、茶目っ気たっぷりにジェルメールのデザイナーさんから声がかかる。


 その言葉に、ふわりと笑みを溢したあとで……。


「はい、本当に。

 ……お蔭でお父様からもお褒めの言葉を頂けました」


 私がそう伝えれば……、周囲で私達の会話を聞いていた人達が大勢いたのだろう。


「あ、あのっ、皇女様、お話中失礼しますっ」


「私達も会話に入らせて頂いても構わないでしょうかっ!」


「今日のドレスも含めてジュエリーに関してもずっと気になっていたんですのっ!」


 と、あっという間に私は、貴族の令嬢や夫人の方達に囲まれてしまって思わずびっくりしてしまう。


 色取り取りのドレスを着ているけど、中には私が以前デザインしたジェルメールから出しているドレスを他の人と被らないように、少し手直しして着ている方も多く見受けられて……。


 私自身、自分の目で確認するまでは半信半疑でしかなかったけど……。


【本当に今、私がデザインした物が流行っているんだなぁ】


 と、実感することが出来た。


 周囲の人達から食い気味で来られて、正直、こんなにも反響があるだなんて思ってもみなかったから、ちょっとだけ困惑して固まってしまったけど。


 ジェルメールのデザイナーさんはもう名前が売れてしまっているけど、ジュエリーのデザイナーさんの方はこれからだから。


 彼女たちに顔も名前も売るのには絶好の機会だろう。


「えぇ、是非お入り下さい」


 私は咄嗟にそう判断して、にこりと笑みを溢したあとで、周囲に近寄ってきてくれた貴族の令嬢や夫人を輪の中に招き入れた。


「今日、私がお父様から賜ったジュエリーは、此方のデザイナーさんが作って下さったオリジナルの一点物になるんです」


 彼女たちにそっと、デザイナーさんの紹介をすれば。


「今日はとっても驚きましたわ。

 ……まさかこんなにも、シンプルなデザインのビブネックレスがあるだなんて」


「ええ、本当にっ。

 煌びやかで豪華なだけが素晴らしいものではないのだと洗練されたデザインを見て、私も認識を改めましたのっ!」


 興奮冷めやらぬ様な状態でありながらも、色々と褒めて貰えてホッとする。


 この様子だと、巻き戻し前の軸と同じように、デザイナーさんの手腕が買われてこれから引っ張りだこになるのは間違いないだろう。


「えぇ、ビブネックレスだけではなくて、彼の作るデザインはシンプルですが、これから先どのように流行が移り変わろうとも、長く愛用出来て決して色褪せることのない素晴らしい物であることに間違いはないと思います。

 皆さまも是非、自分だけのオリジナルの制作をお願いしてみては如何でしょうか?」


 にこりと笑いながら、ここぞとばかりに売り込めば……。


「ええ、是非ともそうさせて貰いますわ」


「今、ここで予約をさせて頂くことは可能でしょうかっ?」


 などなど……。


 周囲の夫人や令嬢もジュエリーの制作についての関心を高め、私の話に好感触な反応を見せながら耳を傾けてくれる。


「……っ!

 皇女様、本当になんてお礼を伝えたらいいのかっ……!」


 私が彼女たちに向かってにこにこと会話をしていたら、ジュエリーデザイナーさんから、隣で感極まったような声でお礼を言われてしまった。


 本来なら何もしなくても有名になるだけの力を持った人だから……。


 何となく、恩を売っているみたいで申し訳なく思ってしまうのだけど。


【それでも、私に出来ることはこれくらいのことしか無いから、喜んで貰えたのなら本当に良かった】


 私が内心でそう思っていると……。


「皇女様のドレスもバックリボンがとてもお洒落ですよねっ!」


「前側はジュエリーを輝かせる為に敢えてシンプルなデザインにして。

 後ろにひらひらとリボンを靡かせているのが素敵ですわっ。

 先ほどダンスを踊られていた時の皇女様、ドレスも含めてまるで妖精が舞っているようで。

 本当に素晴らしいものでしたわっ!」


 と、令嬢達や、夫人達から今度はドレスについて褒めて貰えて私は表情を綻ばせる。


「ありがとうございます。褒めて貰えて凄く嬉しいです」


「うふふっ、そうでしょう?

