「どうぞどうぞこんにちは、おあがりください」
「にゃーおん!」
狭山さんがくれた住所のアパートに行くと、狭山さんが黒猫クーちゃんとともに出迎えてくれた。
『こんにちは! よろしくお願いします!』
「こんにちは、狭山さんお忙しいのにすみません」
「いえ、大丈夫ですよ、ちゃんと進んでますし」
クーちゃんに足にスリスリされつつ、あいさつし合う。
「えーと、僕も相談させていただきたいことはあるんですが、そっちは後にして、まず千歳さんの方のご用事を済ませましょう」
狭山さんは、俺たちを部屋のテーブルに案内してコーヒーを出してくれた。クーちゃんがキャットタワーから眺める中、千歳が改めて事情を説明する。
『LINEで話したけど、ワシ、なんか心もとない感じで寒いんだ。こいつにくっついてると平気になるんだけど、こいつがすごく心配するんだ』
千歳が俺を指差す。
「千歳はあんまり気にしてないんですが、私はとても心配なんですよ。これまで結構長く一緒にいるけど、千歳はすごく強くて、これまで体調不良なんて聞いたことなかったし」
そう、俺はかなり千歳が心配なのだ。千歳はあんまり深刻に考えてないみたいだけど。
狭山さんはうなずいた。
「今も、僕からは、千歳さんがなんか寒そうな状態っていうのはわかるんですけど。もう少し詳しく見たいので、千歳さん、ちょっと立って楽な格好に変わってくれませんか?」
『うん!』
千歳は快諾し、席を立ち、ボンと音を立てて黒い一反木綿の格好になった。あー、これが必要だから、人目に触れないところでってことか。
狭山さんも席を立って、千歳に近づいてよく眺め回した。
「ありがとうございます。うん……なるほど……なんか流れが滞ってる感じだな……中心部が特にそんな感じ……」
狭山さんは顔をしかめた。
「でもすごく微細で、今の状態だとこれ以上わかんないので、奥の手使わせてください。ちょっとお待ち下さいね」
狭山さんは、いったん奥の部屋に引っ込んで、それから、軟膏か何か入った小さい瓶を手に持って戻ってきた。
「これ、目の周りに塗ると〈そういう〉物がよく見えるようになるんですよ。真っ赤な軟膏なので見た目派手になっちゃうんですけど、まあ、あんまり気にしないでください」
「へえ、そんなのがあるんですか」
『あ、ワシちょっと知ってるかも。これ、確か一週間くらい色落ちないよな』
千歳は、鮮やかな紅の軟膏を指にとってまぶたに塗り始めた狭山さんに言った。俺はびっくりした。
「え、そんな厄介なものなの!?」
そんなもん顔に塗らなきゃいけないの!?
千歳も少し狭山さんに悪く思ったようだ。
『先生、赤いのしばらく落ちないけど、いいのか?』
狭山さんは微笑した。
「まあ、一週間くらい自主缶詰で仕事するつもりなんで、大丈夫ですよ」
うわー、そうなんだよな、狭山さん新作の詰めなんだよな今。
「すみません、本当にお手数おかけしまして」
俺は頭を下げた。
「大丈夫です大丈夫です、最悪、妹からもらったファンデでごまかせますし」
狭山さんは、下瞼にも軟膏を塗り、顔に入れ墨する部族みたいな顔になって、あらためて千歳を凝視した。
しばらくして、狭山さんはつぶやいた。
「……中心の核にすごく微細な、針みたいのが刺さってます」
『え!?』
千歳はびっくりしたし、俺も驚いた。体の中心に、そんな木のトゲみたいなの刺さる!?
「千歳、なんかトゲが刺さるようなもの、体の中に入れた?」
スマホ以外になんか体に入れたのか?
『そんなもん入れてないに決まってるだろ! ていうかワシ、注射の針も刺さんないんだから、トゲっぽいもの入れても刺さんないぞ!』
「まあ、それもそうだけど……」
狭山さんは困った顔をした。
「でも、小さい針みたいなのは実際あって、異常はこの針だけなので、針を抜けば、寒いのはなくなると思うんですよ」
『うーん、じゃあ、抜く』
千歳は黒い体の中に手を突っ込んだ。俺はまた驚いた。
「抜けるの!? そんな簡単に!?」
そんな、セルフ手術みたいな!
『うーん、先生に教えてもらいながらじゃないとわかんないかも』
体の中をかき回しながら、千歳は首を傾げた。
『先生、どの辺か細かく教えてくれないか?』
「はい、中心の中心に、すごく細いのがあります」
『うーん』
千歳は体の中をいじくりながら、難しい顔で首を傾げた。そして俺を見る。
『なあ、もっと中のほういじくると、今よりもっと寒くなりそうな気がするから、お前にくっつきたい』
「いいけど」
『よっしゃ!』
千歳はしっぽを俺の胴体に巻き付けた。そして、難しい顔のまま、体の中に手を突っ込んでもぞもぞやり、狭山さんに「もっと奥です」と言われて微調整し、ついに『これだ!』と何かつまんで出した。
その手にあったごく小さな針が、次の瞬間爆発するように膨らんで、大量の和紙になった。