「チッ!」
「おーい、ヤコブ。どんどん極悪になってるぞー」
「顔」と付け足せば、ヤコブの顔が一気に歪む。せっかくの美形が台無しだぞ、と思う反面、そんな顔も出来たのかと少し感心してしまう。
(中身はもう、ヤコブじゃないだろうけどな)
意識はあるのか、時折ヤコブの気配を感じるが表に出て来ることはほとんどない。サイモンはヤコブの攻撃を避けながら、そう思う。
(こいつの狙いは俺だろうな)
多少トトにも攻撃を仕掛けていたようだが、それ以外は全てサイモンの事を狙ったものだ。加減のない攻撃はサイモンの力量を知っているからか、それとも殺すからそんなのは関係ないという意図なのか。どちらにせよ、サイモンはここで殺される気はないので全力で応戦するしかない。
ブオンッと振られる斧を避け、距離を取る。地上に出たことで動きやすくなったはいいが、それはヤコブも同じなのだろう。戦い方がヤコブ自身に寄せられてきて、徐々に厄介さを増している。
(完全に乗っ取られたら人格以外、ヤコブそのものになりそうだな)
もしそうなったら余計に面倒なことになる。
操られている人間を正気に戻すには、二つしか方法が無い。
一つは、操られている人間を殺すこと。殺せば中にいる物も死ぬのだから、当然だろう。しかし、これは最終手段として残しておきたいとサイモンは思っている。そしてもう一つは、魔力を流し込んで相殺する方法だ。
「っていってもなぁ。全然近づけないし、無理じゃね?」
「何をぶつくさ言っている!」
「しゃべった!?」
さっきまで無言か舌打ちしかしていなかったヤコブが、急に話し出したことにサイモンは心底驚いた。「ああ゛?!」と荒っぽい声を上げるヤコブに(やべっ)と口を噤んだ。
(思った以上に侵食が早いな)
もっと持つかと思っていたが、難しいかもしれない。よく考えればここに来るまでにかなりの時間を旅していたと聞いているし、その間ずっとかかっていたなら、むしろ十分堪えた方だろう。
魔力を流し込んで相殺するとして、欲しい情報は二つ。『ヤコブの中にある異物の保有する魔力量』と『魔力の根元』だ。寄生される時、大体の場合は首や腕等、外部から寄生されることが多い。その根元を知っているのと知らないのでは、効果は雲泥の差だ。最悪、根元だけ残って再発する可能性もある。
「本当に面倒なモン持って来たな、アイツ」
呆れたようにため息を吐けば、視界の端を白い鳥が横切った。
(あれは、トトの伝書鳩か!)
サイモンが気づくのと同時に、ザザザ、とノイズ音が響く。
『ヤコブの背中』
「……は?」
ヤコブの背中? それがどうかしたのか?
首を傾げるサイモンに、鳥はひと泣きすると、もう一度伝言を再生した。しかし内容は変わらない。嘘だろ、とトトがいる方を向けば、自分たちをここまで連れて来た少女――神子と楽しそうに話をしていた。
(あいつ……!)
人が大変な思いをしている時に、と思う反面、文句を言う気にはならなかった。トトが面倒だからって最低限の単語しか寄越さないのは、稀にあることだったからだ。そして、こういう時に限って伝言の内容が重要だったりする。
(くそっ、後で絶対仕返ししてやるからな)
サイモンは心の内でそう告げると、ヤコブを見る。背中が見れないかと思ったが、ターゲットになっている以上、そう簡単に見ることは出来なさそうだ。舌を打って、サイモンは考える。
このタイミングで、あの伝言。トトがサイモンの思考を読んでいると考え、更にさっき一瞬トトに攻撃を繰り出していたのを思えば――――思い当たることは、たった一つ。
「そういうことか……!」
『魔力の根元』が、ヤコブの背中にあるということ。魔力量は未だわからないが、根元がわかったのは大きい。
(ナイスだ、トト!)
