千歳が面白がりそうな体験型記事の仕事も探そうかなと思っていたら、向こうからそういう話が飛び込んできた。
前、萌木さんのところから来た富貴さんの子会社の仕事で、監修にふさわしいと俺が選んだ人でまともな漢方薬局の薬剤師さん(文章が下手だが漢方の腕は確か)がいる。その縁で、その漢方薬局のホームページのwebコンテンツをいろいろ頼まれるようになった。無難にこなしてきたのだが、今回別の仕事も頼みたいということだ。
その薬剤師さん、多田さんからはこういうことだった。
〈コロナ禍が収まらないので、リモートでの問診とか体質診断もやろうと思うんです。でも、ぶっつけだといろいろ不具合が出ると思うんですよ。なので、拘束する時間分はお支払いするので、和泉さん一度モニターやっていただけませんか?〉
俺は考えた。俺が多田さんの体質診断をzoomか何かで受ければいいだけの話だが、漢方だの中医学だのに詳しい者同士でやると、ツーカーで話が通じてしまって、漢方のことなんて何も知らない人からの視点を見落とすかもしれない。それに、多田さんに見てもらったら、まともな健康診断ができなかった千歳を、別視点から診断してもらうこともできるかもしれない。
なので、俺はこう返した。
〈モニターを私がお引き受けすることはできますが、こういうのは漢方に詳しくない人で一度やる方が、こちらにない視点がわかっていいと思います。私の同居人で漢方のことに詳しくない者がいるので、モニターはその同居人にやってもらって、私は横で見て、私と同居人の二視点で感想をお渡しするというのはどうでしょうか?〉
別の仕事をしてしばらく待っていたら、〈それでお願いします〉と返事が来た。細かい条件を詰めるメールを送って、俺はチョコミントをつまんでいる怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)に声をかけた。
「千歳、またちょっと仕事関連で頼みがあるんだけど」
『ん? なんだ?』
「ネットのリモートで、漢方薬局の体質診断受けてほしいんだ。モニターを頼まれたんだけど、漢方に詳しくない人のほうがモニターに適してるからさ。俺の視点も欲しいだろうから、俺横で見てるけど」
千歳は首を傾げた。
『どんなことやるんだ?』
「事前にチェック式の問診票に答えて送っておいて、それを元にいろいろ漢方薬剤師さんの質問に答えたり、舌を出して色と形を見てもらったり」
『舌? そんなの見て、何がわかるんだ?』
「結構いろいろ分かるんだよ、体力充実してるかとか、むくんでるかとか、血行の良さとか」
舌診は漢方でも中医学でも非常に重視されている。俺もある程度はわかるが、専門家に見てもらうのが一番だ。祖父が生きていたら、祖父に見てほしかったけど。
俺は言葉を続けた。
「体質が偏ってたら、改善するための生活指導とか、おすすめの漢方薬も教えてもらえるよ。まあ、千歳は大丈夫だろうけど、前の健康診断はあんまり良くわからなかったし、別視点での健康診断してもいいかなって」
『ふーん、じゃあ受けるけど……漢方薬って何にいいんだ? 風邪に葛根湯くらいしか知らん』
根源的な質問をするな……。でもこれに答えられなかったら、祖父に薫陶を受けた者としてなんか情けないな……。漢方の知識を人前で披露するのは、父親のことを思い出すと抵抗があるけど……。
俺は、害にならない範囲で説明することにした。
「葛根湯は、汗かいてなくて寒気がする風邪限定の風邪薬かな。風邪のタイプ別に漢方薬たくさんあるし、風邪に限らず体質と症状をちゃんと見て合う漢方薬を選べれば、広く役に立つよ。でも、未病とか体質改善がやっぱり得意分野かな」
『未病?』
「検査とかで特に原因が見つからないけど調子が悪い、くらいの、病気未満の状態。冷え性とか、肩こりとか、腰痛とか。あと、体力つけるとか、胃腸を整えるのにもいいよ」
『…………』
千歳は何故か俺をじっと見て、チョコミントをつまんでいたテーブルから浮き上がり、俺に近づいてきた。俺の肩とか腰とか手とかをぺたぺた触ってくる。
「何? 何?」
『見てもらわなきゃいけないの、むしろお前だろ!』
「え、なんで?」
『だって、肩も腰もゴリゴリに凝ってるし、お前だいぶ冷え性だぞ! 今日エアコンかけてないのに、なんか手冷たい!』
「そ、そう?」
『体力もないし、腹具合悪くて太れないし! お前が体質診断してもらっていい漢方薬出してもらえ!』
千歳の予想外の反応に、俺は目を白黒させた。しかし、千歳の言うことももっともではある。俺は体中凝ってるし、腸は悪いし、体力ないし、微熱が引いたらむしろ冷えが目立つようになったし。一応、行きつけの内科で人参湯出してもらってるんだが。
「それは……その、否定できない……でも今回頼まれてる枠は一人分だから……」
『普通に金出せば見てもらえるだろ? ワシが金出してやるからお前も受けろ! いくらだ?』
「えーと、確か六千円……」
『今払ってやる』
千歳は千歳用の物入れから財布を出して、六千円渡してきた。ますます断れない。
あきらめて、お金はその分払うから、同居人と二人分体質診断してくれませんかと言う旨を多田さんに打診してみた。モニターのことで払う予定だったお金と相殺で無料にしますと返事が来た。
問診票も送られてきたので、千歳と一緒に漢方体質診断してもらうことが決まってしまった。