目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

保湿と美白を試したい

富貴さんからLINEに連絡が入った。

「時間ある時通話していい? ちょっと頼みたい仕事があるの」

仕事が一段落したところだったので、「相当長時間じゃなければ今大丈夫」と返事する。すぐ通話がかかってきた。

「久しぶり。早速だけど、こないだ宣伝コラム書いてもらったメンズオールインワンジェルの体験記事を宣伝用に頼みたいのよ」

「体験記事?」

俺は自分が表に出ない文章を書くことが多い。もちろん、体験記事でも書けと言われれば書けるが、宣伝用? もっとふさわしい人がいないか?

「書けることは書けるけど、そういうの、インフルエンサーとか、名前が知られてるライターに頼んだほうが良くない?」

「そういう層はもうあらかたセレクトして頼んであるわ、私は発案者の感想が聞きたいのよ」

発案者? と思ったが、そういえば、オールインワンジェルの需要があってそれは男性向けでもそう、と学生時代に富貴さんに言ったことがあった。ちゃんと調べた上でのことだけど、あれを言わなきゃあのメンズオールインワンジェルはできなかったのか。

「感想だけなら、品物送ってくれればただで言うけど」

富貴さんの声が大きくなった。

「信じられない、稼ぐ機会自分からふいにする!? せっかく高めに払おうと思ったのに!」

「いえ、そういうことなら受けさせていただきます」

せっかく俺に頼んでくれて、金払いもいい。受けない理由はない。富貴さんは言葉を続けた。

「一応聞いておくけど、和泉くん普段肌の手入れとか全然してないでしょう? そういう層にアピールしたいオールインワンジェルだから、その辺を意識してよろしく。あの同居人さんに使ってもらうのもいいかも」

「ああ、うん、千歳は男性用化粧品の概念自体がピンとこないだろうな……」

その後、細かい話を詰めて、書面で契約した。その翌日に、宣伝するメンズオールインワンジェルが届いた。俺は、家事が一段落してゴロゴロしている怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)に話しかけた。

「ねえ千歳、ちょっと頼みがあるんだけど」

『ん? なんだ? 珍しいな』

「使ってもらって感想教えてほしいものがあるんだ。男性向け基礎化粧品だから、大人の男の姿で使ってみてほしい」

『男の化粧品?』

千歳は目をぱちくりした。やっぱり、昭和の感覚だと男性用化粧品ってピンとこないんだろうな。

俺は説明した。

「オールインワンジェルっていう奴。普通、化粧水、乳液、クリーム、美容液で四回つけるべきところが、一回で済むんだ」

千歳は首を傾げた。

『楽そうだけど、そういうのは女に作ったほうがいいんじゃないか?』

「女の人用はもう、ものすごくいっぱいある。パックもできて、五回が一回で済むのとかある」

『令和ってすごいな……』

「まあ、オールインワンジェル自体は平成からあるけど、メンズスキンケアの機運は年々高まってる感じ。富貴さんからの依頼で宣伝用の体験記事書くんだけど、普段こういうの使わない人に広めて売上伸ばしたいみたいだから、千歳の感想もほしいんだ」

『ふーん、じゃあ風呂上がりに塗ってみる』

そういうわけで、風呂上がり、子供の格好からヤーさんの格好になった千歳とオールインワンジェルを一緒に使ってみた。

『もっとベタベタするのかと思ってたけど、塗るとそんなでもないな?』

「うん、オールインワンジェルって、保湿成分は油脂じゃなくてコラーゲンとかヒアルロン酸とかが多いから。これ、他にもビタミンC誘導体とトラネキサム酸と入ってるからシミ対策できるし、アラントインとかレチノールとか、小じわ対策成分も入ってる」

『詳しいな』

「これの宣伝コラム書いたからね」

俺は風呂に入る時についでにひげを剃る派だが、低刺激で敏感肌にも対応というだけあって、ひげそり跡にもずいぶん優しい。もっといいひげそりを使えば、また違うのかもしれないが。

「これ体全体にも使える奴だから、適当に気になるところに塗って、その感想もくれない?」

『うーん、じゃあ、この格好の奴は背中乾燥してたことが多いから、背中に塗りたいけど……』

「俺塗るよ」

千歳の背中にぺとぺと塗り、俺は乾燥しがちな肘と膝に塗ってみる。塗り拡げるとしっとり馴染み、確かにベタつかない。

千歳が自身の匂いをかぎながら言った。

『これ、化粧品っぽい匂いしないから、いっぱい使っても使った感じの匂いしなくていいな』

「ああ、あえて無香料にしたみたい。匂いがしなくてたくさん使いやすいっていうの、記事に書いとくよ」

『ワシの感想役に立つか?』

「立つ立つ、後でメモっとく」

『こういうのだったらいくらでもやるから、お前たくさん稼げよ』

「体験型記事の仕事はあんまりないんだよな……でもまあ、千歳の感想が欲しい時は頼むよ」

『前みたいにミールキットとか、飯系のならたくさん感想出せるぞ! 何か物もらえる仕事取ってこい!』

「まあ、努力します」

物をもらって体験記事を書くような仕事、俺に回ってくるようなのは物をタダにしてもらう代わりに記事を書くのばかりで、こんなうまい仕事はあんまりないんだよな……まあ、千歳が喜ぶならちょっと探してみよう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?