さて、五分後にLINEビデオ通話で多田さんの体質診断である。チェック式の問診票は事前に答えて多田さんに送ってあるし、あとはあっちからの連絡を待てばいいのだが。
俺は、怨霊(ヤーさんのすがた)(命名:千歳)にもう一度念を押した。
「頼むから、多田さんには敬語使ってね。俺の仕事相手だからさ。仕事もらえなくなったら困る」
『難しいな……』
千歳は眉根を寄せた。
「ですます口調で喋るだけでいいから。謙譲語とか尊敬語まではやらなくていいから」
『うーん、やってみる』
「練習してみる?」
『えーと、よろしくお願いします、どんなことするんですか?』
「いい感じ、いい感じ」
なんだかんだ喋っていたら、多田さんから着信が入った。お互いあいさつしあい、千歳を先に診断してもらうことになっていたので千歳にビデオ通話中のスマホをゆずる。
〈問診票ありがとうございますね、これをもとにいろいろ質問させていただきます〉
『よ、よろしくお願いします』
〈緊張されてます? 変なことは聞きませんよ、大丈夫です、よろしくお願いいたします。あ、でもお通じの様子などは細かくお聞きします〉
『は、はい』
〈それでは、始めさせていただきます。問診票を見る限りでは特に問題ありませんが、ご自身の認識と実際のところがズレていることがあるので、そのあたりを質問させていただきますね〉
多田さんが手元の資料に目を落としながら、食事の量と回数、排泄物の具合と回数、睡眠時間と睡眠時間帯などについて詳しく質問していく。
〈睡眠時間が極端に少ないのが気になりますが、この時間眠れば特に不調は感じないんですね?〉
『ええと、全然寝なくても大丈夫です。ヒマな時だけ寝ます』
〈……ショートスリーパーなんですね〉
……寝なくても食べなくても死なない千歳(怨霊だが)を漢方の体質診断で測るのはやっぱり無理があっただろうか。だが、問診は順調に進んでいった。
〈では、舌を出して見せてください。あ、もう少し思い切り出してください〉
舌を出してみせる千歳。横から見るとわからないことも多いが、舌の色艶だけ見るなら非常に健康そうだ(舌のピンク度合いと形、大きさである程度体質は判別できる)。
多田さんは手元の紙に何が書きつけつつ言った。
〈ありがとうございます。ここまでのお話と舌の状態を見る限り、金谷さんは非常に健康です。今の生活を続ければ問題はないでしょう〉
『ええと、じゃあ次はすぐこいつを見てください、全然健康じゃないんで』
〈和泉さんは……まあ……なんと言うか……いえ、とりあえず問診を始めましょう〉
俺は気が重くなった。問診票に答えた時点で、俺だいぶ体調ひどいなと思っていたので。千歳が来て良くなったと思っていたけど、まだまだなんだな……。ていうか、多田さんが口ごもるレベルでひどいのか……。
〈冷えがあって、手や腰やみぞおちも触ってみて冷たいということですが、それは入浴後でもですか?〉
「出てすぐは温かいと思いますが、すぐ服着ないと即冷えます」
〈下痢が続いていて、過敏性腸症候群と診断されているということですが、朝方と夕方ではどちらがひどいですか?〉
「朝の方ですね」
その他にもいろいろ質問され、一応多少漢方かじっている身としてはある程度体質の予想がついた。俺相当体力ないし、体も冷え切っている。
〈舌を見せてください。……ああ、これは……また典型的な……〉
「……典型的な陽虚ですよね……」
〈まあ……そうですね。養生法は、和泉さんなら、もうある程度はわかると思いますが〉
横にいた千歳が、俺と画面の多田さんを交互に見た。
『陽虚ってなんですか?』
〈あ、ちゃんとご説明したほうがいいですね。そうしないとちゃんとやったことにならない。陽虚っていうのは、体のエネルギーが足りなくて体がちゃんと機能しない上に、体を温めるエネルギーがなくて芯から冷えてる状態です〉
『ダメダメじゃないですか』
〈まあ、ご本人の体質もあるので、ご本人の責任とは言い難いんですが、この年齢でここまで陽虚は、相当の過労や乱れた生活が考えられるかと……〉
多田さんの言うことは漢方的に全くもって正しいので、俺は立つ瀬がない。一応弁解した。
「まあその、今はそれなりに規則正しく生活してちゃんとしたものも食べてますが、コロナ始まる前のブラック企業時代は、まあ、過労でしたし、恐ろしく生活が乱れてまして」
深夜残業泊まり込みは日常だったし、上司の無茶振りのストレスはひどかったし、カロリー補給はエナドリと菓子パンだった。よくそんな生活三年近く続けてたな、俺。
〈一度調子崩すと治りにくいので、まあ、原因はそれでしょうね〉
『どうすれば治りますか?』
〈体を冷やさないで、温かいものをよく噛んで食べるのが基本です。運動は気持ちいい程度、疲れない程度で〉
『精のつく物は意識して食べさせてるんですけど、何食べさせればいいですか?』
「そうですね、精をつけるものとしては、黒豆、なた豆、ブロッコリー、キャベツ、干ししいたけ、松の実、かつお、赤貝、うずらの卵、鶏レバー、体を温めるものとしては、くるみ、海老、ニラ、まぐろ、黒砂糖あたりですかね。薬味類を多めにするだけでも違いますよ」
何も見ずによくスラスラ言えるなあ、多田さん。文章が下手でブログもwebコンテンツも壊滅的だけど、漢方薬局の薬剤師さんとしての腕は確かなんだよなあ。
いきなり食材をいろいろ言われて、千歳は慌てた。
『え、ちょっと待ってください、多い、メモ!』
〈あとでまとめた物を送りますよ。あと、普段飲むものは、紅茶やなた豆茶がおすすめですね〉
『あ、ありがとうございます』
千歳は頭を下げた。俺は多田さんに言った。
「ええと、でも、私は基本的にちゃんとした食事作ってもらって食べてるし、内科で人参湯出されて真面目に飲んでるんですが、それでこの体たらくなんですよね……」
〈私なら附子理中湯出しますね〉
「ああ、なるほど……」
人参湯は冷えて下痢をする人向けの薬だ。別名は理中湯だが、これに附子(体を強力に温める強い生薬)を足すと附子理中湯になる。
〈病院で人参湯出してもらってるなら、病院でまず相談して附子理中湯でも大丈夫か聞くほうがいいですね。うちでも売ってはいますが〉
病院、というか医者の意見を尊重するあたりも、多田さんがまともな漢方薬局の人だということを表している。祖父のことを思い出して、多田さんとの仕事は大事にしようと改めて思った。
「近いうちに相談してみます、多分出してもらえるとは思いますが」
〈そうしてみてください〉
その後、多田さんにリモート体質診断の感想をいろいろ聞かれて終わり(千歳は面白かったそうだ)、その日の夕飯にはニラとネギの厚揚げ炒め(豚こま入り)が出た。
「めちゃくちゃにんにく効いてる……」
『生姜も入れたぞ! 薬味多めだ!』
「これはまあおいしいけどさ、あんまり効能に振ってもおいしくなくなるから、これまでの調子の千歳のご飯だとありがたいな……」
祖父がたまに作ってくれた生薬満載薬膳を思い出しつつ、俺は言った。でも、当時はあんまりおいしくなかったけど、自分の体調を考えて食事を作ってくれる人がいるって、すごく幸せなことなんだよな。
……今、千歳がいて、千歳がいろいろやってくれてること、本当にありがたいし、幸せなのかもしれない。