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お前の仕事を読んでみたい

近所のコンビニで現金をおろして、ついでにリプトンのミントミルクティーを買った。チョコミント商品ではないが、チョコミン党に評判がいいので、怨霊(命名:千歳)が好きかもしれない。

外を一人でずっとうろついてると、調子を悪くしたとき大変なので、すぐ家に帰った。この家とももう少しでお別れか。

「ただいま」

『おう、お帰り』

テーブルでタブレットをいじっていた千歳(黒い一反木綿のすがた)がこちらを見た。

「千歳、これおいしいらしいから飲まない?」

『ん? なんだ?』

「甘いミントミルクティー。チョコミント好きに人気みたいだから」

『チョコは入ってないのか?』

「チョコは入ってない。でも、気に入らなかったら俺が飲むから」

『うーん……』

千歳は微妙に気が進まない顔で紙パックを受け取ったが、コップを出して一口分だけ注いで慎重に飲んで、目を丸くした。

『これ、全部飲む!』

反応が良すぎるので、俺は思わず笑ってしまった。

「気に入ってよかった、まだ多少は売ってると思うよ」

現金を整理してからバックを置き、机の前に座って仕事に戻ろうとパソコンを開く。すると、なぜか千歳がミントミルクティー片手にパソコンを覗きこんできた。

『なあ、お前、ちょくちょくいいこと教えてくれて、割と物知りだよな』

「そう?」

『Webライターの仕事で、いろんなの書いてるからか?』

「うーん、まあそうとも言えるかも……俺、たいして物知りではないけど、調べてまとめるの苦にならない方だし、書いたことには詳しくなるかな」

『インターネットって、何でも書いてあるのか?』

「何でもは書いてないな、本にしかない知識はたくさんあるよ。でも俺インターネットに載せる文章を書く人だから、インターネットのトレンドはそこそこ追ってるかな」

完全に見る専だが、主にインスタとTwitterのトレンドは追うようにしている。本当はTikTokももう少し追いたいが、気がつくと石鹸を刻む動画ばかり見ているのでよくない。

『どんなの書いてるんだ、お前?』

……一言で言い表せない。宣伝コラム、解説や場所埋めのwebコンテンツ、ブログ記事その他のゴーストライター、いろいろやっている。あと、俺レベルだと自分の名義を出していない(出してはいけない)仕事が多く、これは俺がやったと公開すべきでないので、扱いが難しいのだ。

「いろいろあるとしか言えないんだけど……タブレット貸してくれない? 俺のやったことで、俺の名前出していい仕事まとめたページ開くから」

「ん」

千歳からタブレットを受け取り、とりあえずスキルシェアサイトの俺のアカウントのポートフォリオを開いて、千歳にタブレットを返した。

「ここに主だったのはまとめてある。でも、俺の名前出しちゃいけない仕事はすごく多いから、公開していいのまとめても、しょぼいんだけどね」

千歳は興味深げにポートフォリオを見た。

『へー、本当にいろいろある……なんでお前の名前出しちゃいけない仕事多いんだ?』

「うーん、書いた人間の名前を出すほどでもなかったり、監修の人が有名で、そっちを目立たせるために、メインの文章を書いた人は名前を出したくなかったり、ゴーストライターだったり、いろいろ」

『ゴーストライター!? そんなのやってたのか、お前!?』

「割とそういう感じの仕事は多いよ。千歳になら名前出しちゃいけないやつ見せるけど、秘密は守らなきゃ信用なくすから、俺が書いたってよそに言わないでね」

『うん』

「星野さんにもだよ」

『き……気をつける』

まあ、星野さんくらいの年代の人になら言ってももよくわからないと思うが、口止めはしておくに越したことはない。

『今は何書いてるんだ?』

「こんなの。名前出しちゃいけないやつだけど、継続の仕事だから、前やったのでもう載ってるの見せるよ」

パソコンに向き直り、ブックマークに入れている高級なコーヒー専門店のサイトを開く。商品紹介ページを開くと、コーヒー豆の産地ごとの風味や味わいを解説している記事が出た。千歳が覗き込んでくる。

『へー、コーヒーか。お前こんなの書けたのか?』

「まあ、やろうと思えば」

「いつも安いインスタントコーヒーしか飲んでないのに、詳しいんだな。凝ってた事あったのか?』

俺はちょっと悪い笑みを浮かべた。

「凝ってたことは一度もないよ。この記事は、コーヒー好きな人や味の感想書いてる人はいっぱいいるから、日本語と英語で専門サイトとか愛好家ブログとかSNSの感想を調べまくって味と香りの表現の傾向をつかんで、それを参考に書いた」

『え』

「ここのコーヒー、一滴も飲んだことない。値段高すぎるんだもん」

千歳は慌てた顔になった。

『おい、そんなのありかよ、試飲とかないのか?』

「そんなコストかける会社、そうそうないよ。下請けのライターに書かせるだけのことなのに」

『えー、そんな記事が堂々と載ってるのか!?』

俺は苦笑した。

「この記事、割と評判良かったんだよ? だから継続で頼まれて、今回で三回目だし」

千歳はあきれた顔になった。

『うわー……なんか、インターネットに書いてあることが信じられなくなってきた』

俺はふと思った。これは、千歳にインターネットの歩き方を教えるいい機会かもしれない。ネットは必ずしも信じられる情報ばかりではないのだ。いや、俺はできる限り調べて、できる限り事実に即したことを書いてるけど。

「そうだよ千歳、インターネットって本当に玉石混交なんだよ? 俺、千歳に信用できるサイトしか教えてないからね」

千歳は目を丸くした。

『え、じゃあ前に教えてくれた料理のレシピのサイトもそうなのか?』

「うん、評判が確かだったり、専門家が作ってたりする所選んだ」

『そ、そうだったのか……だからどのレシピもうまいのか……』

「YouTubeも見られるようにしてあるけどさ

、本当はYouTubeも、情報元が怪しい動画は腐るほどあるから気をつけてね? 料理とか動物見るだけなら、特に問題ないけど」

千歳は持っているタブレットに目を落とした。

『マッサージの動画はだめか? この頃見てるんだ』

「うーん、接骨院とか、理学療法士とか、専門家がやってるとはっきりしてる動画なら、まあ信用してもいいかな……ん? なんでマッサージ?」

『いや、ワシがマッサージうまくなったら、お前もっと健康になってたくさん稼いで女見つけて子孫繋げるかなと思って、いろいろ見てる』

今度は、俺が目を丸くする番だった。

「え、そこまでしてくれてたのか……」

千歳にはちょくちょく体もんでもらってて、毎回すごく気持ちいいけど、そんな影の努力があったのか……。

不意打ちすぎて、すごくじーんと来てしまった。マッサージ自体、体が楽になってありがたいけど、俺のために調べて勉強してくれる人がいることが、なんだかすごくありがたい。

「うわー、なんかありがとう……今日のお風呂上がり、また腰と背中揉んでもらってもいい?」

『まかせろ! 筋膜リリースとかもやってやるぞ!』

「ありがとう、助かる」

千歳には、毎日の食事作りも食材の買い出しも頼り切りだし、洗濯もやってもらってるし、ここにマッサージまでついたら、もう千歳なしの生活考えられないな。

それに、そばで世話を焼いてくれて楽しくやってくれる人がいると、この生活を守るために稼がなきゃって、仕事に張り合いが出る。千歳、できるだけ長く、俺のところにいてくれないかな。

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