単語だけで送って来たのも、今回ばかりは許してやろう。
サイモンはチラっとヤコブを見る。かなりのスピードで避けているが、ヤコブは全力で追いかけてきている。そろそろ疲れて来たし、一息を付きたいと思っていれば、「ハハッ!」とヤコブ(仮)が笑い声を上げた。
「逃げ惑うしかできないか! 騎士団副隊長が無様な姿だなァ!」
「元だっつーの」
「ハハハ!」と上機嫌に笑うヤコブ(仮)。サイモンが苦戦しているように見える現状が、どうやら楽しいらしい。
「コイツが一番扱いやすいと思っていたが、まさかこれほどまでとはな! 我の見立てに間違いはなかった!」
「……何?」
サイモンは足を止めると、彼を見上げた。不快な笑みがサイモンを見下ろしている。ヤコブ(仮)は持っていた斧を肩に乗せている。彼の立ち姿を真似しているようだが、全く似ていない。
ヤコブ(彼)は張った胸を叩くと、自信ありげに笑みを浮かべる。この姿をヤコブ本人に見せたら、かなり面白そうだ。残せないのが惜しい。
「我に下された命は、五大英雄の抹殺! しかし、この男は五大英雄の中でも最弱だと聞く。ならば体を乗っ取ってやろうと試しに種を撒いてみれば……いやはや。やはり英雄とは名ばかりのものだったらしい。まんまと引っかかってくれた」
「……あ?」
「だが、凡人に比べればいくらかマシだな。筋力も体力もある。魔力量は少ないが、我がいればどうとでもなろう。意識を乗っ取るのには苦労したが、それもこれまで。この身体は我が支配し、有意義に使ってやる。――我らが敬愛する神の為に!」
両手を広げ、空を見上げるヤコブ(仮)に、サイモンは全力で顔を顰める。
(神? 五大英雄の抹殺? なんだ、それ)
そんなくだらないことをコイツは何故、自信満々に叫んでいるのか。サイモンにはわからなかった。ハッと鼻で笑い、ヤコブ(仮)の顔を見る。最早彼をヤコブだとは見えなかった。
「お前らの敬愛する神というのは、なんだ」
「おや。我らが神に興味があるのかい?」
「興味……まあ、そうだな」
興味と言えば、そうなのかもしれない。もちろんその興味はいい方向のものではないが、サイモンには関係が無い。
にやりと嫌な笑みを浮かべる狂信者に、寒気がする。この感覚を、サイモンは少し前に感じたことがあった。
(……もしかしてこいつ等)
「我らの神は全知全能! この世の全てを知る神だ! 平和などという腐った思考を叩き、この世界に戦争という輝かしい進歩をくださる! そして、我らはその神の手となり足となり、世界をより良いものへと導く使命を得た! 君たちのこの崇高な使命を理解できるか? 出来ないだろう!」
「……つまり、謀反を起こそうって話か?」
「そんな小さな言葉でまとめるな下等生物がッ!」
グワッと大きな口を開き、反論する狂信者。どうやら図星という名の地雷を踏んでしまったらしい。サイモンは後頭部を掻くと、狂信者を見上げる。
(自信満々に言っているのに、なんだろうな。この捨て駒感)
そもそも、なんで平和だといけないのか。争いが何を運び、何を齎すのか。知らないわけでもあるまいし。それとも――。
「……自分だけは助かるとでも、思っているのか?」
「何を言っている!? 言いたいことがあるならちゃんと言え、下等生物!」
「……」
サイモンは威嚇する狂信者を見つめる。
(……やっぱり)
そうだとわかってしまえば、何とも憐れに見えるのだから、困る。はあ、とため息を吐き出せば、ギャンギャンと騒ぎ立てる狂信者。彼はどうやら本気で自分たちは恵まれた環境になると思い込んでいるらしい。
(話すだけ無駄だな)
サイモンはそう思うと、持っていた剣を頭上に掲げた。訝しむ狂信者はサイモンが何をしようとしているのか、わかっていないようだった。
「もし本当に相手がヤコブなら、そもそも俺を地上に出さなかっただろうな」
だから、最初の方は狭くとも遺跡の中で闘っていた。それが意識を乗っ取られた途端、地上に打ち上げられ、折角のバフを失くしている。地上に出たことでサイモンが魔力を自由に使えるようになっているのに、狂信者は気づいていない。
(どっちが名ばかりなのか)
わからせるには丁度いい。
肩に乗っていた伝書鳩にトトへの伝言を吹きかけ、飛んでいくのを見送った。ついでに近くにいるであろうアリアとグレアにも伝書を送っておく。彼等の事だ。きっと無事なところにいるだろう。
サイモンたちの上空に雲が集まる。バチバチと弾けるのは、雷。
「な、なんだ!? 何が起きている!?」
「さあ。何が起きるんだろうな」
狼狽える狂信者に、サイモンはにやりと笑みを浮かべる。胸中でカウントが響いた。
(自分の愚かさを身に染みて理解しろ)
サイモンはトトの方を見るなり、剣を振り下げた。
「〝
刹那。狂信者を包み込む青い稲妻。
狂信者の悲鳴が響く。