 皆さまっ、バックリボンは皇女様の提案なんですわよ!」


「まぁっ! そうなのですかっ?

 皇女様のセンスには毎回驚かされてばかりですわ」


「えぇ、本当に。

 ……私たちも、今回はどんなドレス姿で皇女様がデビュタントに参加されるのかとても楽しみにしていましたの」


 私が彼女たちにお礼を伝えると、ジェルメールのデザイナーさんが補足するようにドレスについて説明してくれた。


 になって、周囲の人達からこんなにも好意的に見られるということは今までに無かったことだから。


 びっくりしてしまうけど……。


 それでも、こんな風に褒めて貰えると凄く嬉しい。


 ジェルメールのデザイナーさんが、話上手ということもあって……。


 上手いことこうやって、私を褒めてくれて、みんなとの輪を取り持ってくれていることも大きいのだけど。


 巻き戻し前の軸では悪い意味で目立っていて、誰も話しかけてくれるような人がいなくて、壁の花になることしか出来ないでいたから……。


 こんな風に良い印象を持って貰える人達を少しずつでも増やしていけることで、ちょっとずつだけど未来は良い方向へと変わっていっているのかなとも思う。


「……ご婦人方、話に花が咲いている所、失礼しますが。

 皇女様を長い間独占して、話をするのはそれくらいにして頂けませんか?

 皇女様と、話したい方はまだまだ他にも私達なども含めて沢山いますのでな」


 私が貴族の令嬢や夫人達との会話にも慣れて、色々と話をしている最中に、にたりと、不敵な薄ら笑いを浮かべながら水を差すように此方に近づいてきたのは、小太りの40代~50代くらいの、貴族の男の人だった。


 その後ろに、うんうんと頷きながら、その小太りの貴族の言葉を肯定するように付いている人が数人いるのが確認出来る。


 私達に話しかけてきているようで、実質、私にしかまるで興味が無いかのように振る舞ってくるその態度は、傍若無人なようにも感じられて目の前の人の失礼さをより際立たせていた。


 それに、自分が優先されて当然なのだと言わんばかりのその態度には嫌な印象しか受けない。


 咄嗟に、セオドアとアルが私を挟むように横に立ってくれて、警戒をさっと強めてくれたのを感じていたら。


「……まぁっ!

 殿方とのがたともあろう御方が、急に淑女の話に入ってくるのは、あまりスマートとは言えませんわね?」


 一瞬だけ、白けた雰囲気がその場に漂ったのを感じて、私が目の前の貴族の人へと注意しようと口を開きかけた瞬間、ジェルメールのデザイナーさんが釘を刺すように目の前の男の人へと声をかけてくれた。


