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推しにサインをもらいたい

千歳の在職証明書を届けに来てくれるのと、それに伴う金谷神社との契約更新のあれこれの処理と、もう一度千歳の状態をちゃんと見ておきたいということで、金谷さんと狭山さんが家に来た。玄関先で済むというので、怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)と共に迎える。

あいさつしあってから、金谷さんが封筒入りの書類と、バインダーに挟んだ書類を渡してきた。

「こちらの封筒が、千歳さんの在職証明書です」

「ありがとうございます、これだけ不動産屋に待ってもらってたんですよ」

あとは不動産屋にこれを送れば、書類提出は完了だ。

「バインダーの方の書類は、お二人に署名していただくだけで契約し直しができるようにしてありますが、一応全て目を通してから署名をお願いします」

「ありがとうございます」

俺が読み、千歳にも渡して読んでもらう。基本的に、必要なときにいつでも金谷神社のパンフレット文章作成や雑務を引き受けるという形で、俺に手取りで毎月五万、千歳に手取りで毎月十万払うということになっている。

「俺は読んで大丈夫だと思ったけど、千歳的にはどう?」

『変なところはないと思うけどな……こういうの全然詳しくないけど』

「じゃあ、署名しよう」

金谷さんがボールペンを貸してくれたので、その場で二人で名前を書き、金谷さんに渡す。金谷さんは頭を下げた。

「ありがとうございます。これで完了です。後は、狭山さんお願いします」

狭山さんは照れくさそうに頭をかいた。

「僕は見るだけですけどね……うん、千歳さん、本当に安定してます。ことが解决した直後もそうでしたけど、核を刺される前と全然変わらないし、僕の見る限りはまったく問題ありませんよ」

千歳は嬉しそうな顔になった。

『じゃあ、検査これで終わりか? 狭山先生のサイン、もらってもいいか?』

千歳はわくわくしつつ狭山さんの本を差し出した。なんだかんだで狭山さんからサインもらう機会を逃してたので、千歳は今日サインしてもらうことを約束して、楽しみにしていたのだ。

狭山さんは照れくさそうに苦笑した。

「僕のサイン、全然奇をてらったものじゃないけど、それでいいですか?」

『大丈夫だ! このボールペンで、表紙めくったところに書いてほしい!』

「承知しました。あ、そうだ、アニメ化の正式告知、明日Twitterでやるんですよ。よかったら僕のアカウント見てください、一枚絵だけどアニメのキャラデザ……キャラクターデザインも出ます」

狭山さんは、ごく普通に自身の名前を本に書きながら言った。千歳は首を傾げた。

『ついったーって、なんだ?』

「……マジですか?」

狭山さんは愕然とした顔をした。俺は千歳をフォローしようと慌てて言い添えた。

「千歳、多少はインターネット使ってますが、基本的な知識が昭和なんで……俺はわかるので、後で千歳と見ますね」

「あ、なるほど……てっきり今の十代にはTwitterオワコンなのかと……」

「まあ、十代だとTikTokにインスタでしょうが」

金谷さんが不満げに口を挟んだ。

「一応十代ですけど、Twitterの存在くらいはわかりますよ」

狭山さんはしゅんとした。

「いや、あかりさんも「存在はわかる」程度で、全然使ってはいないわけなので、ジェネレーションギャップというか」

「そんなにガックリするものですか?」

金谷さんは不思議そうだ。

……金谷さんは知る由もないが、狭山さん、実はすんごいツイ廃だからなあ。作家名義のアカウントでもずいぶんツイートしてるけど、そこ以外でも。

実は俺、藤さんのTwitterアカウントのいいね欄をたどって狭山さんの裏垢を見つけている。そこでは毎週プリキュアの実況してるし、ことあるごとに二次元美少女になりたいって言ってるし……。エロSSの投稿やエグいR18画像RTも多数……。実用性高いのはありがたいけど……。

「私も明日、狭山さんのTwitter見てみますね。和泉さまたちは、この所、困ったことなどはありませんか? できることであれば、私どもはご協力できます」

思いにふけっていると、金谷さんが話題を変えるように言った。

困っていること、ねえ……。仕事は次のが来てとりあえず回ってるし、引っ越しの手続きもできるだけ進めてはいるし。

「引っ越しの手続きがちょっと大変ですが、まあなんとかなる範囲です。荷造りは引越し業者に全部任せるコースにしたので」

そう答えると、千歳が俺の腕をつかんで引いた。

『ちょっと待て、ワシ引っ越しで困ってることあるぞ』

「え、そうなの!?」

何かトラブルあったっけ? 千歳の貴重品の管理で何かあったのか?

