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話だけでも聞いたげたい

伸ばし伸ばしになっていたが、引越し見積もりをネットからやっと頼んだ。今はネット上だけで見積もりが完了するのがありがたい。良さそうな業者を二つ見比べて、思い切ってサービスの良さそうな方に決めた所、怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)が買い物から帰ってきた。

千歳は荷物を置きながら言う。

『ただいま、なあ、引越し前だけど荷物増やしてもいいか?』

「荷物?」

なんだろう。大きいものだったら、見積もり済んだあとなので困るが。

『あのな、保温鍋っていう大きい鍋、星野さんがもらってくれないかって言うんだ。他にもあるけど』

「保温鍋? どんなのだっけ?」

『ええと、一度中身を沸騰させてから保温したら、じわじわ温め続けるから煮込むガス代が節約できるんだって』

「そんなのがあるんだ?」

『あと、タッパーとかジップロックもくれるっていうから、できれば欲しい』

鍋とかタッパーか。それくらいなら何とかなると思うけど……ていうか、なんで星野さんはそんなにくれるんだ?

「もらうのは全然構わないけど、引っ越しの時に手で持ってってもらうこともありうるかも……星野さん、なんでそんなにくれるの?」

『…………』

俺は気づいた。千歳、こういうのは喜びそうなのに、なんだか全然嬉しそうじゃない。ていうか、帰ってきた時からなんか元気ないような。

「千歳、なんか元気ないけどどうした? 大丈夫? どっか調子悪い?」

千歳が調子悪いとか初めてだ、あんなに最強の怨霊なのに! 体質診断では健康状態は全く問題なさそうだったけど、体調っていきなり崩れるものだし、どうしたんだろうか、寝ててもらったほうがいいだろうか?

千歳はなんだかしおれた顔のまま言った。

『別に調子は悪くない……その……星野さんが元気なくて』

「星野さん? 何かあったの?」

千歳は話してくれた。星野さんは両親の介護をしていて、今まで両親のいる実家に通っていろいろ世話していたそうだ。だが、その両親は二人とも高齢で心臓が悪く、何かあった時は医療にアクセスしやすい環境にいたほうがいいということで、看護師のいる老人ホームに移ったそうだ。

それで、星野さんはもう住む人がいない実家のものをいろいろ処分する必要が出て、それで千歳に使いたい調理器具がないか話が来た、とのことだった。

『星野さん、できるだけ長く親の面倒見たかったけどうまくできなかったって言ってて。元気なくて』

「そっか……」

『同居も考えたらしくて、旦那さんもいいって言ってたらしいんだけど、心臓になにかあったらすぐ対処できるのは老人ホームの方だから、老人ホームにするしかなかったんだって。コロナ禍で頻繁な面会できないし、でもそれしかないって言ってて、落ち込んでて』

「うん……」

『ワシ、何も気の利いたこと言えなくて。どうすればよかったんだろう』

俺は考え込んだ。こういうのは、難しい問題だな……。

ただ、こういうのは、一人で抱えるのが辛くて、誰かに話したくなるものかもしれない、とも思う。話してなにか解決するわけじゃなくても。

いわゆる、「聞いてくれるだけでいい」っていうやつ。

なので、千歳にはそう言ってみることにした。

「その……別に何かしなきゃいけないわけでもないと思うよ。星野さんは単に、千歳に聞いてほしかったのかも」

『そうか?』

「その、聞いてもらうだけで楽になることはあるしさ。千歳はちゃんと聞いて、それで星野さんの調理器具もらってっていうお願いもちゃんと聞いてるわけだから、千歳まで落ち込むことないと思うよ」

千歳は首を傾げた。

『ワシが話聞いたら、星野さん元気出るか?』

「必ずとは言わないけど、そういうこともあるんじゃないかな」

『じゃあ……。うん、星野さんが話したそうだったら、そういう話たくさん聞く。あ、あと、星野さんにラインして、荷物増えて大丈夫だから保温鍋とタッパーとジップロックくださいって伝えといてくれ』

「うん」

俺はスマホを手に取り、星野さんにいつものお礼と、保温鍋その他をぜひいただきたいです、よろしくお願いいたします、と送った。

「あ、返事来たよ、明日うちに車回すから、実家まで来て欲しいもの選んでほしいって」

『わかった。……なあ』

「何?」

『あのさ、ワシ、お前が話聞いてほしいときも、聞いてやらなくもないぞ』

……え、それ、俺がきつい時、重い話でも聞いてくれるってこと?

俺が聞いてほしいこと、重い話……うーん、俺にとって、今のWebライターの仕事の愚痴は、そんな重いものじゃないな……いろいろ大変なことはあるけど……。

俺にとって、重い話。それは……。

……思い浮かぶのは、エセ医療で詐欺まがいのことをやっている両親のこと。そして、唯一連絡を取っていたけど、ここ数年没交渉の祖母のこと。

でも、そんなことをいきなり千歳に話すのも抵抗がある。それに、いきなり重い話を千歳に聞かせるのもな。今、千歳は星野さんの件だけで落ち込んでるしな。

「今は、その……特にないけど……」

『そうか』

「でも、その、何ていうか、そのうち聞いてほしいこともあるかもしれない」

一緒に暮らしてたらいろいろ起こるし、人生何が起きるかわからないし、千歳に知っておいてほしいこともあるかもしれない。その時は、ちゃんと話そう。

『ふーん、じゃあその時は言え』

「……そうする。ありがとう」

翌日、千歳は星野さんの迎えの車に乗って、大きな紙袋に保温鍋とたくさんのタッパーその他をもらってはしゃいで帰ってきた。

『星野さんの親、老人ホームきれいで気に入って、友達もできたって! あと、保温鍋用のレシピブックももらった!』

「よかったね」

『星野さん、そんなに心配することなかったって喜んでた!』

「うん、本当によかった」

千歳が喜んでいてよかったが、俺は、星野さんの年格好は両親とそんなに変わらないことを少し考えた。そこからすると、星野さんの親と祖母もそんなに歳変わらないし、そうすると祖母も老人ホームだっておかしくない年なんだよな。

それを思うと、少し心がチクリとした。

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