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お互い相談し合いたい

針が爆発して溢れた和紙は、ふわふわと床に落ちた。

『な、なんだ!?』

「何これ!?」

クーちゃんがキャットタワーから降り、床の和紙を前足でガサガサしだした。

「うなーん」

「わー、だめ、クー!」

狭山さんがクーちゃんを慌てて抱き上げる。俺はそっと和紙を拾い上げてみた。習字に使うようなサイズではなく、巻物に使うような長い和紙で、びっしりなにか書きつけてあるのだが、達筆すぎてわからない。

「え、これ、今の針ですよね、これ、誰か書いて仕込んだってこと……?」

千歳も俺の手元をのぞき込む。そして、怯えたように肩をすくめた。

『うわ、え、ワシこんなに呪われてたのか!?』

「呪い!?」

クーちゃんをキャットタワーに置いた狭山さんも、寄ってきて俺の手元を覗き込んだ。

「う、うわ、エグ!!」

エグい呪いなの!?

狭山さんは床に落ちた和紙の続きも拾い上げ、言葉を続けた。

「これ、千歳さんのネガティブな感情をものすごく増幅する内容ですよ! 寒いとか心もとないとか、確実にこれのせいですよ!」

「な、なんでそんなもの刺されてたんです!?」

『ワシ、そんなの刺してくるようなやつ知らないぞ!』

千歳もちょっとパニクっているようだ。しっぽをさらに俺に巻き付けてくる。

「いや、誰がやったかもそうなんですけど、こんな凝縮した地獄みたいの、大きく感情が揺れた隙にしか仕込めないって習ったんですよ僕、そんな事ありました?」

千歳が最近で感情が揺れたこと? それなら、九さんのあれこれじゃ……。

千歳がハッとしたように息を呑んだ。

『あ!』

「心当たりあるの!?」

『えっと、あの銀狐にお前が神隠しされたあと、ワシにいろいろ聞いてきて、それで、ワシ、すごく大変なこと仕出かしちゃった! って気づいてドキッとした時、冷たい何かで刺されたみたいな気がしたんだけど、考えてみたらその時から寒くて心細い感じだった!』

俺は驚いた。

「え、じゃあ九さんが仕込んだってこと!?」

もう遺恨残さないって感じでいなくなったのに!?

狭山さんが和紙の他の部分にも目を通しながら、眉を寄せて言った。

「……いや、相当に仏典の形で書かれてる文献だから、九さんのとは考えにくいですよ。九さん、バリバリに神道のお狐様ですから」

「でも、ごまかすためとか……」

「まあ、九さんでも仏典は知ってると思いますが、九さんレベルが何人もいないと千歳さんを封印できないっていう力量差だそうなんで、そういう人が、フルパワー出せない不慣れな形式を、千歳さんへの呪いに使いますかね?」

「う、うーん……」

確かに、それもそう……。

『それに、もしドキッとして冷たい感じがした時に刺されたんなら、あの銀狐がいないときだぞ』

千歳も言ってきた。

「あ、そうか」

じゃあ九さんは関係ないか……いや。

俺は九さんに忠告された内容を思い出した。千歳は力の割に人格や考えが未成熟だから、悪い人に変に利用されないように気をつけろと……え、千歳に何かするような悪い人、結構いるってこと!?

「あ、あの狭山さん、それ、呪いだけじゃなくて千歳の力を悪用するようなことも書いてませんか!?」

俺は狭山さんに、九さんに忠告された内容を説明した。狭山さんは難しい顔で考え込んだ。

「……この分量ですし、そういう効果が付与されてる可能性もあると思います。ただ、僕、崩し児なんかは読めるんですけど、これ全部読むのは時間かかるし、文字情報だけじゃわからない霊的な技術も込みだと、そういうの専門の人に見せたほうがより分かるかと……。僕、後天的に霊感に目覚めたんで、知識的にはひよっこなんです」

「専門の人、ですか……」

でも、どこをどう探せばいいんだ? いや、餅は餅屋に任せるべきか、俺たち、困ったら相談する窓口があるし。

「とりあえず、私達はこのこと、南さんに相談すればいいでしょうか?」

『ワシもちゃんと説明する!』

「えーと、南さんに説明してほしいですが、僕から緑さんとあかりさんにも話をあげときますね。ツテとしては、緑さんのほうが広いネットワーク持ってるんで」

そういうわけで各々報告タイムとなり、俺は千歳と相談しつつ南さんに経緯をLINEした。狭山さんもスマホで各所に連絡を取った。そしたら、狭山さんのスマホに即座に緑さんから電話がかかってきた。

〈何が起こったかは読んだけど、千歳ちゃんは今大丈夫なの!?〉

緑さん、声が大きくて通るので、スピーカーじゃなくても言ってることが聞こえる。

「と、とりあえず変わらないようです、千歳さんに変わりますか?」

〈代われるなら代わって!〉

千歳にスマホを差し出す狭山さん。

『あ、もしもし、ワシ大丈夫だ! さっきまで寒かったけど、針が抜けたら絶好調だ!』

〈元気なのは良かったけど、どこにも異常ないのね!?〉

「ないと思う、もう全然おかしなところないし、病院でも異常なかったし、狭山先生にちゃんと見てもらって針以外変なところなかったし」

〈……狭山君が増幅薬まで使って見たなら、多分もう変なことはないと思うけど……〉

『でも、呪いの文句、ものすごくてびっくりした……』

千歳はしょぼくれて言う。なんだかんだで、千歳は俺に巻き付きっぱなしである。

〈そうね、びっくりしたよね。私達がちゃんと調べないといけないことだから、すぐその和紙引き取りに行くね。それまで、狭山君ちにみんなでいてくれないかな?〉

『うん』

そういうわけで、三時間後に緑さんたちが来るまで俺たちは待機となった。とりあえず、三人で手分けして長い和紙を縦に丸めて整えておく。一段落して、狭山さんが言った。

「うーん、待ち時間ちょっと長いですね。コーヒー淹れ直します? デカフェもありますよ」

「あ、ありがとうございます、じゃあデカフェをお願いしたいです」

千歳が首を傾げた。

『デカフェってなんだ?』

あ、昭和にはない言葉か。

「カフェインレスとか、カフェイン抜いてありますよ、くらいの意味」

『へえー』

言ってから、俺は思い出した。狭山さんも、俺に相談あったんじゃん! すっかり頭から飛んでた!

「あの、狭山さん。待ってる間、狭山さんの相談事もお聞かせ願えませんか?」

狭山さんに千歳の異常を解決してもらえたんだから、俺だって狭山さんにできるだけのことをしなければ。

狭山さんは、少しだまり、微妙に複雑な顔をして

「……ちょっと難しい話なんで、コーヒー飲みながらゆっくり話します」

と言った。

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