「なっ……、無礼なっ!」


「皇女様、お気を付け下さい。

 ……あまり、良い噂を聞かない御方です」


 ジェルメールのデザイナーさんが目の前の貴族の人と戦ってくれているあいだ。


 私の傍にいた、貴族の夫人から、こそっと耳打ちするように目の前の男の人の情報をさらっと教えて貰えて、その有り難い情報に私はこくりと頷き返した。


「では、どうやらお邪魔のようですので、私たちはこれで失礼させて貰います」


「皇女様、また機会がありましたら、是非お話させて下さいっ!」


「ええ、本当に話し足りないくらいでした。

 今度は邪魔が入らない所で、私が定期的に開いている茶会にも、是非来て下さると嬉しいですわ」


「ありがとうございます。

 皆さんと話せて本当に楽しかったです」


 夫人や令嬢たちよりも、当然貴族の人の方が優先されてしまうから。


 彼女たちは口々に私に対して声をかけてくれたあとで、その場を辞してくれた。


 そうして、ジェルメールのデザイナーさんが……。


「あら、いやですわっ! 無礼だなんて、そんなっ。

 殿方であるならば、咲き誇る花々の会話を盛り上げてから、スマートにそっと退散を促すのが今のトレンドですわよ?」


 と、うふふと笑いながら、声をかけてくれるのが見えて。


「ええ、本当に。

 普段、皇宮から出られない私はご令嬢や夫人達とはお話する機会が滅多にありませんし……。

 折角、皆さんと楽しくお話させて頂いていたのに、残念です」


『もう少し、話しかけてくるタイミングを見計らってくれたなら……』


 ということを全面に押し出して、私は2人の会話に入ることにした。


 私がお父様から禁止されていて、普段滅多に皇宮から出られないというのは別段隠したりされている訳でもなく、色んな人が知っていることなので。


 その事を言外に匂わせながら伝えることで。


 今さっきの令嬢や夫人達との会話が、この貴族よりも私の中では優先度の高い物であったということをはっきりと理解して貰えたとは思う。


 私から、そんな言葉が返ってくるとも予想していなかったのだろう。


 目の前の貴族が泡を食ったかのように……。


「なっ、……なっ、!」


 と、声を溢すのが聞こえてきた。


 たかが10歳の子供だと思って、侮っていたのがその表情からも伝わってくる。


 一瞬だけ、ジェルメールのデザイナーさんと視線が噛み合えば。


「では、皇女様。

 ……私もこれで失礼させて頂きますわ」


 直ぐさま、この場の状況を判断して。


 さっと、引いてくれるデザイナーさんの方が本当にこの貴族よりも大人な対応だしスマートだった。


 その際、私の方を見て、『流石、皇女様ですわ~っ!』と目線だけで言われているような気がしてならなかったのだけど……。


 デザイナーさんの私に対する好意的なバロメーターは、一体どうなっているんだろう。


 有り難いけど、何て言うか、限界突破して、もの凄く良い方向に振り切れているような気がする……。


 デザイナーさん2人が私の傍から離れると、さっきまで偉そうにしていた貴族の男の人と。


 その後ろにコバンザメのように付いている数人の貴族の人たちが私の方を一斉に見てきた。


 ――彼らについては、巻き戻し前の軸で私自身、見覚えがあった。


【前皇后派であると高らかに宣言していたような人達だ……】


 つまり、お母様のことを持ち出して、私のことをいいように扱いたいと思っているような人達。


 それに、皇女である私に対して話しかけるにしても、会場で用意されている飲み物は基本的に私が持っていないなら、置いてくるのがマナーだ。


 ここにいる人達の大半が、中身の入ったワイングラスを手に持っていることを確認して私は表情を一瞬だけ曇らせた。


 皇女である私に対して、マナー、一つとっても守れていない。


 若しくは、敢えて自分の方が立場が上であると私に向かって誇示してきているような傲慢な人間性であるということが見てとれるだけでも……。


 さっき、貴族の夫人から教えて貰えたように。


 本当に良い噂の無い、碌な人じゃないのだろう、ということは私でも分かる。


 それだけで、警戒をしておくに越したことはないだろう。


「それで、私にお話というのは一体、どのようなご用件なのでしょうか?」


 私が目の前の貴族に伝えれば、私の言葉に動揺していた様子から直ぐに立ち直り……。


「えぇ、皇女様っ。

 ……私達は、皇女様の今の現状を憂いているのです!」


 よくぞ、聞いて下さいました、と言わんばかりに、まるで演説するかのように言葉が降ってきて……。


【うわぁ、もしかして、この話、長くなるのかな……?】


 と、内心で思いながら、一先ず、彼らの話に同調するようなことはせず、子供であるという特権を利用して、私はきょとんと首を傾げることにした。




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