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お前に礼を伝えたい

事後処理に回るという金谷さんと狭山さんを現地に置き、南さんの運転で俺と千歳は帰途に付いた。

車の中で、俺は大事なことを思い出した。星野さんに、千歳が元に戻ったと連絡しないといけない。星野さんすごく心配してたし、早く伝えたほうがいい。

LINEすると、すぐ返事が来た。

「大丈夫? 千歳ちゃんに会えない? 渡したいものがあるの」

渡したいもの? なんだろう。

俺は、千歳(女子中学生のすがた)に星野さんの返事を見せ、運転する南さんに声をかけた。

「すみません、南さん、星野さんの家ご存知ですよね? 星野さんの家で降ろしていただけませんか? そこからは歩いて帰りますから」

千歳が異議を唱えた。

『星野さんち行くのはいいけど、いったん家帰らないか?』

俺は自信満々に答えた。

「いったん家帰ったら、俺は気が抜けて動けなくなる自信がある」

『変な自信持つな。まあ、じゃあ、星野さんち行ってから帰ろう』

「ちゃんと元通りで元気ですってアピールしなよ、星野さん、千歳が刺されてすごくショック受けてたから」

千歳はしゅんとした。

『そうか、悪いもの見せちゃったなあ、謝っとこう』

「謝るのもいいけど、それより、元気ですって見せたほうがいいと思うけどね。今回の件、千歳何も悪くないんだし」

というわけで、星野さんに、「今移動中なので、帰ったらそちらに伺います」と返事をした。一時間半くらいのドライブ。車は見慣れた住宅街に入り、立ち並ぶ一戸建てのひとつの前で止まった。表札は〈星野〉だ。

南さんにお礼を言って、二人で車を降りた。南さんも事後処理に合流するということで、車はすぐ走り去った。

チャイムを押して名乗ると、すぐ玄関が開いて星野さんが出てきた。

「千歳ちゃん!」

千歳は、元気アピールなのか両手を広げてみせた。

『星野さん、もう元気だぞワシ! 心配かけてごめん!』

「千歳ちゃん、千歳ちゃん、よかったあ……」

星野さんの目が潤んでいる。そりゃ、あれだけショック受けてたもんな。

俺は補足説明として言った。

「ちゃんと、千歳の中身全員集めてもとに戻りまして。もう何もなかったみたいに元通りです」

「そう、本当に良かったわ……あ、待ってね、渡したかったのはこれ」

星野さんは、玄関脇の棚の上においてあったものをくれた。ジャムか何かの瓶の、大きいものと小さいもの。ひとつの中身は味噌っぽく、もうひとつは緑の野菜の漬物っぽかった。

「あのね、千歳ちゃんが買った野菜、私の車に忘れてったから、長持ちするようにしておいたの。これが葉唐辛子味噌で、こっちが万願寺とうがらしのピクルス。瓶ごともらってちょうだい」

『わー! ありがとう!』

千歳は手放しに喜んだ。

「千歳ちゃんがいつ帰ってきてもいいように、長く持つのにしておいたけど、なるべく早く食べてね」

『うん!』

「そうだわ、ナスとニラときゅうりももらってほしいのよ。今、袋に分けて持ってくるわね」

『わーい、ありがとう!』

俺は星野さんに深々と頭を下げた。

「いつもすみません、本当にありがとうございます」

野菜の袋を下げて、星野さんちから家まで二人でぶらぶら歩く。星野さんも見た限りでは通常運行に戻ったようで、よかった。千歳と本当に仲がいいこともわかったし。

千歳が野菜の袋を確認しながら言う。

『家の冷蔵庫、卵はまだ大丈夫だろうし、帰ったらニラ玉作るな』

「いいね」

久々に千歳の料理が食べられる。ずいぶん嬉しい。手料理が食べられるのも嬉しいけど、千歳が元に戻って帰ってきたことが、本当に嬉しい。

ほのぼのとした気持ちで千歳を見ていると、千歳は野菜の袋を持ち直し、俺を見上げた。

『なあ』

「何?」

『……迎えに来てくれて、ありがとうな』

「え?」

千歳はぷいとそっぽを向いた。

『あと、玉ねぎも傷んでないだろうからナスとポン酢で炒めて、それと、たたききゅうりでも作るか』

「え、待ってちょっと、流さないで千歳」

千歳が今、俺にお礼を言った!? 俺にだぞ!? 前、あんなに『お前にお礼なんて言わない』って言ってたのに!?

「もっかい! 千歳、もっかい言って!」

『うるさい! 二度と言わん!』

なんだかんだ騒ぎながら帰って、遅いお昼に千歳の料理を食べたら俺は布団に墜落し、それから二日半寝込んだ。

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