この鍛冶屋で世話になり始めて三日。つまり、武器庫の整理をし始めて三日が経った。
サイモンは相変わらず山のような武器の一つ一つを手入れしていた。扱いにくい武器や、専門外のものも渡された仕様書を元に磨き上げていく。
(あとはこの棚のものと、あっちの箱の中を確認すれば終わりか)
壁一面に置かれていたものは全て磨き上げた。魔法でチャチャッと出来ればよかったのだが、コントロールが初心者並みである今じゃ、逆に粉々にしてしまう未来しか見えない。サイモンは仕方なく、手作業で一つ一つやることにしたのだ。思いの外時間がかかっているのは、手入れされていない物が存外多かったからと、やたらといい剣や斧が隠すように埋もれていたからだ。きっと腕のいい鍛冶師がいるのだろう。魔力の伝導率も良さそうだ。
(是非とも打ってもらいたい)
そんなたらればを考えつつ最後の棚に手をかけようとして、サイモンは聞こえる足音に振り返った。顔を出したのは、ついさっき擦り付けたばかりのジョゼフだった。ぎくりと肩が揺れる。
「おい、サイモン。ちょっと来い」
「は?」
「いいから来い」
──今からアリアの剣を作る。
そう言われれば、サイモンも行かない訳にはいかなかった。
ジョゼフに連れられ、サイモンは相談室の一室に連れてこられていた。渡されたのは、以前アリアが別室で書いた注文書だった。
剣の形や長さ、等身の長さ、装飾部分、重みなど。事細かに書かれたそれは、二つだけ空白の部分があった。入手元と、素材だ。ジョゼフを見れば、ペンを渡される。
「どうせ嬢ちゃんに剣を渡したのはお前だろ? 入手元と素材、それと注文者の下に保護者としてお前の名前を書いといてくれ」
「保護者……」
「保護者だろ」
そんなんじゃない、と思いつつも、やっていることはそういうことなので、仕方なく空欄を埋めていく。最後にサインをすれば、「変更点は?」とジョゼフに聞かれた。どうやらアリアは以前と同じものを注文する気でいたらしい。だが、サイモンは違う。
「見た目と大きさ、それと材質の注文をしてもいいか?」
「お前ならそう言うと思ったぜ」
ジョゼフの言葉に、サイモンは眉を下げて笑う。どうやらジョゼフ自身もこの剣ではアリアに合わないと踏んでいたのだろう。だからこそ、サイモンを呼んでまで読ませたのだ。そうでなければ本人の言う通りに作っていただろう。お人好しなんだか、世話焼きなんだか。
(アリアが使うのは火属性だったな)
以前のものもそこそこ耐久性はあったが、長い旅になるのだからもう少し頑丈なものを揃えた方がいいだろう。魔法を使うのなら、尚のこと。
「アリアは火魔法を使う。だから、燃えにくいものがいい。そうだな……タングステンとか」
「おいおい。そりゃあいくらなんでも過剰じゃないか? そもそもうちにはそんな素材はないぞ」
「素材なら持っているが」
「だとしても、ウチじゃそれを加工するための道具が足らねぇよ」
ジョゼフの呆れた声に「そうか」と、サイモンは肩を落とす。ボックスから出しかけた鉱物を戻せば、後ろから「あぁ……!」と残念そうな声が聞こえた。他の鍛冶師達が気になって覗いているのだろう。サイモンは気にしないが、後でジョゼフには怒られるだろうな。
サイモンは「この施設で一番耐火性の高いもので作ってくれ」と注文すると、今度は長さと重さの大体の値を産出していく。おおよその値がわかれば、どの鍛冶師が担当してもアリアに聞き易くなるだろう。担当は……ジョゼフに任せるか。
「嬢ちゃんのは決まりだな。お前さんのはどうする?」
「ん? ああ、そういえばそうだったな」
何にしようか、と悩む。首を傾げるジョゼフに、サイモンはふとやたらと良く打たれた武器たちを思い出す。
「なあ。他の奴らが打ってるところを見てもいいか?」
「あ? なんでだ」
「気になるヤツがいるんだ」
サイモンの言葉に、ジョゼフは顔を思いっきり顰める。やはり他人が工房の中に入るなんて、気持ちのいいものじゃないのだろう。
(あれを作ったやつを見たかっただけなんだが)
さすがに世話になっている人間が嫌がっていることを強要する気は無い。サイモンはやっぱりいい、と言いかけて、背を向けるジョゼフに口を閉じる。ジョゼフはサイモンを見ると「見たいんだろ」と告げる。つまり、見てもいいということだろう。サイモンは頷いて、ジョゼフの背を追いかけた。