千歳は不満げに言った。

『引越し前に冷蔵庫の整理したいのに、お前が食べなかったベーシックパンが冷凍庫にいっぱい入ってるんだ! 引越し前になんとかしろ!』

「あ、それか……」

千歳が食事を作ってくれるようになったので、それまでの食事のすべてだったベーシックパン(プレーン)は当然出番がなくなった。かと言って残りを捨てるのももったいないので、とりあえず冷凍しておいたのだった。

千歳はぷりぷり怒りながら言う。

『一週間いなかった時に食材がだいぶ傷んだから、冷蔵庫のものはあらかた整理したのに、ベーシックパンだけどうにもならないんだぞ! 料理に使うにもレパートリーが思いつかないし!』

「う……」

一番手軽な解決法は、ベーシックパンを解凍して全部食べることだ。だが、千歳の手料理が毎日になってしまうと、正直、もうベーシックパン生活には戻れない……。

「た、食べるのは……正直その……もう見るのも飽きたというか……」

『だって、捨てるのもったいないだろ』

「それはそうなんだけど」

困っていると、「あの」と狭山さんに声をかけられた。

「ベーシックパンって、あの低糖質高タンパクの完全栄養食ですか?」

「あ、はい、それです。それで済ますと普通に食事買うより安く上がるんで、全部ベーシックパンで済ませてた時期があったんですが、千歳が料理してくれるようになったのでとりあえず冷凍しちゃって、そのまま忘れてて」

「………」

狭山さんは、考え込むような表情になった。金谷さんが不思議そうに狭山さんを見る。

「……あの、僕その分お金払うので、それいただくことはできませんかね?」

「えっ?」

『えっ?』

「一度試してみたかったんです、ベーシックパン。家で仕事してると、朝晩はともかく昼を作るのが面倒くさくて」

え、そりゃもらってくれるなら願ったり叶ったりだけど、いいのか!?

「でも、冷凍品だし、本来の賞味期限とっくに過ぎてますよ?」

一応狭山さんのデメリットを指摘してみるが、狭山さんは気にしていないようだった。

「常温保存できるパンだし、解凍して日を置かずに食べれば大丈夫ですよ」

それは、そうかもしれないけど。

「もらっていただけるなら、ありがたいですけど……あ、お金はいいです。賞味期限切れてるやつなので。でも、何に入れて持ってってもらおうかな」

首を傾げると、千歳から助け舟が入った。

『こないだスーパーのおまけでもらったエコバッグ、薄いけど結構でかいから、全部入ると思うぞ』

「じゃあ、そのエコバッグくれない? それに全部入れよう」

『じゃ、入れてくるな!』

千歳は部屋に一旦戻り、千歳の物入れから畳んだエコバッグらしきものを取り出して広げ、冷蔵庫に行って、冷凍庫から取り出したベーシックパンの袋をぽいぽい入れた。すぐ玄関に戻って狭山さんに渡す。

『はい、狭山先生!』

「あ、どうもありがとうございます……お金、本当にいいんですか?」

「いいですいいです、冷凍品だし、栄養はともかくおいしいものじゃないし。コーヒーと合わせると多少マシですけど」

「へえ、コーヒーと相性いいんですか、試してみます」

「俺はほとんどやりませんでしたけど、袋少し開けて電子レンジで少し温めると、割とマシな味になるみたいですよ」

「へえ、試してみます!」

そんなこんなで、用事が済んだ金谷さんと狭山さんは帰っていった。俺は狭山さんのTwitterアカウントを見たがる千歳にタブレットを借りてTwitterのセッティングをしたものの、ブログのこともよくわかっていない千歳にTwitterを説明するのに割と苦労した。

『狭山先生のツイッター、黒猫の写真がたくさんあるな!』

「狭山さん、作家垢は猫画像と無難ツイートばっかりなんだよな……」

『無難ついーと?』

「いや、何でもないよ」

裏垢のことは、俺の胸だけにしまっておこう。

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