カァン、カァン、と高らかな音が響く。高すぎる気温に、サイモンは立っているだけで額に汗をかいていた。
(熱中症にでもなりそうな暑さだな)
視界は熱された空気で歪んでおり、換気窓から吹く風が一瞬で熱風に変わる。うっと顔を顰めるサイモンに、ジョゼフは何も言わないまま歩き出す。
「自由に見て良いが、奴らの邪魔はするなよ」
「ああ」
ジョゼフの許しに、サイモンは足を踏み出す。
等間隔に置かれた釜の前には、五人の職人がいた。手前から男、女、男、男、女だ。一番目の男と三番目の男は獣人族らしい。獣の耳が、本人が揺れるのと合わせて揺れている。全員が頭に揃いのタオルを巻いており、額に汗を浮かべて鉄を打っている。サイモンはそんな彼らの手元を主に見ていく。
(違う、違う……)
作っているものは様々ではあるが、皆形はできてきている。肩当てから、剣、鏃、篭手。しかし、そのどれもがサイモンの欲している腕とは似ても似つかない。戻ってくるサイモンに、ジョゼフが声をかける。
「どいつか分かったか?」
「いや、いない」
「いない?」
片眉を上げるジョゼフに、サイモンは頷く。「俺じゃないだろうな」と言ってきたが、違うと断言し返してやった。……少し泣きそうな顔をしていたが、気づかなかったことにしよう。いい歳したおっさんの泣き顔なんて、誰も得をしない。
サイモンはジョゼフの弟子たちを見て、首を傾げる。ジョゼフの弟子はここにいる五人で全員だったはず。
(辞めた奴らの中にいたのか? いや、もしあんなものを打てる奴がいたら、ジョゼフが逃がさないだろう)
となれば、ここにいる確率が高い。しかし、ここにはいない。どういうことだ?
「一応聞くが、弟子はあそこにいる五人だけなんだよな?」
「ああ」
(やっぱりそうか)
なら、一体誰が打ったというのか。
考え込むサイモンに、弟子たちが気づき、顔を上げ始める。弟子の集中が切れたことに気づいたジョゼフは、叱責に声を上げ、サイモンを工房から押し出した。
工房を出てもなお、サイモンは悩んでいた。しかし、答えは出ない。それにいち早く勘づいたジョゼフは「まあ、また見たくなったら声をかけてくれ」と告げて、去っていってしまった。薄情なやつである。
(見つからないなら仕方ない)
ポツンと残されたサイモンはとぼとぼと倉庫へと向かった。武器庫が綺麗になるまで、あと少し。今日中にやってしまいたかった。
「退け」
深夜。突然言われた暴言に、サイモンは緩慢な動きで振り返った。
月のあかりしか見えない暗闇の中で見えたのは、白い肌と作業着。それが胸元だと気づいたサイモンはそのまま上を見た。
(でっ……かいな)
見上げてなお、尖った顎と見下ろす視線しか見えず、サイモンはぎょっとする。二歩ほどたたらを踏めば、やっと男の顔が視界に入った。
天を向く大きな耳と、鋭い金色の瞳。ツンツンと立つ髪は男のいらだちを表しているようだった。
──オオカミ族。その中でも一番珍しい、ハイイロオオカミの種族だ。長い旅をしているサイモンですら、会うのは二度目だ。
(百九十……いや、二メートルは超えてるかもな)
でかいと言うよりは、長いと言った方が的確かもしれない。頭の上にある耳も相俟ってか、余計にそう見える。
「邪魔だっつってんだろ」
「あ、ああ。悪い」
サイモンは再びかけられる暴言に、慌てて身を寄せる。男は無言でサイモンを睨みつけると、舌打ちをして前を通り過ぎた。
(うーん)
中々に失礼なオオカミさんだ。サイモンは別に礼が欲しかったわけじゃない。だが、舌打ちをするのは頂けないんじゃないだろうか。普通に考えて。それくらいの常識はサイモンにだってある。
「ちょっと待とうか。オオカミくん」
「あ゛? っ、!?」
サイモンはパチンと一つ指を弾くと、オオカミ男の前に移動する。驚いて目を丸くする彼にサイモンは満足気に笑いつつ、親指で外を指し示した。
「ちょーっと、お兄さんとお話しないか?」
無詠唱で発動した魔法でオオカミ男の腕を縛り上げると、木箱を奪った。
──やっぱりそうか。
サイモンは口角が上がるのを抑えられなかった。